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    ついった小ネタログ2■Wind-wind Symphony!(昴+陽向+まどか)

     劇場内のひと気も徐々に減り始めた、午後八時過ぎ。機材の確認のために立ち寄った舞台袖に見慣れた小柄な背中を見つけ、声を掛ける。
    「陽向くん?」
    「わっ……、ああ、おねーさんか。びっくりした~」
     驚かせないようなるべく抑えた声で話しかけたつもりだったけれども、どうやら随分と集中していたらしい。彼はびくりと肩を竦ませてこちらを振り返ったあと、小さな息を吐きつつ相好を崩した。
    「こんなところでどうしたの?」
    「んー?衣装のチェック、かな」
    「え?」
     今日は午後の最初に衣装合わせがあり、夕方まで衣装を身につけての通し稽古が行われた。衣装デザインを担当している彼が、居残って衣装チェックをしている、という答えは合点がいったが、いまの彼の周りに衣装はひとつもないように見える。首を傾げてみせると、数歩先から指先でちょいちょい、と手招かれた。呼ばれるままに隣に並ぶと、明るいステージライトの向こうから足音と小さな声が聞こえてくる。
    「ホントは客席から見たいんだけどさ。すっごい集中してるから、なーんかジャマできなくて」
     呆れたような、けれどもどこか楽しげな声とひかりの先へ目を向ける。白と金、空色と赤を基調にデザインされた爽やかなマーチングバンドのユニフォームの長い裾が、日差しのように降り注ぐ照明の下でばさりと大きく翻った。
    「!」
     力強く溌剌とした靴音に紛れて聞こえるのは、ステージにひとり立つ彼が口ずさむカウントの声だと気付く。それと同時に、高く頭上に投げられた赤いドラムメジャーが最高点に達し美しい円を描きながら落下を始める。
     あざやかな赤が重力に従って床へ落ちきるまでのほんの数秒の間に、しなやかな長躯がステージを蹴り、ま白い尾の影を観客の瞼の裏に残しながら側転、バック転と続けていく。円の落下点に体を滑り込ませ――背面に回った白手袋が、ドラムメジャーをしかと捉えた。
    「アクション中のシルエットは裾の動きが映えていい感じだけど、……気になるのは帽子かな。動いてるときにズレたら大変だし、留め具が緩んだりしてないか毎回よく気を付けるように言わなくちゃ」
    「うん」
     舞台上の彼は、難易度の高いアクションを成功させたあとも集中を切らすことなく演技を続けている。このままシーンの区切りになるところまで演じるつもりなのだろう。
    「あれだけ動いてまわるんだから、衣装もしっかり丈夫にしといてあげないとね。それで、バシッと決めてもらわなきゃ」
    「ふふっ、……そうだね、本番が楽しみ!」
     いましがた目にしたのが、この演目のレッスンが始まったときから毎日欠かすことなく練習を重ねていた大技だと、カンパニーのメンバーであれば皆が知っている。ステージの上で白くはためく伸びやかな青春の旗印に目を細め、隣に立つ彼と小さく笑みを交わした。


    ***20190119Sat.
    (夢キャスワンライ/『Wind-wind Symphony!!』)
    ■ひかりのうた(れい)

     音には色とひかりがある。しあわせのしろ、怒りの赤と黒、悲しみに翳るあお、よろこびにきらめくイエロー。からだの奥底から湧き上がる色とりどりのひかりを、自身の声にのせて謳いあげることが、いつからか息をするのと同じように当たり前のものになっていた。
     窓の外は夜。レッスンを終えて、ひとり自宅へ向かうハイヤーのなかは静かだった。否、普段ならばすっかり馴染みになりつつあるドライバーと幾らかの言葉を交わしたり、心地好い疲労感に身を委ねてまどろむのだけれども、今日はまだすこし、沈黙に身を浸していたい心地がした。
     まるく明るい月が、子守唄のように優しく夜空を照らしているからだろうか。それとも、窓越しに流れていく街明かりがどこか寂しげに夜に滲んでいるからだろうか。かれらの色とひかりに、そっと耳を傾けていたかった。ささやくような小さな声が、繊細に胸裡を揺らす。
     ――あれは、なんの色だろう。
     なにがきっかけだったのか、はっきりとは思い出せない。たしか今後のメディア展開についての打ち合わせの話をしているときだったような気がするが、それよりももっとずっと前にも、聞いたことがあるようにも思えた。
     普段通りの落ち着いた声の奥底で、しとしとと降る小雨のような、曇り色。
     ――あれは、なんの色だろう。
     やわらかな月光と、寂しげな街明かりに心を添わせても、まだわからない。早く青空が訪れるようにと願う心だけが、唇からかすかに零れて落ちた。



