義務と責務と英雄の条件両の手に乗る全てを救えたら
両の手に乗る全てを助けられたら
きっと誰もが思うだろう
取りこぼすことなく全てを救う
それが英雄の
布に染みついた1点の汚れにも似た誇りであり、一種の運命である。
ここに集まった8人全員が同じ誇りを持つだろう
同じことを思い
同じことを口にする
故に人は
自分たちには手が届かない輝きを見上げ
英雄と呼ぶ。
できぬことをやるから
英雄だと。
全てを救いたかった
全てを助けたかった
両の手に溢れる犠牲を
両の手に溢れる苦悶を
救いたかった
救わなければならなかった
けれども
こぼれ落ちたもの
取り落としたもの
あまりにも多すぎた
何が英雄だ
何が勇者だ
レオーネを石化の呪いから救えず
その名を汚し
生贄のような犠牲を払っても部族統一すら果たせなかった
どうすれば救えた
どうすれば助けられた
どうすれば勇者として正しい選択ができた
「どうすればよかった」
だれに語りかけられる訳でもないアシュレイの言葉を聞いたラダ・ガートは眉を顰めた
英雄と呼ばれたものの軌跡は必ずしも尊く、輝けるものではない
人が人であることの我欲、執着、欲望
栄光の傍らにはそのような汚いものが常に転がっている。
故に、理解できないとは言えないのだ。
国を救えなかったもの
妹を救えなかったもの
民を救えなかったもの
娘を救えなかったもの
「ならばどうあればよかった」
誰に向けてもない問いかけ
そう、これは耄碌した爺の独り言だ。
アシュレイ以外天星郷から駆けつけた英雄たちにアシュレイに何があったかは知らない
けれどもジアクトの軍団が溢れ出てくる空間の罅が羽のような光によって塞がれた時
皆何かを感じ取っていたのだ。
「どうあれば、か。はは、オッサン、人を斬ったことはあるか」
「……」
魔物ではない
自分と同じ人
魔祖との戦いは覚えているが、人を斬ったことは記憶にはない。
「俺は、2回」
2回という言葉にラダ・ガートは頭を捻る。
星導課によれば
国内の反乱を鎮圧するために首謀者を誅した。
その1回だけのはず。
「部族統一に失敗して1回。んで、世界を脅かす悪党で2回」
ああ、と、自然に納得が行った。
「勇者たる者、世界の危機が訪れし時、必ずや平和を勝ち取らん。」
それが愛おしい弟が引き起こす災厄でも。
勇者はそれを断ち切らねばならぬ。
「俺は」
取りこぼした。
両の手に溢れる全てを捨ててまで。
1番救いたかったものを。
勇者は。
悪を。
災厄を。
危機を。
切り払うのは勇者としての義務。
そうなんだろう?
常に付きまとう義務と責務。
「ああ、そうか」
どうしたらよかったんだろうなあ。
溢れた言葉にラダ・ガートは顔を顰める。
俺には意味がないんだ。
衆生を救うのは勇者として。
奇跡を生むものとして。
何を差しだとしたとしても。
やれ。
殺せ。
それが従うべき民意。
勇者が行うべき、罪人への断罪。
嫌だ。
何故。
もう、この手で斬りたくない!
これ以上罪を重ねて何になる!
家族だろ!
大切な弟だろ!
救っちゃいけないのか!
俺は救えないのか!
