【ペーパー】コンクリの森【閃華春大祭2021】「ほんま急やな~。なんで自分らなん」
明らかに寝ていたところを呼び出されたといわんばかりに寝癖の付いた頭を隠しもしない明石国行が、臆することなく審神者に向かって疑問を口にした。すごいところはこれが真っ当な疑問であって追及でも否定でもない口調なところだ。
「二振りなら見た目がギリギリ親子で通って、現代でもなんとかなるなって。なにより言動がセーフ」
「親子でなんとかなる? 明石の見た目にはちょっと大きいと思うんだけど、俺」
そういいながらお互いの髪色を見比べる不動はすっかり落ち着き払って同じように疑問を呈した。既に極みになって長い。急遽遠征や出陣を言い渡されることも多く慣れているのだが、なにより明石との組合せは初めてだ。さすがに今回は警戒しているようだった。
「愛染か蛍丸でいいじゃん。そっちのほうが連携上手いでしょ」
「そら無理やわ。二人とも今遠征中なんや」
「そういうこと」
政府から言い渡された任務は簡単なものだ。
ただ、時代が通常の戦場よりもずっとこの時代に近い。刀を持って歩いていては捕まる時代である。
言動も三条のような鷹揚な態度でも、長船のような目立つものでも難しい。ただの巡回業務なのだが、穏便に済ませるのが結局一番早い。修行を経た短刀だけで行かせるのが一番効率がいいが、万が一長引いて夜間になると短刀だけでは違う事案が起きやすいため、この本丸では打刀以上の見た目の大きな刀と同行させていた。
「戦闘が起きない可能性のほうが高いらしいんだ。ひずみがあるところの警備だけだから半日程度の監視でいいらしい。
遡行軍の新しい経路が作られる場面を見られるかもよ?」
「別に見たくはないかなぁ」
「同感」
ははは、と乾いた笑いを浮かべた二振りだが、同時に立ち上がる。
「まあ、それくらいならお安い御用だよ。主の頼みだしね」
「仕方あらへんな。一食分くらいなんかええもん食ってええんやろ」
「はあ~! ありがとう! ゆきちゃんず!」
「「は?」」
低い声で睨まれた。
「ドラえもんズみたいに言うなや!」
「よく知ってるな~、明石」
「愛染と蛍丸、よくドラえもん観てるもんな」
そうして、三十分もしないうちに二人は本丸を旅立った。
*
「甲、以上なし」
「乙も以上なし」
「なあ」
「ん?」
二〇〇〇年代初頭に来た二人はいつもと少し違う服を着て当たり前のようにこの地を歩いていた。到着してから聞いたのだが、明石は度々この時代には審神者の伴で来ていたらしい。それが選抜の理由の一つでもあると知った。ならばと勝手は明石に任せた。
時々別れて政府から指示されたチェックポイントを定期巡回し合流する。あちこちの喫茶店などに入ってはまたチェックポイントを巡る。審神者に定期的に結果を報告したら特にすることもないので、お互いに黙ってコーヒーを飲むだけだ。
「ゆきちゃん、そんな見た目でコーヒーお砂糖入れへんの? すごない? うちの子らなんてコーヒーも飲まれへんのに」
「はあ? バカにしてんの?」
「お~、こわ。修行前みたいやん」
「ていうか、そのゆきちゃんってなんだよ……。明石もだろ」
「そのほうが親子っぽいやろ」
そういう明石はカフェラテだ。
誰に借りたのか知らないが、黒いシンプルなジャケットに、白いVネックの薄手のセーター。細身のブルージーンズにいつものブーツを履いている。靴だけ浮いているが、起動が命なのでこれだけは譲らなかったそうだ。刀は主に依頼すればすぐに手元に転送されるよう手筈されていた。
正直、普通にこの時代の人間らしい恰好で、馴染みすぎていた。すかすかな財布だけが、いつもの明石のようで会計をしてくれる姿を見る度にすこし不動は笑ってしまう。
そういうところがずるいと思う。
なんやかんやと文句は自分と同じように言ってたはずなのに、ちゃんとやることはやっていた。修行後は真面目にこなしている自信はあるが、子どもの見た目ではこういう時、出来ないことが多くて歯がゆい思いをすることは少なくない。そのフォローが適切で、さすがにあのヤンチャを絵に描いたような愛染と蛍丸の保護者をしているだけあるものだ、と嘆息した。
つまり、ついさっきも、自分のブラックコーヒーを明石の前に置かれて少しムッとしたところに、何も言わずにそっとコーヒーを入れ替え、いつ注文したのか知らなかったが、不動の好きなシナモンドーナツまで付けられていた。明石の分はなかった。その不動の少しふてくされた態度になにも言わず、それなりに付き合いのある長谷部や宗三のほうが良かったか? などと更に余計なことを言わないのが、よく出来た刀だと思う。長谷部なら余計なことを不動にいつも言う。薬研には言わないくせに。兄弟もいなくて薬研よりもずっと誰かに甘えることが苦手な不動にとって、審神者は唯一守る相手でありながら甘えを出せるが、長谷部や宗三と絡むのはそれなりに嫌いじゃない。
でも、こういう時に二人とも不動がしたいことはわかっていない。それでいい。別に誰かと分かち合いたいとか思ってないが、そつなくこなす明石を見ていると、少し愛染や蛍丸が羨ましくなるのも事実だった。自分にも「保護者」がいたら、と思うこと。
それを否定しない態度そのものが。
ドーナツはとっくになくなって、会話もない二人の間に、ピリっとした電気が流れた。
「明石」
「ん?」
「ひずみだ」
「あ?」
明石はまだ気付いていなかったらしい。次のポイントまで少し遠かったので、その近くの店に入ったのは正解だった。指定された建物の壁に、本当に一瞬霊力の歪みが見えた。