    ***
    20190420Sat.
    ■坂道のおわり(蒼星+昴)

     終わらない坂道の半ばを、気力だけで駆け登る。否、いま自分が『駆け』ているのかどうかさえ、橘蒼星には判然としなかった。ただ、目の前にある坂道を登る。軋む肺腑と心臓の音、傾斜した地面を踏みしめ、蹴りつけて前に進む靴裏の感触だけが痛いほどにあざやかで、全身を包むぬるい夏の風の温度や降り注ぐ日差し、走り出したときには圧力すら感じていたはずの蝉時雨は、他人事めいて遠い。
     体を腕を足を心臓を動かして前に進むことだけで『橘蒼星』という自己が塗り潰されていて、それ以外のどこかへ思考を運ぶための酸素もない。
    「……さん、」
     坂の終わりから、耳慣れた声が降ってきた、気がした。まっさらになった思考回路にふと届いたそれは水中で聞いたかのようにところどころの輪郭が曖昧だったが、それでも徐々にそのかたちがはっきりとして耳朶を打つ。
    「蒼星さん、あとちょっとですよ!」
     あと少し。前へ。前へ。もっと速く力強く進んでゆきたいのに、この二本の足は思うほどなめらかには動かず――けれどもどうにか、先へ進んでいく。

     ああ、なんだ、同じじゃないか。

     坂の終わりを踏みしめて背後を振り返った瞬間、ほとりと己れの内側に落ちたそれは、ひどくシンプルな感情だった。
     刺すような熱い日差しが、スポットライトめいて肌を灼く。
     全身に響く夏の大音声。
     坂道の終点から見渡したここまでの道程はあざやかな夏のひかりに眩しいほどに色付いていて、――ステージから見る客席とよく似ていた。


    ***
    20190529Wed.
    (夢キャスワンライ/『蒼海のプレアデス』)
    ■座付き作家の指定席(コウ)

     磨きあげられたフロアに、方々からの話し声と音楽とシューズの底が擦れる音が響いて溶ける。 慣れたざわめきに身を浸しながら、染谷コウはレッスンルームの景色をどこともなく眺めていた。
     コーチ陣を含めての全体レッスンは一時間ほど前に終了し自主稽古に入っているが、空間に広がった緊張の糸は緩まないままだ。確かな熱を孕んで張り巡らされた、特有の緊張感は心地好いものだった。
     めいめいの観点から脚本家としての意見を求められることも間々あるため、脚本を書き上げてからのコウの定位置は稽古場の隅に置かれた折りたたみ椅子であることが多い。指定席にしたつもりはないのだが、いつからかそこは座付き作家の席だという暗黙の了解が劇団内に定着して久しい。
     主要キャストの面々にアンサンブルメンバー、そして数名の養成所生。初回の通し稽古を数日後に控え、スケジュール調整も為されてか、今日はかなりの人数がレッスンルームに残っている。なにげなく視線を巡らせて、目に留まった表情や仕草を観察しつつ、また視線をゆるりと滑らせては気の赴くままに眺めることを繰り返す。それはコウがこれまでの人生で構築してきた習慣のようなものだったが、すでに慣れきっているらしいメンバーが気にする様子も特にない。
    「――……」
     ふと、ざわめきのなかで団員のひとりと視線が出会う。微かに唇が開いて、コウの名前をかたどるのが見えた。
     表情から察するに某かの相談らしい。傍らに置いていたアイデアノートとペンを手に取り、普段通りの速度で立ち上がる。
    「どうかしましたか、」
     知った声と足音で構成されるざわめきのなか、知った感触のフロアを進む。
     なんの変哲もない折りたたみ椅子は、空席になったあとに誰かの荷物が置かれることも、畳まれることもなく、変わらず静かにレッスンルームの片隅に佇んでいる。