「家族を救えない。何が勇者だ。」
「……」
昔の話をしよう。
沈黙を破ったのはラダ・ガートの言葉だった。
本人としては話す気のなかった話だが。
「俺が英雄と呼ばれる理由を知っているか」
ガードランド建国の祖
建国王ラダ・ガート
ただの建国王ならば、天界に引き上げられる理由はない。
ラダ・ガートの真の功績はいまだに魔物がうろつくドランド平原をオーガの武力を以て平定し、ギルザットに住まう魔祖と呼ばれる魔物を抑えたことにある。
あの時の俺はあまりにも図に乗っていた。
魔物を抑え。
魔祖を牽制し。
もはや我が一族に不可能はないと。
のちに生まれた娘も病気や怪我もなく育ち、立派な将となった。
魔祖を牽制したと言ってもその戦いが終わったわけではない。
ある日のこと
完全に戦いを終わらすために魔祖の頭領である羅刹王に少数精鋭で奇襲を仕掛けることにした。
「私も行かせてください!」
槍を片手に軍をかき分け娘が詰め寄る。
ラダ・ガートは今回の奇襲の軍編成にわざと娘を外したのだ。
それを知った娘は戦いにいけないとは将として真っ赤な恥とその日に父を問い詰めたが、死を伴う遠征で娘を死なせたくない。娘を、家族を守りたいと言う、甘さ。
「己も死ぬであろう戦いに、愛おしい娘を連れていくわけにはいかないのだ。わかってくれ」
「……!父上は建国王です!父を失えば国が、民がどんなことになるか…!父上はお分かりにならない!」
「娘よ。俺は魔祖の戦いで幾多の家族を失った。お前まで失ってしまったら…」
それを聞くと娘は納得せずに激怒して立ち去ってしまった。
「親心とはなかなかわかってもらえないですね」
近くにいた同じ娘を持つオーガの軍人が苦笑いする。
「伝令!」
奇襲決行日。
先に様子を見に行かせていた工作員が慌てて駆け込んでくる。
「ガラテア様が!」
娘の名を聞き、心がざわつく。
「単身バラシュナの元へ赴き一騎打ちを申し込んだ模様!」
「それでどうなったのだ!」
参謀たる軍人が聞く。
「そ、それが、王に知らせねばとすぐにきたので」
それを聞いたラダ・ガートは慌てて会議室から飛び出し、ギルザットへと走った。
ああ。
俺は。
どうしたかったんだろうな。
羅刹王がいたであろうとこには娘の槍だけがあった。
両者の死体もない。
勝敗もわからない。
激しい戦いがあったことだけが地面や岩や木々の傷から窺い知れる。
せめて何かわかるものを。
必死でその場を散策し、あとできた部下たちに羽交締めにされ止められた。
日が落ちかけている。
ほぼ半刻。探し続けていたのか。
結局なにも。
死体も、装備品のかけらも見つからず。
後世の記録に、娘の死体が見つかった記述もない。
どうなったのか。
いまだにわからないと言う。
「染み付いている後悔だ。家族を、愛おしい娘を見殺しにして何が英雄だ」
「…」
「俺だけじゃない。リナーシェ、ドルタム、ナンナ、カブ、ハクオウ、フォスティル。ここに集ったものが全てを救おうとして誰かを取りこぼした。それは誰にとっても大事なものだ」
全てを救おうとするな。
「お前は正しかった。英雄として、世界を守る勇者として、その判断は間違っていない。」
取りこぼしても仕方がないもの。
それが。ただ1人の大事な人であっても。
諦めろ。と。
「間違えてたら救えたのかな」
あのままずっと
暗い道を2人で行けば。
まだ魔王討伐への旅路を行ったあの日のように。
2人で正解かわからない道を闇雲に生き続けていればよかったのかもしれない。
「ごめんな。レオ」
勇者は間違えられない。
そうやって世界が決めつけたシステムだから。
たとえ一緒に間違っても。
どこかで自分は正しい道を見つけてしまう。
そうした後に振り返れば。
きっと誰もいない。
「次があるなら俺も間違えられたら、そう考えるよ」
英雄としてはなく。
勇者としてはなく。
ただ普通に苦悩し、生き、間違える1人の人間として。
正しさを。
世界を救うために。
2人の勇者として。
2人の英雄として。
両の手に溢れるばかりの苦悩を救うため走り回った日々はもう遠く。
残ったものは。
ゼドラ族として生まれた双子の兄としての間違いという痛みだけ。