恋人試用期間 2出会ってから何年経ったのか。中身は大して変わっているつもりはないが、後輩が増え、僅かだが自分を師と仰ぐ者さえいるとなればそれなりの年齢と自覚せざるを得ないこの頃。
「よ。夏以来?」
スマイリーを迎え入れたソーンには、左のこめかみと右の口の端に殴打された真新しい傷があった。
「…お前」
挨拶もそこそこに絶句するスマイリーに、相手はこの三倍はカタいねと自嘲とも相手への冷笑ともつかぬ笑みを浮かべる。
「叩き出したからだいじょぶ」
「分かったから座れ。手当する」
痛いからやだよとごねるソーンをソファに座らせ、勝手知ったる連れの家とばかりに救急箱を見つけ、手際よく手当てをしていく。そもそもこの手当一式とて、理由はどうあれ生傷の絶えないソーンの為にスマイリーが揃えたものだ。
「この顔を殴れる奴がいるとは」
ああ、なんて間抜けな感想。
「アレはさすがに外れだった」
なんでも笑い事にしていいってもんじゃないぞと釘を刺したが、さてどこまで効くものか。
その"外れ"が腫れ上がった顔で怒りに任せて再訪したが、もちろんスマイリーの丁重な応対によってお引き取りいただいた。
「そんなこともあったなあ」
自分達を引き合わせた大先輩のひとりを見送った帰り道、並んで駐車場に向かう。
「そういやお前、彼女どうしたよ。用事?」
きっちり締めていたネクタイをゆるめながらソーンが聞く。いつもスマイリーを車で迎えに来ていたが、今日はその姿がない。
「半年前に別れた」
「俺は分かるけど、なんでお前そんなにフラれんの」
ろくでもない相手ばかりを選ぶソーンに自覚があったとは驚きだ。
「別れたとは言ったがフラれたとは言ってないぞ」
図星だが。
「なんでだろうね、こんないい男もったいない」
「女は勘がいいからな」
自分が一番じゃないって気づくんだよ。
「………」
「………」
しばし、沈黙。
色づいたイチョウの葉がはらりはらりと落ちる道で立ち止まる。
「…なあ、ソーン」
「ん?」
「試用期間は、終わったんだよな」
視線は高くなった青い空に。
「ああ」
何を今更と言いたげに肩をすくめたであろうソーンの伸びた髪がスマイリーと逆の方向に向く。
「そろそろ、本採用になってもいいんじゃないか」
「幾つになったと思ってんだ」
「代弁してんだよ」
頑なに顔を背け続けるソーンと、それを見つめるスマイリー。お互い、随分歳を重ねた。出会ってからの人生の方が長いと言えるほどに。
「ああ、まあ、なあ………」
もうそろそろやんちゃもやめ時だしそしたらのんびり暮らすのも悪くないとは思ってるけどと、やや早口で言い訳めいたことを言うのは照れている時のソーンの癖だ。何度も見た。ずっと見てきた。こいつだけを。
「愛してる、ソーン」
「今さら言えるかよ……」
「いつか言ってくれ。せめて、俺がくたばる前に」
考えとく、と言ったソーンの頭がスマイリーの肩に当てられた。
のんびりしよう。
充分命懸けで駆け抜けたのだから。
「って言ったの誰だこのアホスマイリー!」
「仕方ねえだろ断れなかったんだ!!」
「次から交渉も俺にさせろばーーか!」
罵声と爆発音が入り乱れる通信、降り注ぐ非合法の銃弾の雨。
隠居はまだまだ出来そうになかった。