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    宵の潮騒「妙な顔をしている」
     時計の針は午前一時をなかばまで過ぎている。ベッドサイドの読書灯が溜息のような明かりを落とすばかりの寝室、特別な名のつく関係の相手とふたり寝台に潜り込んだ矢先に聞くには少々情緒に欠けるであろうひと言に、灰羽拓真はぴたりと身じろぎを止めた。
    「……どういう意味でしょう」
    「そのままの意味だが」
     今夜は劇団のスポンサーや業界関係者を招いての会食があり、彼と拓真も二時間ほど前までホスト側の人間としてその席に加わっていた。客人らを見送ったあとそのままタクシーを捕まえて会場から程近かった彼の自宅へ上がり込み、翌日の仕事に備え早々に就寝の支度を整えて――そしていまに至る。
     拓真の問いにも変わらず淡々とした調子で応え、枕に頬をあずけた彼はまっすぐに拓真を見据えながら声を継ぐ。
    「今日の……、そうだな。お前とふたりで乾杯にまわっていたころからだ」
    「…………」
    「その後はともかく、まだあのときは交わした会話も雑談程度だったはずだが。なにか気にかかることでもあったのか」
     気付いていたのかと、思わず喉から驚嘆の声がこぼれ落ちかけたのを飲み込んだのはささやかな意地のためだったろうか。彼の指摘に思い当たる節がないではなかったが、あまりに私的な感情にすぎてすぐさま肯定を返すにはいささか憚られる気がしたのだ。
    「灰羽」
     どう答えたものかいくらかのあいだ逡巡していると、答えを促すような呼び声が小さく落ちる。黒木崚介というのは普段から芝居以外で声を荒げるような男ではないけれども、こうして眠りを共にするときのそれは深い夜の潮騒に似て、ひそやかですらあった。心地好い響きがかすかな衣擦れの音と重なって耳朶をくすぐる。知らず目を細めて、掛布のなかにある彼の背にそっと手を伸ばしていた。
    「なんだ」
    「……さすがに少し気恥ずかしいので、このまま聞いてくれませんか」
     纒わりつくような疲労感とともにただ眠りに落ちてゆくばかりの夜更け、腕のなかにある無防備な温度と息遣いの感触は拓真にとってあまりに甘い。
     このままもう少しだけ、彼と夜の微睡みにたゆたっていたい。醒ましたはずの酔いがぶり返したのだと自分自身に言い訳をしながら、許しを乞うようにしなやかな体をわずかに抱き寄せると、かすかな身じろぎと沈黙が応えに代えられた。鎖骨のあたりにやわくふれた額があたたかい。
    「君の旧い知人のなかには、ビジネスの場でも君を名前で呼ぶかたがいるでしょう?」
    「……名前?」
    「……いわゆるファーストネーム、というやつです」
     長くニューヨークを活動拠点にしてきた彼の知人のうちには、稀に彼のことをファーストネームで呼ぶ人間もいる。前提にビジネスパートナーとしての信頼関係があってのもの、また海外の慣習として取り立てて珍しいものではないのだろうということも、拓真とて理解はしている。理解はしている、の、だけれども。
    「今日は久々に、そういったかたにお会いしたものですから。それが少し、顔に出てしまったのかもしれませんね」
     たとえビジネスシーンであったとしても、ファーストネームで呼び合うさまがどこか親しげに映ったなどと――それが少しばかり面白くなかった、などと。あまりに子どもじみていてさすがにストレートな言葉にすることはできず、結局核心を曖昧にしたまま「これからは気を付けます」と早々に話を結ぶ。
     数瞬の間。
     迷いのない短いブレスと、問いが続く。
    「お前は、そうしたいのか?」
    「……いえ、そういう意味では」
     問われて初めて、自身がそういった願望を持っていたわけではないことに気付く。決して、彼との親密さを他人にひけらかすような真似をしたいのではない。ただ、――……ただ。
    「…………、」
     その響きを、いつか躊躇いなく声にしてみたいと、羨望に似た感情がそこにあった。
     身じろぎをひとつした彼が、おもてを上げて拓真を見る。どんなときもまっすぐに相手を見据えずにはいられないのが、彼という男だった。
    「ビジネスの場で、ということでないなら、なにを迷う」
    「…………、」
    「灰羽」
     静かな海鳴りのような声が拓真を呼ぶ。空白。
     腕のなかで、ルビーレッドがわずかに揺らめくのが見えた。彼のかたちの良い口唇が、かたちだけで「いや、」と紡ぐ。
    「拓真」
     躊躇いのひとかけらもなく鼓膜を打ったテノールに、一瞬思考が白くなる。わずかに緩んでいたはずの腕を咄嗟に強めていたことに気付いたのは、彼のつむじが自身の頬にふれてからだった。
    「……ッ、本当に、どうして君はいつもそうやって、」
    「なにがだ」
    「なんでもありません……っ」
     どうして彼はこれほどまでに容易く、己れの抱えた迷いを見抜いて突き崩していくのだろう。きつく抱きすくめた体を離す理由だけが見つからず、衝動を持て余したまま唇を噛む。
    「お前がなにを迷っているのか、俺にはわからないが」
    「……」
    「少なくともいまこの場でお前が迷うべきことはないと、それだけは言える」
     拓真が彼に手を伸ばすとき、彼は拒まない。手首を掴む指先の強さを、その背にまわした腕の力を、あるいは声の軋みを、かならず確かめるように受け止めてから顔を上げて拓真を見る。拓真を呼ぶ。不器用すぎるほど真正面から相対し受け入れられている実感に、どうしようもなく心が震えた。込み上げる感情がくるおしさなのか愛おしさなのかそのどちらもなのかは拓真にはわからなかったけれども、この情動をどの言葉にすればいいのかだけは知っている。
    「黒木くん」
    「ああ」
    「…………崚介、くん」
    「……ああ」
    「崚介」
     最後に紡いだそれは、果たして声になっていただろうか。ほんの一瞬よぎったその思考は、次に聞こえたやわらかな潮騒のなかにほどけてとけた。
    「――悪くない」



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    20190213wed.
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    2019/02/13 23:55:34

    宵の潮騒

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    #BLキャスト #拓崚

    くろきさんのなまえを呼びたいはいばさんの話。
    真面目な顔したただのいちゃっぷるです。

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    2019/02/14
    アーカイブ入りありがとうございました!
    はーとの差し入れもいつもありがとうございます……!本当に元気いただいてます……!

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    ##腐向け ##二次創作 ##Takuma*Ryosuke

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