【紅茶組】秋の暮れに 寮の入り口へ着いた隼を出迎えたのは春だった。
「おかえりなさい」
「ただいま、春」
並んでエレベータへ向かいながら春が言う。
「あとでそっちの共有ルームに行くね」
「おや、なにかあるのかな?」
「スタッフさんからお裾分けでマロングラッセをもらったから一度やってみたいことがあってさ」
嬉しそうに笑う春に、隼はすぐに頷いた。
「僕は座って待っていればいいのかな?」
「うん、ありがとう」
「お礼を言うのは君なの?」
からかうと、だって、と春が二階に着いたエレベータの開ボタンを押す。
「何も言わずに俺の『やってみたいこと』につきあってくれるんだから、ありがとうでしょう?」
それじゃ後でねと春がエレベータを降りていく。
部屋へ戻り完全オフモードへ切り替えた隼と、両手でトレイを持った春が三階の共有ルームへやってきたタイミングはほとんど同じだった。
春の視線は何かを言いたそうだったけれど音にはならないけれど、隼はあえて音にする。
「これくらいは魔法でもなんでもないさ。春だって、同じことはできるでしょう?」
「隼がこんなことで魔法を使うとは思わないけどね……って、待って、そもそも前提がおかしくない?」
「おや、こーんなに長ーくおつきあいしているのに、いまさらそんなことを言うの?」
並んでソファへ腰を下ろす。
春が運んだトレイには、ティーコゼーに包まれたポットとティーカップが二客。カップにはすでにマロングラッセが一粒ずつ入っている。それと砕いたマロングラッセとホイップした生クリームの小皿がふたつ。
愛用の砂時計がないのは、隼が共有ルームへ出てくる時間を計算していたからだろう。春だって魔法使いみたいなものさと隼は微笑む。
ティーコゼーを外した真っ白なティーポットから注がれる紅茶は隼の予想とは違っていた。
「ミルクティーなんだね」
「うん、これはね。砂糖は入れていないからお好みで入れてね」
「春が作ってくれただけで美味しいと僕は思うけれど」
「責任重大だなあ」
笑いながら紅茶へ生クリームを浮かべ、砕いたマロングラッセを乗せていく春の手つきはなめらかだ。きれいに動く手を見ているだけでも楽しい。
「はい、どうぞ」
大きい方のマロングラッセが入っていたティーカップが隼の前に置かれる。
「マロンクリームティーです」
作る機会なんてなかなかないからやってみたかったんだ、と満足そうな春が隼を見つめる。
素直な感想を望まれてはいるけれど、春が隼のために淹れてくれた紅茶が美味しくないだなんてありえない。隼と一緒にいてくれるこの時間すらもご馳走なのだから。
口に含んだマロンクリームティーは優しい味で、身体が温かさで満ちていく。
「そうだ、あのね、隼──」
同じようにカップを持る春との穏やかな話は郁や夜が帰ってくるまで続き、二階と三階にいる全員で夕飯を食べる頃には賑やかな会話へと変わっていった。