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    夜、青を越えて 抱き竦めた体の温度と感触が、身に焼きついて離れない。自分では味をあまり認識できない液体へと成り果てているカクテルの二杯目を、それでもグラスへ注ぎ入れ、灰羽拓真はキッチンで短い嘆息をこぼした。
     リビングへ繋がる扉の向こうからは、彼の低音がかすかに漏れ聞こえてくる。五分ほど前に着信が入った劇団関係者からの電話は、まだ続いているらしかった。扉を隔てた向こう側から届く不透明な声の波へ無意識のうちに耳を傾けながら、もう一度ひそりと溜息をひとつ。それでも、記憶に残る彼の輪郭の手ざわりは、脳裏から剥がれ落ちてはくれなかった。
     うすく濡れたグラスを明かりへ晒し、空いている右手の五指をゆるく握る。一時間半ほど前に彼の腕を掴み、衝動のままに自らの腕のなかへ引き込んだ手のひらには、掴んだ腕の感触と温度が淡く残り続けている。
    「…………、」
     いまの自らと彼の関係が、その距離がひどく曖昧な境界線上にあることは確かで、けれどもここから踏み出すべきなのか後退るべきなのかを、拓真はまだ測りかねている。
     静まり返ったアートシアターつばさ、ふたりきりの事務所。そこで拓真の腕からゆっくりと身を離したあと、それでも表情ひとつ変えない彼の「このあとは空いているか」という言葉に促されるまま、気付けば拓真の自宅で彼と晩酌を交わすことになっていた。
     彼の申し出に対して拓真が自宅を選んだのはせめて自身のテリトリーに身を置いて自らの精神状態の安定をはかるためだったが、彼の自宅を訪ねていたとしたときの仮想現実と、意図的に他者を遠ざけてきた自宅に彼がいるこの現実のどちらがより自身の胸裡を揺らすのかは知りようがない。味の好みを度外視して鎮静効果のある青を帯びたカクテルまで作ったというのに、まるで効果は感じられないままだ。
     彼の腕を掴んだ瞬間、確かに彼を失いたくないと感じていた。 
     遥か高みを見据える彼の眼差しを、最も近い場所で見ていたい自分に気付いてしまった。そしてその感情を彼に受け入れられたいという烏滸がましい欲求も、――彼に求められたいという衝動も、知ってしまった。
     彼の、鮮烈さを伴った光が眩しい。美しく研きあげられた刃のような矜持と、そこに一瞬映り込んだ孤独のあやうさに、思わず手を伸ばしていた。
    「待たせた」
    「……いえ、」
     廊下から届いていた遠い波の音が止み、彼がリビングへ戻ってくる。果たしてなんの話だったか。扉越しに聞こえてきたのは流れるような英語であったように思えたから、また近いうちに海の向こうからの客人の予定でも入るのかもわからない。
    「用件は済みましたか」
    「一旦は。明日以降、また追って連絡が入ることになっている」
     頭半分ほど下から直線で注がれる視線を正面から受けきれず、身を躱すように投げた問いは彼らしい簡潔な答えにあっさりと解かれて足元へと転がり落ちる。
    「灰羽」
    「……、はい」
    「それはなんという酒だ?」
    「……これですか?」
    「ああ」
     ほんのいましがたまで向けられていた瞳が、ふいと逸れて拓真の掌中のグラスへ向かう。名を呼ばれたものだから思わず身構えてしまったが、肩透かしだった。拍子抜けしたことが彼に伝わらぬよう平静を装って、グラスのなかの青を揺らす。
    「シャンパンブルースという名前のカクテルです。シャンパンに、ブルーキュラソーを足して作るんですよ。……名前の通りに物憂げで、なかなか美しいものでしょう?」
     こまかな気泡と青を溶かし合わせて揺れる色彩は、冠した名前通りの繊細な機微を含んでいる。
     焼け石に水程度の効果だとしても鎮静作用を期待して青色のカクテルを選んだわけだが、いまのところあまり意味は成していない。拓真の内心を知ってか知らずか、答えを聞いた彼は短く顎を引いて頷いてみせた。「そうだな」
    「お前の目によく似ている」
    「……っ、」
     カクテルグラス越しに、彼のルビーレッドと視線がぶつかる。
    「灰羽」
     ――やられた、と、後悔とも歓喜ともつかぬ思考が脳裏を掠めていったのはその赤に目を奪われてからだった。
    「お前に惚れているのかと問われれば、……正直に言って、わからない。惚れていると言うべきかもしれないが、俺がお前に対して抱いている感情を表すための、より適切な言葉があるようにも思う」
     だから考えていた。俺がお前に、なにを求めているのか。
     直線の視線を拓真へと向けながら彼が言う。未知の感情を前にして、それでも彼はただ、無防備なほどまっすぐにそこに立っていた。
    「最初に俺がお前と手を組んだのは、目的はどうあれお前が劇団創設についての明確なビジョンを提示できたからだ。日本演劇界の転機を作り出すための、現実的な手段。あのとき俺が最も求め、模索していたものを、お前が俺に示した」
