【始春】甘いものをあげる ノックと同時にドアが開く。
「はじめ〜! Happy Halloween!」
紙で作った目と口が貼られた真っ白なシーツを頭からかぶったソレがぴょこぴょこと動く。
隠しきれていない足元は、共有ルームで見た春の靴下と同じだ。
そもそも始よりも大きく、ノックの返事も待たずに始の部屋へ入ってくるオバケなんてひとりしか知らないのだけれど。
やかんを置いていたコンロの火を止めて、かわいさよりは胡散臭さの目立つシーツオバケへ始は近づく。
「それで?」
「Trick or Treat?」
両手をゆるく持ち上げ、シーツをふわふわと動かすソレに始は「ない」と言いかけ、音を飲み込んだ。
「Treatはなんでもいいんだな?」
「うん、なんでもいいよ。……あれ、さっきので終わりって言っていなかった?」
共有ルームでささやかなハロウィンパーティをしたときに、ここぞとばかりにお菓子をねだる下の子たちに「もう終わり」と言ったのは確かに始だ。
「同じものとは言っていないだろう」
「もしかしてとっておきのなにかがあるの?」
シーツの中で相方の顔が明るくなった気がした。
「まあ、とっておき、ではあるな」
「なになに?」
ふわふわとオバケの両手が揺れる。
短く笑いながら始は一歩オバケに近づいた。
「俺のと違うっていうのもあるんだろうが、ふわふわしていて柔らかい春の髪は触り心地が良くて気に入っている」
「は?」
「たまに自販機から抜けなくなるって春が笑う大きい手は確かに不器用だが他人の気持ちを丁寧に拾う優しい手だ」
「……ちょっと待って」
「目元のほくろも色気があって好きだな。役によってメイクで消すとわかるんだが、ほくろがある方が雰囲気も柔らかくなるし隙みたいなものができるせいかな?」
「待って」
「唇の形もいい。厚すぎもせず、薄すぎもしない。気持ちがいいからいくらだって触っていたくなる柔らかさがあるよな」
ゴン、とシーツのオバケが背中から壁にぶつかる音がした。
空いた距離の分だけ始は歩を進める。
「俺より高いのは腹が立つんだが、その長身をちゃんと活かせるように努力する姿勢も好きだ。特にライブのときは頼もしいと感じる。他のやつらに対しても思うことでもあるが、ちゃんと立っている感じがするのが俺は好きなんだろうな」
「始、待って」
「声が好きだっていう話はしたか? いつものラジオも好きだし、年下を相手にしているときの柔らかい声もいいな。緊張しているときは少しだけ固くなるのも悪くない。俺に甘えてくるときはいつも以上に柔らかくなって蕩けるからもっと聴きたくなる」
「……あの、ちょっと……」
「俺で遊ぶときはしれっと楽しそうなわりに、こうやって──」
トン、と壁に手をつき、オバケを追い詰める。
気配だけで逃げられないと察したのだろう、ヒュッとシーツの中で小さな悲鳴が上がった。
「俺の言葉だけで狼狽えるところはかわいいな」
視線を落とすと、足元がふらついているのが見えた。
予想通り、ずるずると壁をつたうようにオバケが小さくなっていく。
「……そういう"甘さ"は求めていないんですけど……」
「いつもは塩対応だって文句を言うくせにか?」
「不意打ちはよくないと思います」
敬語になっているオバケに笑いつつ、そのシーツを剥がそうとすると中から手首を掴まれた。
「今はだめ」
「なにが?」
「お見せできません」
どういう顔かなんてとっくに知っている。春もそれはわかっているのだろうけれど、赤くなった顔を見せたくはないらしい。
「はぁる」
シーツ越しに撫でる頭は柔らさが半減していてつまらない。
「とっておきのデザートがあるんだが」
「………この状況で信じられると思う?」
「岐阜から取り寄せた栗きんとん」
ぴたりとオバケの動きが止まった。
「一個だけ?」
「ふたつ」
「みっつがいい」
「……いいだろう」
遅い時間だがしかたない。
始は始で、早くシーツを剥がしたいのだ。
シーツがふわりと捲れ上がる。
「あんまり春さんをいじめないでくださいな」
始もシーツに取り込まれ、真っ白な世界に赤い顔の春とふたりきり。
「春」
「なに」
「Trick or Treat?」
唇を指せば、小さな笑いとキスが降ってきた。