通常の人間には見えない程度の、透明な時間の壁が、揺らいでいる。
「移動してる。いくぞ」
「了解」
そういいながら、不動はすでに駆け出していた。明石は支払いをしてから追いかけてくるだろう。すでに明石はカンストしているが、修行を終えた不動の錬度は極の中でもこの本丸では高いほうだ。戦闘に移行したら、その主導権は不動にあった。
*
人の隙間を駆け抜ける。どんどん人気の無いところに向かっていた。
明石がついて来ているかはすでに気にしていなかった。最悪不動の位置は主を経由すればわかることだ。ビル群の隙間に潜り込む。着ていたこの時代の薄いダウンジャケットとパーカー、スポーティーなハーフパンツだったものを今すぐに脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。
「主! 本体をくれ!」
こんのすけの声が頭に響く。
『不動行光。転送します』
右手に、手甲が、首元にいつものきっちりとしたネクタイが締まった感覚がして肩にふわっとかかったマントの存在が、自分を「刀剣男士」と認識させる。
先ほどまで明石を「父さん」と呼び、道の端側じゃなく内側を譲られていた「少年」は、もういない。
「不動行光! 突撃する!」
完全に姿を現した自分の本体の柄を握ると同時に鞘から抜き取る。そのまま身体を回転させながら、ひずみから出てきた敵短刀を斬りつけた。まずは一体が地面に触れる前に黒い霧となって消えた。
走っていたままの勢いで壁にぶつかりそうだったところを、急ブレーキをかけ突撃する寸前に壁を蹴り旋回した。
上から打刀の気配が落ちてくる。着地する寸前、こちらの体勢は整っていない。だが。
「はい、おまっとさん」
地に足を着けた不動に覆いかぶさるように、太刀の輝きが閃いて、敵打刀が斬りつけられその腕が道の端に跳び出したがすぐに黒くなって霧散した。
ひずみから複数体、追加の遡行軍が出てくるが、おそらくそれが最後だろう。ひずみの揺れが次第に小さくなっていた。あの歪みを壊せばこちらの勝ちとなるはずだ。
『不動! 明石!』
戦闘に移行したため、審神者の声が脳内に響く。この通信方法は迅速だが、あまり好きではない。好きだと言ってる男士は見たことがない。遡行軍の殲滅と、ひずみの消滅を完了させたら帰還せよ、と審神者からお達しが出た。明石もすでにいつも通りの戦闘衣装で、黒い衣装に赤い組紐がビル風に吹かれて揺れた。
狭いところの戦闘は得意でないだろうに、走ってきてくれたためか、少し揺れている肩に、思わず安堵の息を漏らす。
「明石!」
「置いてくなんてひどいもんやな」
「ごめん。でも明石ならわかると思って」
「そら、どーも」
そう。わかると思った。
普段から短刀と過ごすことの多い彼なら。あの愛染国俊を守っている明石なら。俺よりももっと早い奴の後ろを追いかけては守っているんだから。
「ほな、さっさと終わらせて帰りまひょか」
「うん。頼まれたお土産買う時間が無くなっちゃう」
「せやったわ……。面倒くさ」
そういって二人で並んだ。
*
「二人とも、お疲れ様!」
戦闘も特に支障なく終わり、ひずみは明石の一撃でどこにも見えなくなった。
ひずみの発生はランダムに行われているらしく、定期的に各種時代に遠征任務として降りてくる。これは序章にすぎず、盛大な遡行軍とのいたちごっこはまだまだ続くのだろう。
「どうも~。戻りました。これで休んでもええでっしゃろ……」
「はい、主。これ頼まれたやつ。限定のは買えなかったけど」
「ありがとう! いいよいいよ、通常のやつだけで十分。悪いな~」
「よう、ご両人お疲れさん。ははは、よく似合ってんじゃねえか不動。それ後藤の服か?」
「親子といえば親子ですけど、雰囲気全然似てないですね。内縁の夫と連れ子ですか?」
「いつもの恰好よりもちゃんと着てるじゃないか、明石国行」
薬研、宗三、長谷部が、審神者の部屋で二人を待っていたらしく、二人を見るなり続々と声をかける。不動も見られたくなかった、という顔を全面に押し出している。
「うるさいなー! だから長谷部たちに見られたくなかったのに!」
「言わないで行くなんて水臭い。薬研は僕と一緒に出陣してたんですよ。途中報告くれてもよかったじゃないですか、不動。長谷部が心配してましたよ」
「していない!」
「今か今かとうるさいから報告来るの待ってたんだ。ケガもないみたいだし、よかったな、長谷部!」
「待ってなどいない! 主の手伝いに! ここにいるんだ!」
「はいはい。ったく、こんなにガヤガヤ言うなら行くの薬研でよかったじゃん。よく考えたら身長も髪色も同じようなもんなんだし」
「品行方正な分、ゆきちゃんのがええわ。薬研はんじゃあ、豪快すぎてヒヤヒヤすんで」
そういって、ニヤリと笑って、明石はさっさと出ていった。
「「「ゆきちゃん?」」」
「明石ーーーー!」
なにそれ、かわいい僕も呼んでいいですか!? と騒ぎだす宗三と爆笑して腹を抱えて転がった薬研と、いつのまにそんな中に……とショックを受けている長谷部に絡まれて明石を追いかけようとしても阻害されている不動を見て、審神者は思わず「ゆきちゃん、買ってきてくれたお菓子食べようよ。お茶いれるから着替えておいで」と声をかけてまた顔を真っ赤にした不動に「主も!」と追加で怒られた。
なんにも怖くはないのだが。
その後、食堂でやたらと愛染と蛍丸の頭に手を置いてははたかれる明石が目撃されていたが、その真意は明石以外誰も知らない。