まこいず「おいも」「それでさ、蓮巳がもらったっていうさつまいもで焼き芋始めちゃってさー……、俺はいらないって言ってるのにアイツら無理やり口に突っ込んできて、絶対に許さないんだからぁ……」
秋を感じさせるオレンジ色の空が窓の外には広がっている部屋に二人きり。他愛もない世間話を繰り返し、沈黙のたび、合わせた目線をどちらからともなく逸らす。
ベッドの上に隣並んで座り、掠める程度にお互いの手に触れ合っては、いたずらに逸らし、遠ざける。
そんなことを繰り返して、五回目くらい、同級生たちとのバカげた話をしていた時、やっぱり目が合った。
でも、どちらも視線を逸らすことはしなかった。なんとなく、そろそろ。そういう空気が、オレンジ色の部屋に漂っていた。
目を逸らすかわりに、キスを一つ。
合図のようなそれに目を閉じて、真の方へと身体を向ければ、頬に硬い何かが当たった。その正体にすぐ思い当たった泉は数秒前に閉じた目をパチリと開き、その綺麗な緑色の瞳を隠す青いフレームを瞬時に奪った。
「わっ、ちょっと……」
慌てた様子の真に構わず、取り上げたメガネを枕の横に放る。
「これくらい近かったら、俺のこと、ちゃんと見えるでしょ?」
グイと、鼻先を押し付けるよう、真の目の前まで顔を寄せて言う。そのまま、真の首裏に腕を伸ばし、自分の方へと引き寄せ、続きとばかり真の唇に自身のそれを重ねた。
「……ん、」
少しの間唇をくっつけ合って、一度離す。
「ゆうくん、何かあったの?」
薄々気づいていたことを、そこで口にする。いつもより、真の元気がないような、そんな気がしていたのだ。
この距離まで近づいてしまえば、真も心を隠すことは諦めるはずだ。
「……うーん、やっぱりバレてたんだ」
「バレバレだよぉ、俺はゆうくんのことなーーんでも分かっちゃうんだからねぇ」
真の柔らかな頬に指を沿わせながら返す。
「そっか」
「そうだよ」
真が、お返しとばかり、頬を手の甲で撫でてきた。その色を濃くした夕焼けが、部屋の中をますますオレンジ色に染めていく。
音はほとんどない。たまに、窓の外から子供達が遊ぶ声が聞こえてくるくらいだ。
静かな、二人だけの世界。
「大したことじゃないんだけどさ、実は、今日ね」
真が、ゆっくりと口を開くのと同時――。
ぷう。
静かな部屋に、ロマンチックなくらいのオレンジ色で埋まる二人きりの部屋に、とても間抜けな音が響いた。
「……」
「……」
見つめ合うこと数秒、先にその瞳を揺らしたのは泉の方だった。
窓の外、カーカーと、カラスが元気に鳴いている。
「……えーと」
一方、先に口を開いたのは真の方だった。
「一応、僕、真面目な話をしようとしたんだけど……」
どう言ったものかと困ったように、真が頬を指で掻きながら言う。
「……ち、ち、ちが……、これは」
青い瞳がみるみる潤んでいく。それに比例するよう、夕焼け色に染まっていた真っ白な頬が、炎のような赤色に変わっていった。
「……お、お腹の調子わるいの?」
眉を寄せながら聞いてくる真に、ぶんぶんと首を横に振る。
「ちがうのっ、これは、お芋食べて、それで……」
慌てて言い訳を口にしたところで事実は覆らない。
あの雰囲気の中、あんな音を。というか、真の前で、あんな、あんなーー。
羞恥と混乱とで頭はパニック状態だ。
真だって、綺麗でかっこいい「おにいちゃん」であるところの自分のこんな失態を目の当たりにして失望したことだろう。
ああ、どうしよう。
どう取り繕えばいいのかも分からず唇を震わせていれば。
「……ぷっ、あはは……っ、」
困惑の色を浮かべていた真が、今度は耐えきれなくなったかのように笑い出した。
「え……?」
その反応に、きょとんと目を丸くする?
