金曜日とアイスクリームは春子と結婚して東海林はふと気がついたことがある。
金曜日の夕飯後にはアイスが必ず出てくる。それはうなだれるような夏の日も雪の降る冬の日も決まってアイス。
そして鈴虫の鳴いている涼しげな金曜日もアイスが出た。今日は黒蜜きな粉のアイスクリーム。
「いただきます」
お互い口を揃えてアイスを食べる。
食事中はテレビを消しているので、いつも2人の会話がBGMだった。
「ちょっと気になるから聞きたいんだけど…何でいつも金曜にアイスなんだ?」
東海林は気になったことはすぐに知りたい性格なので、気がついてすぐに春子に答えを求める。
ひんやりとしたスプーンを口から出して、春子は答えた。
「それは、金曜はアイスの日だからです」
その答えの意味がよくわからず、東海林は困惑の表情を浮かべる。
「へ?アイスの日??そんなの聞いたことないぞ…カレンダーにも書いてないし…」
「子供の頃、近くにあった店がそうだったんです」
「は?何だそれ」
東海林が間抜けな顔でそう口にしていると、春子はテーブルに透明の器を置いて語り始めた。
「私の家の近くに…須藤商店という小売店がありました。そこは毎週金曜日にアイスが安くなっていたんです。50円のアイスが3つで100円…子供にとって50円の差はとても大きくて、毎週何を買おうか迷いながら買っていました」
「ふーん…懐かしいなぁ、50円のアイスって。ダブルソーダやホームランバー、袋に入ったかき氷なんてものあったよな」
東海林と春子は同世代で、こういった昔のことは共感し合える。
「それで、私は毎週アイスを3つ買って家族で分け合って食べていました。そんな思い出の須藤商店が…10年ほど前に店の前へ行ったら跡形もなく消えていたんです」
ゆっくりと語り続ける春子のアイスは少しずつ溶けていき、黒蜜とマーブル模様を描いていた。
東海林は家族3人でという言葉に胸がちくんと痛くなった。
春子の両親は亡くなってもうこの世にはいないからだ。
「それで、あの時のことを忘れないために金曜日にはアイスを食べようと決めました」
「やめてくれよ、俺そういう話苦手なんだよ…」
気がつくと東海林は下瞼に雫を浮かべていた、春子は若干ひきつつも
「そんなことくらいで泣かないでください、男のくせに」
「男が泣いて悪いのかよ、お前がそんな話するからだろ」
「あなたが聞いてきたので答えたまでですが何か?」
「じゃあさ、これからも金曜日にアイスを食べよう、子供が生まれたらちょうど3人分だ」
そう言って東海林は春子の膨らんだお腹を摩った。
春子は家族がいなくなって、1人ぼっちだと思っていた。でも、家族は増えることもあるんだ。
そのことにやっと気がつくことができた、ずいぶん遅くなってしまったけど。