    ***
    20191212Thu.
    Happy Birthday dear Kou!
    ■海の向こうから親愛を込めて(まどか+ジェネ+響也)

     三月十四日、午後二時過ぎ。恒例になりつつあるホワイトデー特別公演のマチネを無事終えて、近くのカフェで遅めのお昼を軽く済ませて戻った事務所のデスクの上に、ちょこんとひとつの封筒が置かれていた。
     ――なんだろう、まだ今日の分の郵便物の振り分けが届くには早い気がするんだけど。
     というより、周りのデスクにはまだそれらしい郵便物はひとつもない。いま事務所にいる響也くんからも特になにも言われなかったので、誰が置いたのかもわからない。首を傾げながら椅子の上に荷物を置いて、封筒を手に取る。
     クラシカルな淡いアイボリーの封筒に、繊細なエンボス加工と箔押しで綺麗な花々が咲いている。宛先面にアルファベットの筆記体で綴られた私の名前がなんだかすこし場違いに思えてしまうくらいの上品さだったけれど、裏面に書かれた差出元を見つけてしまえば納得するしかなかった。
    「響也くん、この手紙……」
    「さっき、速達で届いたんだ。君に渡して欲しい、って」
     封筒を開ける前に響也くんを振り返って尋ねると、ソファに座っている響也くんからさらりとそんな答えが返ってくる。いたずらを済ませた子どもみたいに少しだけすました顔は、彼がこの手紙をここに置いたことを教えていた。
     そういえば、宛先面には住所も切手も消印もない。日数をかけずに追跡もしやすい国際速達郵便を使って、小包として送られてきたのだろう。すぐに想像がついたのは、先月私自身がそれを利用したからだ。
     ペーパーナイフで丁寧に封を切る。なかにはなめらかな手ざわりの白い便箋が一枚。面映ゆい気持ちに胸をくすぐられながら、綴られた文章を追っていく。一行目、二行目、と読み進めたところで思わず視線が止まった。
    「響也くん」
    「うん?」
    「ええと、ホワイトデーって三月十四日……だよね?」
     私の問いに、うん、と頷いた響也くんが、何気ない口調で言葉を続ける。
    「黒木さんたち、帰ってくるって?」
    「…………知ってたの?」
    「はは、まさか!――でも、ちょっとそんな気はしてたかな」
     君がジェネシスのみんなにも贈り物をしたって聞いたときからね。
     目をまるくしたままの私に、響也くんはそう言って笑った。

    ***

     ソワレ終演後、響也くんに送り出されて劇場内の応接室へ向かう。いつもなら裏方スタッフの後片付けを一緒に手伝うところなのだけれど、「いまなら手は足りてるから大丈夫、俺ももう少ししたら行くから」と念押しされてしまった。
     カーテンコールの高揚がうっすら残ったままの廊下を抜けて、いまは逆に人けのないそこへ向かう道のりは少し不思議な心地がした。
    「失礼します」
     ノックをしてそっとドアを開ける。覗き込んだ部屋のなかには、久しぶりに見る顔ぶれが勢揃いしていた。
    「久しぶりだな」
    「すみません、忙しいところに」
    「お久しぶりです、元気でしたか?」
    「……よう」
    「久しぶりだね、……ええっと、お邪魔してます」
     黒木さん、灰羽さん、白椋くん、朱道さん、藍沢さんが、腰掛けていたソファからそれぞれ立ち上がって声を掛けてくれる。その声に少し遅れて藍沢さんの後ろから顔を覗かせたのは染谷さんで、相変わらずゆったりとした独特のしぐさで会釈をしてくれた。
    「お久しぶりです。こちらこそすみません、お待たせしてしまって」
    「いえ、突然訪ねたのは我々ですから……できるなら、ソワレも観劇したかったんですが」
     挨拶と合わせてもう一度椅子を勧めながら、まだ申し訳なさそうにしている灰羽さんの言葉に首肯を返す。
     ――彼らが日本にいること自体は、実は不思議な話ではない。日本のファンへの感謝を伝えるための特別興行として、確かに今月にはジェネシスの来日公演が予定されている。
     けれどもそれは今月の下旬のことで、いくら海外へ拠点を移したといってもメインキャストである黒木さんたちが公演のためだけに帰国してくるには早すぎる。少なくとも、あと五日くらいはニューヨークにいると思っていた。……だから、「ホワイトデーには日本に戻るつもりだ」と書かれた手紙の文面にひどく驚いてしまったのだ。私が聞こうとしたことを察してか、朱道さんが肩を竦める。
    「まあ、さすがにこれ以上は予定の繰り上げと手配が追いつかなくてな。ギリギリになっちまった」
    「でも早く来たぶん、拓真さんが日本のメディアの方々とのお仕事もいろいろ取り付けてくれたんですよ!」
    「こちらで取材の仕事を受けるのも久しぶりだからね。ファンの皆にも喜んで貰えるといいけど」
     朱道さんの言葉を受けて、白椋くんと藍沢さんが補足してくれる。……どうやら、そういう事情らしい。さすがに灰羽さん、抜け目がないな、と思わず小さく笑いそうになるのを、なんとか堪える。そんな私を見て少しだけ不思議そうにまばたきをしてから、黒木さんがもう一度口を開いた。
    「あくまでも俺はジェネシスを代表して筆を執ったに過ぎない。君に送った手紙の内容については、間違いなく『我々』の総意だ」
     黒木さんの深い声が、淀みなく言葉を紡ぐ。
     便箋に綴られたまっすぐな言葉と、封筒の裏に差出人として書き添えられていた『GENESIS』の文字も、黒木さんのものだった。
    「礼や感謝は明確に伝えるべきだ。そして可能ならば直接、な」
    「ささやかですが、私たちからお礼の品です。……それから、」
    「?」
    「遅くなってしまいましたが、朝日奈さん宛てに月末の公演のチケットも送ってあります。ぜひ、皆さんでいらしてください。――お待ちしていますね」
     灰羽さんが手渡してくれた紙袋の持ち手が指先にふれて、かさりと音を立てる。そっと胸に抱いた包みの重みと、言葉が帯びた確かな熱が、響也くんたちがくれた手作りのクッキーと同じくらいあたたかくて、面映ゆい。まっすぐな六人分の瞳に、ありがとうございます、と微笑んで応えた。


