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    朝露に落ちる まどろみの向こうから、ひそやかな雨音が染みてくる。頬をほのかに撫でる早朝の空気に、緩慢に瞼を押し上げた。
     起き抜けの茫洋とした視界に映る天井の無機質さと、身を預けた寝台の感触は、そのどちらもが慣れないものだ。身動ぎをひとつして、黒木崚介は寝間着に包まれた体にシーツをけだるく纏いつかせたまま、ベッドの上でひとり身を起こす。
     はいば。
     声は出さず、唇だけで確かめるようにこの家の主である男の名を辿る。崚介が寝入るまで隣にいたはずの男はいつの間にか寝台から抜け出して、どこかへ行ったようだった。
    「…………、」
     さてどこへ行ったものか。枕元に置かれたデジタル時計は、午前五時半すぎを告げている。この家の立地を考えても、崚介たちが活動拠点としているアートシアターつばさへ向かう支度を始めるにはまだ早すぎるといえる時間だ。
     兎角家の中にいることだけは間違いないだろうと結論づけ、寝台から足を下ろす。几帳面につま先の向きを整えられたスリッパと、寝台横に置かれた薄手の上着――それはたしか崚介が昨夜男から借り受けたもので、こちらもやはり几帳面に畳まれていた――に男の気配を感じながら、つまさきと腕をそれぞれに滑り込ませてベッドルームをあとにした。
     夜の残滓がただよう廊下を抜けて、リビングとキッチンへ向かう。ここにも人けはなく、半分だけ開けられたカーテンの向こうから朝焼け色の空が覗いているだけだった。
     キッチンを横切ったことで喉の渇きを思い出し、シンク横に置かれたステンレス製の洗いカゴに伏せられたグラスを手に取る。浄水器から水を注いで、そのままくいと飲み干した。冷水を喉に通したことで透明度を増した思考が、いま手に取ったグラスが昨夜カクテルを飲み交わしたものだと崚介に気付かせる。
     空になった透明のグラスを、ふ、と目の高さまで持ち上げて、窓の向こうの朝焼けに透かす。夜から朝へと静かにうつろう空のいろは、酒杯越しに眺めてもうつくしかった。
    「黒木くん?」
     背後から聞こえた声に、振り返る。探していた男が、廊下からリビングへと入ってくるところだった。
    「灰羽」
    「……起きていたんですか。一度家に戻るとしても、まだ休んでいて大丈夫でしょう。私が声を掛けますから」
    「お前は」
     普段几帳面に上げられている前髪は、いまはすべて下ろされて男の目元へやわらかな影を落としている。濡れた髪と肩に掛けられたタオルを見るに、どうやらシャワーを浴びていたらしい。昨夜も就寝前には入浴していたはずだが、と視線だけで問い掛けると、眼鏡越しの男の双眸がわずかに揺れた。
    「眠気覚ましというか、……まあ、そんなところです」
    「どういう意味だ」
    「いえ。なんでもありません」
     私としたことが、君の度胸を甘く見ていたのでしょうね。
     さらに小さく続いた言葉の意味も理解しきることができず、首を傾げる。口元だけで苦笑した男が、崚介の隣に立って同じようにグラスに水を注ぐ。間を置くようにひとくち飲んで、応えを継いだ。
    「……まさか、あんなに自然に眠られるとは思っていなかったもので」
    「?」
    「部屋も寝具も衣類もなにもかも、慣れないものばかりだったでしょう?」
    「自宅以外に泊まることも慣れている。その程度の環境の変化で眠れなくなることはない」
     その程度のことを、この男がわからぬはずはないのだが。ここにきてもまだ要領を得ない会話に眉を顰める。眼鏡と前髪に隠されて、男の表情が分かりにくいのが落ち着かない。ただ、そう答えたあとの一瞬、レンズの向こうでブルートパーズが翳った気がした。
    「他人の寝間着を借りるのも、眠るとき誰かが隣にいることも、『その程度』、なんですか?」
     男の声が帯びた色味が、かすかに変わる。改めて顔を上げ、まっすぐに男を見た。崚介の手首を掴んだ男の手のひらが熱いのは、湯上がりのためだけだろうか。崚介がその答えを知るには声の響きだけでは足りず、――迷うことなく手を伸ばす。
    「っ……?」
     目元に掛かっていた前髪を、男に掴まれていないほうの指先ですくい上げ、かたちの良い額を晒して視線を重ねる。眼鏡は残っているが、ここまで近付けばさほど問題はない。
    「サイズの合わない寝間着を借りて、隣に他人の気配があっても」
    「…………」
    「それでも変わらず眠れたのは、相手がお前だからだ、という答えでは足りないか?」
     眼鏡の奥で、男のひとみがゆらりと揺れる。
     抱き竦められ、抱き返して、口付けて、ともに眠り、――そのうえでなお触れたい。真正面から、その双眸が湛えた感情を見据えたい。いま自身の胸裡を焦がす感情が恋や愛の類いであるかをすぐさま定められずとも、自らがこの男を求めていることだけは紛れもない事実だった。
    「いいえ、」
     否定とともに、前髪をかき上げていた指先も男の手に掴み取られる。崚介の五指から離れた前髪のひとふさから滴ったわずかなしずくが頬にふれて、起き抜けに遠く聞いた雨音は男の浴びていたシャワーの音だったのだろうと詮無い思考がつながった。
    「……十分です」
     慣れないシャンプーの香りが鼻先を掠める。
     さきほどグラス越しに見た朝焼けの残光が、吐息の絡む近さのトパーズと溶けて、落ちた。


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    20190122Tue.
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    2019/01/22 0:47:05

    朝露に落ちる

    #BLキャスト #拓崚

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    シリーズ内「贖いのゆくえ」「夜、青を越えて」続き。真面目な話になるかと思ったら真面目な顔してイチャついてるだけになったというオチ。

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    ##腐向け ##二次創作 ##Takuma*Ryosuke

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