きょや右ついった小ネタログ■カイ響
十五夜といえば月見団子と相場が決まっているけれど、たまご色の満月を見上げているとどうしても別のものを思い出す。「プリン食べたいな……」「……コンビニ寄るか」思わず零した呟きに、隣から返ってきたのはそんな答え。さすが甘党、話が早い。足取り軽く進行方向を修正し、響也は笑って頷いた。
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「悪いけど、俺はお前の『女の子』じゃない」
汗に濡れた金糸の裾から覗くはしばみ色の瞳を、睨むようにわずかに眇めた男はちいさな声でそう言った。あいだに落ちる浅い息に溶けてしまいそうなほどのそれがひどく切ない色で鼓膜に響き、カイトは自身の失言を悟る。
「……んだよ、わかってるに決まってるだろうが、それくらい」
「わかってるなら、一緒に並べないでくれ」
男の瞳へさきほどまでのあまさを取り戻そうと重ねた言はどうにも空回り、寝台の外へと転がり落ちる。拾いきれずに逸れかけた視線を、首筋にまわった男の腕が引き寄せた。
「俺だけ見ててよ」
■蒼響
ふとした瞬間に、綺麗だ、と思う。月の色をした瞳とやわらかな唇が笑みをかたどるさま、演じるために生まれてきたような豊かな感性、その声帯から生まれる伸びやかな歌声、なにもかもがだ。「好きだよ」何度でも名前を呼んで、そう繰り返したくなる。淡く染まるかんばせさえ、ふるえるほどに美しい。
(フォロワさんよりお題)
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「……どうしてそんなに楽しそうなんだ、響也」「え?」「状況、わかってるだろ?」いままでこんなふうになんの支度も予告もなしに衝動的に押し倒すだなんて、したことなかったはずなのに。幾ら度胸に自信のある舞台役者だとはいえ、少しくらいは焦るとか、驚くとか、してもいいんじゃなかろうか。思わず拍子抜けしてしまった俺の問いに響也は遅い目瞬きを返してから、身じろぎをひとつ。明るいままのリビングで、応えの代わりにソファが軋んだ。「だって俺、待ってたんだよ。そういうお前に会えるのを」
(フォロワさんよりお題)
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さらりと乾いて冷えた空気を、扇風機の羽根がかき混ぜる。扇風機の前に子どものように座り込み、「あー」と間の抜けた声を上げている彼に気が付いて、ソファに腰掛けたまま問いを投げた。
「……なにやってるんだ、響也?」
「いや、はは、冬にみんなで温泉行ったときにさ、陽向と昴がやってて。うつっちゃったみたいなんだよなあ」
子どものころ、いくつくらいまでこんなふうにしてたっけ。
湯上がりの金糸を冷風と遊ばせながら、彼は心地好さげに目を細める。なめらかな膚に浮いた薄い汗のしずくが、うなじを伝って部屋着の襟に吸い込まれていくのが見えた。
「……そうだな」
気が付きさえしないうちに少しずつあどけなさを手放して、自分たちはだんだんと子どもではなくなっていったのだろう。彼の背中を眺めながら、小さなころに好きだった絵本にふとふれたような心地がした。
「とりあえず、風邪はひかないようにしろよ」
ゆるりとソファから立ち上がって、彼の隣へ腰を下ろす。体を冷やしすぎぬようにと風量を下げながら言ってやると、数瞬の間。
「じゃあ、蒼星もここにいろよ」
二、三、まばたきを繰り返した彼が、そう答えてちいさくわらう。かすかにふれた腕の温度が、あまく滲んだ。
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20180819.