    ***
    20200315Sun.//Happy Whiteday!!
    ■観客Aの覚書(ジェネ+夢カン)

     幕引きの余韻を確かめながら、鳴り止まない拍手に身を浸している時間が好きだ。醒めやらぬ高揚感が客席全体にさざ波のように広がっては寄せて戻って、まだここが夢のなかなのだと教えてくれる。
     口を開くこともなく熱の篭もった拍手を続ける観客は皆、ライトに照らされたままの無人のステージを見つめている。ぽっかりと空いた空間から、けれども観客の視線が逸れることはない。客席から広がった波涛が舞台袖にまで余すところなく届いて、「彼ら」が舞台の上に戻ってくるその瞬間を、待っているのだ。
     十秒。
     三十秒。
     一分半。
     どれほどそうしていただろう。さほど長い時間ではなかったようにも、心待ちにしていたぶんとても長かったようにも思える時間が過ぎたあと、観客の手のひらから零れた波がようやくそこに辿り着く。
     ホールを満たしきった高揚の糸を不意打ちのように揺らして流れ出すのは、メインテーマとして劇中で使用されていたインストルメンタル。疾走感のある明るく爽やかな旋律は、この劇団の演目ではあまり他に類のないものだったけれども、すでにすっかりと聴き馴染んでしまっている。それはいまこの空間を共有している観客のほとんどに言えたことで――楽曲が流れ出した瞬間、めいめいに鳴らしていた拍手が誰からともなく手拍子へと変わる。
     上手と下手の袖から、それぞれ軽やかな足取りで最初に姿を見せたのは確かな技術でメインキャストを支えたアンサンブルメンバーだった。他の劇団で主演を張れるほどの実力派揃いのアンサンブルも、劇団ジェネシスの魅力のひとつだ。
     ステージの中央で揃って礼をする所作に合わせて、手拍子をしていた客席からもう一度大きな拍手が上がる。それに応えながら笑顔とともに二手に別れて舞台の端に向かう彼らに続き、特別ゲストである夢色カンパニーの面々が、一人ずつ舞台に上がってはさり気ない個性を滲ませた礼とともにアンサンブルメンバーの隣へ肩を並べていく。
     公演初日や中日には、彼らによるパフォーマンスも話題に上ったものの――今日は千秋楽だ。敵の計略により『キラキラな怪人』とされてしまった市民を好演した彼のスマートな会釈と茶目っ気のある笑顔で夢色カンパニーのメンバーの礼を締め括ったあと、舞台上に揃った面々が手のひらをステージ中央へ差し向ける。
     ひときわ大きくなる手拍子に呼ばれるように、メインキャスト陣の一番手を切ったのは特命イエロー。ヒーローとしての名前で彼らを呼ぶ、子どもたちの無邪気な声があちらこちらから上がった。
     片手をひらりと上げて歓声に応える彼の背を追って、特命グリーンも小走りに駆け出してくる。センターで肩を並べ、片手でハイタッチを交わしてから客席に向かって頭を下げる姿に、拍手と歓声が入り交じって溶け重なる。
     高揚を増す空気のなか、二人に続いて特命ブラックと特命ブルーが姿を見せる。まだ物語の世界のなかにいる子どもたちのためにか、他のメンバー同様に劇中で見せた仕草でひとつ視線を交わしたあと、彼らも隣り合って頭を垂れる。
     数秒後におもてを上げた二人が、列へ合流しながら手のひらをセンターへと向けた。洗練された所作に促された観客の視線に合わせ、最後のひとり――特命レッドがやってくる。
     子どもたちの呼び声と客席からの大きな拍手、仲間たちに出迎えられた彼は人好きのする笑顔を浮かべながら舞台の上を数歩進み、そのまま――垂直方向に身体をひねり跳ぶ。
     さほどの助走もつけないままだというのに、速く、高く、美しい跳躍転回。一瞬の間のあと湧き起こった歓声を、長く逞しい腕を広げて受け止めて、主演を務めあげた彼が深く一礼した。
     列の中心に彼を迎え、響き渡る手拍子が拍手へと戻る。客席の誰からともなく立ち上がり、手のひらを鳴らしてステージ上の、そして舞台裏にいる彼らへと、熱と高揚を伝える。
     列の中央から、噛み締めるように客席を見渡した彼がわずかに身じろぐ。両隣に並ぶ仲間をちらりと見遣る彼の仕草に、最初に応えたのは特命グリーンだった。
     無邪気な笑顔で、自身の両隣にいるブラックと『マッスルな怪人』だった彼の手のひらをさらう。波が広がって行き渡るようにそれぞれの手が繋がれるまで、さほど時間はかからなかった。
     重ねた手を軽く掲げてみせた彼らの朗々とした声が、ステージから客席へと響く。
    「――本日は御来場、誠にありがとうございました!」


