【隼と恋】そのままこのまま 横断歩道へ近づいた途端に信号が赤になったり。
自販機でアイスミルクティーのボタンを押したらホットココアが出てきたり。
着替えたばかりの撮影用スーツのボタンが取れてしまったり。
撮影データが消えて撮り直しになってしまったり。
昨日まであった始の広告が掲示期間を終えてしまっていたり。
どういうわけか、今日は小さなアンラッキーが積み重なる一日だった。
おまけにもうひとつ。
ようやく終えてスタジオから出たら案の定で雨がぱらぱら。
今日の天気予報で降水確率はゼロといっていたのに。
そういう日もあるとわかってはいても、今日はほんのすこし肩が落ちてしまう。
「隼さんもそういう日があるんですねえ」
「多少の雨なら濡れないけれど、今日はちょっと難しいかなあ」
「俺としてはそっちの方が難しいと思いますよ」
しかたがないと歩き出した数分後、うしろから傘を差し出してくれた恋が苦笑する。
たまたま仕事帰りに遠回りをしたら隼を見かけたらしい。
「俺としては遠回りしたおかげで隼さんに会えてラッキーですね」
隼の方へわずかに傘を傾けて車道側を歩く恋を見る。
降水確率ゼロの日でも傘を持っているだなんて恋らしいと隼は思う。
今日の駆は涙と仕事で、恋もひとりで仕事。
それでもきっと駆のために恋はいつも傘を持っている。
撮影時間が長引いた理由を話すついでにアンラッキーをこぼしてしまったら、恋は優しく微笑んだ。
「そっかあ。今日はアンラデーかぁ……。うん、でも大丈夫です。うちの相方はアンラッキーなことが多いですけど、俺がその分一緒にいるんで相殺です。ひとりじゃしんどいこともありますけど、ふたりだったら案外楽しめちゃいますし。だから今日の隼さんも、もう大丈夫です」
ねえ、隼さん。
恋が傘を持たない右手を前へ伸ばした。
指先が示す先には小さなカフェがある。
外灯の下、黒板に書かれたメニューには『美味しいミルクティーはいかが』という文字が見えた。
「隼さん、ちょーっとだけ寄り道しましょうか。きっとアイスミルクティーだって美味しいのがありますよ」
「そうだね」
「これはあれですね、アイスミルクティーは隼さんと俺に飲まれたがっていたということで!」
「それは随分とツンデレなアイスミルクティーだね」
「隼さんが待ったぶん、期待できますね! それじゃ行きましょう!」
立ち止まった横断歩道はそれほど待たずにすんだ。
恋とのんびりお茶をしていたら雨もすっかりやんでいた。