「もう、このタイミングでおならとかしないでよ……っ」
くくくと、口元を手で押さえながら真が笑うのに、泉の耳は真っ赤になった。
「おならって言わないでよ……っ」
泉の失態に落胆しているようではないように見える真に、だけど、ホッと胸を撫で下ろすこともできない。
おなら。
そうハッキリと口にされれば、居た堪れず、穴があったら入りたいと、そんな気分になった。
「わっ、ちょっと、泉さん……っ?」
ごそごそと、穴に入る代わり、布団の中に潜り込む。
恥ずかしい、消えてしまいたい。
焼き芋なんて食べたくなかったのに、無理やり押し付けてきやがって。アイツら、覚えてろ、俺にこんな恥をかかせて……、ゆうくんの、前で、お……、な、らとか……。
「……っ、う、ぐっ」
嗚咽が漏れる。
頭から布団を被った状態で呪詛を呟いたところで、過去は消えない。
悔しさと恥ずかしさと情けなさに溢れてくる涙を止めることも出来ない。
「おーい、泉さーん」
布団の上からぽんぽんと叩かれる。
「……っ、う、ぐすっ」
それに返事をするでもなく、鼻を啜った。
「おーい、泉さんって、え……? もしかして泣いてる?!そ、そんな、おならくらいで泣くことないじゃん」
ええ?本当に?!
と、布団の外側から真が困惑したように話しかけてくる。
「だがら……っ、うっ、おならっおなら、言わないでってばぁ」
布団の中から返す。
「トリスタのみんなもするよ? この前も合宿の時に衣更くんがさ……」
「そんな話聞きたくない……っ、うっ」
「もう……、うーん……、だから、僕は気にしてないよ。てか、なんか笑ったら、悩んでたこと忘れちゃったし、逆に元気出たよ」
「……」
真が元気を出してくれたことは素直に嬉しいが、こんな方法で励ましたくなんてなかった。
「ね、出てきてください。今さらそんなことで嫌いになったりしないから」
布団を被り丸まる泉の背中を、あやすよう、トントンと叩きながら真が言う。
「……いや」
「泉さんだって、僕がおならしても別に嫌いならないでしょ」
「……お、俺はっ、ならないけど、ゆうくん、さっき笑ったでしょぉ……、ぐすっ、」
「うん、笑ったら元気出たよ。タイミングが神だったよね」
「ひどい……っ」
「あー、もう、冗談だってば。ねえ、泉さん、出てきてー」
そう言うのと同時、布団の上から真が覆い被さってくる。
「うーん、じゃあ、出てきてくれたら、泉さんが大好きなアレ言ってあげてもいいよ~」
泉の上にのしかかったまま、真が口を開く。膝をマットレスについているせいか、その重みはあまり感じられなかった。
「……アレ?」
「そう、アレアレ、」
とんとんと、泉の頭が埋まっている部分を軽く叩いてくる。そこを叩くと出てくる、そういう仕組みのものを叩くような真の仕草に促されるよう、泉はもぞもぞと布団から顔を出した。
「……」
布団にくるまっていたせいか、まだ羞恥が残っているせいなのか、その頬はりんごのように赤かった。
小さな子供のような表情に、真はまた笑った。
「あはは、真っ赤……」
赤く、熱くなった頬を撫でながら真が笑う。
「かわいいね、泉さん」
笑顔のまま、目を少し細め、本物の小さな子供を見つめるような眼差しを泉に向けて言う。すると、時間が止まる魔法にでもかかってしまったかのように、涙に濡れた青い瞳を大きく見開き、布団から顔半分を覗かせた状態で、泉はじっと固まってしまった。
しばらくの間、そうして真を見続けていた泉の目を覚ますかのよう、窓の外でカラスが鳴いた。
カーカーと、やけに夕焼けに映える声で鳴くカラスへと一度視線を向けた泉は、すぐに真へと視線を戻し、それから、「ちがうよ、ゆうくん」と、頬を膨らませた。
「……ソレじゃない」
それに、泉が頬を膨らませる。
『ソレ』を言われて嬉しかった気持ちはもちろんあるが、期待していた言葉ではなかった。
「あれ?違かった?」
ごめんね。
悪びれず言ってくる真に、「おにいちゃん、大好きって言ってほしかった」と文句を垂れれば、「おにいちゃんとキスは出来ないでしょ」と、熱くなった鼻先にキスを一つ落としてきた。