    ***
    20200419Sun.
    Happy Birthday dear Yutaro!
    ■違う舞台の(響也+和歌子)

     響也?……響也!どうしたの、そろそろ行かないと学校間に合わないわよ。
     うん、待って、あと少し!
     待ってって……なあに、テレビ見てたの?
     そう。ほら、お母さんも見てよ!すごいんだよ!
     もう、そんなに急かさないの。……、ああ、なるほどね。
     ?
     いいえ、なんでも。……そうね、すごいわね。あんなに小さな男の子が、あんなに大きな舞台に立って、大勢のお客様の前で立派に役者をやっている。
     ……うん。
     歌舞伎は、ミュージカルとは違うけど。たくさんのものを背負って舞台に立つのは変わらないわ。
     うん。……かっこいいな。
     ふふ、そうね。かっこいいわ。とっても。
     ……、……うん。
     響也。
     なあに?
     あなたも、いつか立つんでしょう?
     もちろん!立つよ、絶対に。
     ふふ、頼もしいわね。お父さんもお母さんも、楽しみにしてる。
     うん!……あ、いつか歌舞伎も見に行きたいな。たのしそう!
     ああ、いいわね、お父さんも誘って、今度一緒に行ってみましょうか。
     ほんと!?やったあ!
     きちんと楽しむには、お勉強が必要かもしれないけど……まあ、あなたなら心配ないわね。さ、時間よ、急いで急いで。
     約束だからね!――行ってきまーす!



    ***
    20200515Fri.//Happybirthday,Iori!
    ■12/21,23:15(藤村夫妻)

     今日も一日おつかれさまでした、あなた。
     ああ。……どうした、今夜は随分と機嫌がいいな。
     そう見えますか。
     ……そうだな。さすがの私にも、そう見える。
     実はですね、昼間のうちに、庭師のかたに素敵なものを見せていただいたのです。眠る支度が済んでから、あなたにもぜひ、と。
     ……?
     以前もやっていた日記の企画を、また始められたそうで……そう、昨日の。十二月二十日の記事です。
     ……、…………。
     ……一度きりのサンタクロースからの贈り物を、あの子はずっと、大切にしてくれているんですよ。
     ……そうか。
     ええ。……サンタクロースもきっと、喜んでいるでしょう。
     …………、そうだな。



