朝焼けの波際 すべらかな白い膚が、同じようにま白いシーツの波間で薄い汗にしとりと濡れる。しなやかな下肢をつたって開き、押し込むようにして彼の内側へ沈めた指先を、まだ触れ慣れない熱がぎこちなくつつんで迎えた。本来他人を受け入れるためのものではないその器官は異物の侵入に抗うように狭隘さを保ったまま、然しくるおしいほどなまなましい温度で思考回路を揺さぶってやまない。自分のものではない体温を求めて揺れる回路の整合性を手放さぬよう浅い息をひとつ吐いて、挿し込んだだけの手を止めた。
「……大丈夫ですか、黒木くん」
「……、」
ああ、と、掠れたテノールが拓真の耳朶に微かに届く。それが拓真の問いへの応えか僅かに乱れた呼吸を整えるための吐息か判然とせず、仰向けに身を横たえた彼のひとみを上からそっと覗き込めば、うすく潤んだ紅玉がまっすぐに拓真を迎え入れてまばたく。先ほどと同じ問いを繰り返すように視線を重ねると、「大丈夫だ」と静かないらえが返った。
「…………ここに来る前に、多少の用意はしている。進めてかまわない」
「――……は、」
あえかな息に紛れて続いた声に、思わず返す言葉を取り落とす。――いま、彼はなんと言った?
いましがた脳に届いた音の連なりの意味を処理しきれないままの拓真に気付いてか、彼の双眸が訝るような色を含む。
「どうした」
「……それ、は、こちらの台詞なんですが」
ここに来る前、というのは、入浴時のことを指しているのだろう。寝室に入る前に「用意」ができる場所は浴室しかない。言葉としての意味を辿ることはできるが、目の前の事態としての理解が追いつかない。それでもどうにか途切れ途切れに返しながら、自身の声が微かに震えるのを感じていた。
「そのほうが効率的だろう。……少なくとも、俺の体が慣れるまでは」
淡々と述べられた答えの、ともすれば無粋になりかねない直截ささえもがひどく彼らしく欲を煽る。
辛うじて正常な動作を保っていたはずの回路の端が、込み上げた情動に突き崩されて足元へ欠け落ちた。浅い位置にとどめていた指先で熱を掻き分けるようにしてさらに奥へと進めば、かれの美しい足先がシーツの波をわずかに掻いて乱す。身動ぎに揺れる寝台の撥条の軋みと、夜色の髪が掛布の上で乱れる衣擦れの音が重なるたびに目眩がする。音になってあふれかけた熱を押しとどめるように抑えた息を繰り返す喉へ口付けて、異物感に戦慄く声帯を熱い膚越しにやわく食む。ひゅ、と、反射的にか気管が軋む一瞬の掠れにぞくりとした。
「効率なんて、どうでもいいんです」
「…………っ、は、」
「俺が、全部しますから。……だから、ひとりになろうとしないでください、黒木くん」
喉元へ口付けたまま焦がれるように告げた言葉が、正しく声になって彼に届いたかはわからない。ただ、ふたりぶんの感情を真正面から受け止めようとする彼を、せめて独りにはしたくなかった。彼ひとりにだけ、この激情と対峙する覚悟をさせたくなかった。衝動のまま伸ばした指先がうつくしい刃にふれることを躊躇って迷っても、彼の隣に立つことを諦められない。――かれというひかりのそばにいたかった。
「はいば」
ちいさな呼び声と、かすかな息がひとつ。ぎしりと寝台を軋ませて身じろいだ彼の手のひらが拓真の頬へふれて、ごく近くで視線が噛み合う。薄明かりのなかでゆらめく双眸が、いつか見た朝焼けと重なって溶けていく。
「すべてをお前が負う必要はない。これは俺とお前の合意のうえでの行為で、互いを求めた結果だからだ」
ふたりぶんの呼吸とシーツの波間で、静かな彼の声に揺蕩う。彼のうつくしい双眸がいまたしかに拓真だけを映して燃えていることに気が付いて、胸苦しいほどの愛おしさが肺を満たした。
「……助けが欲しい。俺がお前を、――お前が俺を知るための手助けが。そしてそれは、お前にしかできないことだ」
灰羽。
もう一度、ま白いシーツの波際から彼が拓真を呼ぶ。頬にふれる手のひらの温度はくるおしく熱い。夜明けを待つ朝焼けの声に応えるように、強くその手を掴んだ。
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20190403Wed.