    「ですが、……それは」
     劇団設立の話を持ちかける際に彼に伝えた理由は、その時点ではあくまでも建前に過ぎなかった。黒木崚介という男の不世出の才能と国内外に及ぶ影響力を得るべく組み上げた、仮染めの理想に覆われた手段。
    「お前の凡その目的について確信してからも、それで構わないと思っていた。もし仮にお前の目的が果たされたあとジェネシスという手段がお前にとって不要になったとしても、そのときは俺が俺の目的を果たすためにジェネシスを引き継ぐだけだ。そのためのパートナー。共同設立だった」
    「…………君は、そこまで」
    「無論、いまはそんな算段は無用のものと理解している。だが、事実は事実だ」
     淀みなく紡がれた応えに、今度こそ口を噤んでいた。
     建前の下の目的も、今日この日までの心情の変化も、すべて見通した上で彼は拓真の傍らに立っていた。自分は彼がこちらをどう捉えているかなど、まるで気が付いていなかったというのに――否、大局を見渡しているつもりで、己れのことで手一杯だっただけということだろう。気が付く以前に、彼の目に映る自己について知ろうとする余裕すらなかったのだ。その事実を淡々と突きつけられて、返すべき言葉を見失う。なにも言えずにいる自身に彼がなにを思うのか、掴みきれないままだった。
    「ジェネシスの創設に関して、いまのお前に罪の意識があるというのなら。お前の言う『罪』に気付いていながら看過した俺にも、負うべき責任があるとは思わないか」
    「……ッ、それは、私の問題です!」
     たとえ彼が意図して看過していたのだとしても、彼に負わせるべき罪などあるはずがない。彼をはじめ、拓真自身以外の誰にも、あってはならない。咄嗟に声を荒げて返すと、彼の真紅が苦く歪んだ。
    「それが、俺は気に入らない」
     最後の砦のように拓真の掌中で揺れていた青を、彼の指先が攫う。キッチンカウンターに微かな音を立てて置き去りにされた水面が、室内灯の明かりを跳ね返してちかりとひかった。青の残光が網膜を灼く。
    「お前は、なぜ俺を、お前と別のものとして扱う。どうして、お前自身を凡人と呼んで線を引く。お前の抱えた問題を、なぜ俺と共有しようとしない」
     灼かれたままの目の奥に、シグナルレッドが瞬く。くるおしいほど、眩しい赤。
    「パートナーだと。お前が必要だと。いまそう伝えてもなお、お前が俺を遠ざけるのだとすれば。どんな言葉と態度で示せばお前が俺の感情を理解し正しく受け取ろうとするのか、……俺には、わからない。それがひどく、もどかしいと感じる」
     灰羽。ぽつりと、途方に暮れたような低音が拓真を呼ぶ。
    「俺は、どうすればいい?」
     ここまでの、彼らしからぬほどの饒舌がただそのひとことのためにあったのだと気付いた瞬間に込み上げた激情の色に付けるべき名を、――拓真は知らない。
     先ほど彼が拓真から最後の砦を奪ったように、彼の指先を攫って引き寄せる。頬の輪郭に手のひらを添わせれば、彼はまっすぐにこちらを見た。遮るもののない光にも、抜き身の刃にも似た鋭く美しい眼差しを、いまはただ自分だけのものにしたかった。
    「……、これ以上は嫌だと感じたら、すぐに突き放してください。君にはそれができる。その権利がある」
     どんな理屈を連ねたところで、この鮮烈なひかりに手を伸ばさずにはいられないのだと思い知る。なけなしの理性で告げたそれはおそらく彼のためのものではなかったけれども、彼の双眸は一度目瞬いたのみだった。
    「いまさらだな」
     捕まえていなかった片手が動いて拓真の腕を引く。押し付けられるように重なった唇と呼吸の熱さに、目眩がした。




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    20181017Wed.
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    2018/10/17 23:54:22

    夜、青を越えて

    人気作品アーカイブ入り (2018/10/23)

    #BLキャスト  #拓崚

    シリーズ内「贖いのゆくえ」つづき。境界線上で向かい合うふたりの話。たぶん真面目な話があとひとつくらいで平和な感じになる、……はず。



    18/10/23アーカイブ入りありがとうございました!
    はーとの差し入れもたくさんいただいてて励みになります…!ありがとうございます…!

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    ##腐向け  ##二次創作  ##Takuma*Ryosuke

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