    ***
    20200515Fri./Happybirthday,Iori!
    ■拝啓、いつかのわたしです

     あかるいあいだ、じわじわみんみんと大きな声で鳴いていた蝉がすこしだけ静かになったころ。わたしはまるまって身を休めていた木陰から抜け出して、にんげんたちの住むところまで降りてゆく。
     このところ、ずいぶん暑い日が続いていて――あの固くてざらざらした地面の上など、まぶしいうちには熱くてとても歩いていられない――まわりがだんだん暗くなっていくころに、まだあたたかい地面をあしの裏で感じながらきょうの食事を探しに出掛けるのが、いまのわたしのまいにちだった。
     ぬるい風が、ふわりとひげを揺らしてすぎていく。もうすこし高い場所のほうがここちよい風が当たることを、わたしたちは知っている。ほどよい場所でひょいと跳びあがって、通りすぎてゆくにんげんたちの頭よりいくらか上の高さのほそい地面に着地した。
     その地面はにんげんの住んでいる大きな箱をぐるりと囲うもので、そこをつたって歩いていると箱のなかもよく見える。食べもののにおいや話し声、薄い布の向こうからこぼれるひかり。
    「……?」
     ふと、どこかから風に乗って、聞いたことのある声がした気がした。足を止めて、ぴんと耳をそばだてる。夜に向かうたくさんの音のなかで、それはたしかに知っている声だった。
    「なあん」
     まだわたしがほんの子どもだったころ、そしてわたしが彼女に出会うまで暮らしていた場所で、わたしに食事やここちよさを与えてくれた声。鳴けば見つけられるだろうかとも思ったけれども、風に紛れていた声はすぐに聞こえなくなってしまった。
    「にあ」
     すこし先を歩いていた彼女が、不思議そうに振り返ってわたしを呼んでいる。
     行かなければ。
    『――劇団ジェネシスのみなさん、ありがとうございました。約一年ぶりの来日公演は、いよいよ今週末から開演です。ますます洗練されたみなさんのパフォーマンスを――』
     薄い布の向こうから流れてくる音にくるりと背を向けて、彼女を追って歩き出した。


    ***
    20200825Tue.
    Happybirthday, dear Gaku!
    ■ハロー、ニューワールド(ジェネ+コウ)

    授賞式を終えたホールになお行き交う喧騒の中、手のひらに残る温度を確かめるようにゆるく指先を握り込む。その感触だけを幾許かの時間五感に焼き付けて、会場の出入口へ向かいゆっくりと踵を返した。
    床を覆う質の良い絨毯が、革靴の足裏を柔らかく受け止める。高揚感の漂うままのホールでは自身の足音など聞こえはしない。耳朶と膚を打つざわめきに身を浸しながら扉を抜ければ、見知った姿が五人分、ロビーで自身を待っていた。
    「話はできましたか?」
    細身の長躯をスーツに包んだ青年――拓真が、短く静かに問うてくる。「はい」と応えながら軽く首肯を返し、ふと、その場で足を止めた。
    このあとは三十分ほどのインターバルを置き、同じ建物内にある別ホールで業界団体による記念パーティが予定されている。ノミネートされた劇団を始め公演に関わった主要なスポンサーも揃って顔を見せるため、自身もまだ数時間は彼らとともに会場に留まらなければならない。
    「…………、」
    今日この日に作品賞のトロフィーを腕に抱き、まばゆい脚光を浴びるのは彼らではなく、また自身でもなかった。
    「染谷さん?」
    この冬の公演をともにした劇団の主宰である拓真が、足を止めたままの自身を呼ぶ。彼と、彼の傍らに立つ崚介が、湧太郎が、れいが、岳が、まっすぐにこちらを見ていた。
    同じようにまっすぐに、彼らへと視線を返す。
    結果を受け止めて並び立つ彼らのなかに、一人分のスペースが空いている。なにかを迎え入れるようにごく自然に開かれたその場所が誰のものであるのかを、……染谷コウは既に知っていた。
    呼び声に小さく頷いて、一歩踏み出す。得難い好敵手と交わした握手を、いま踏み締めている絨毯の感触を、忘れることはないだろう。
    「以前いただいていた、座付きのお誘いの件ですが」


    ***
    20201212Sat.
    HappyBirthday,dear Kou!!
    なっぱ(ふたば)▪️通販BOOTH Link Message Mute
    2020/12/27 13:44:27

    ついった小ネタログ2

    #夢色キャスト

    CPなしの小ネタログ。ワンライや誕生日合わせなど。
    2019-2020年分です。
    Twitter上で読んでくださったかた、ギャレリアさんやてきしぶさんではーとの差し入れ・ブクマをくださったかた、本当にありがとうございました……!
    来年も楽しく熱く夢キャスっこたちのいる世界に思いを馳せて筆をとりたい気持ち満々ですので、もしよろしければお付き合いいただけますと幸いです。

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    ##二次創作 ##Others

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