図書室の君図書室の君 side アルミン
僕はようやくこの機会を手に入れた。
開拓地では本を読みたくても読む本がなく、そういう意味ではずっと寂しい思いをしていた。活字が僕を惹き込んでくれる様々な世界が恋しくて、いつまた本に触れられるだろうかと焦がれる気持ちがずっと尽きなかった。
だから、訓練兵団の施設内に図書室があると知って、入団が楽しみで仕方がなくなった僕だ。――もちろん兵士としての訓練を始められることも楽しみの一つではあったけど、図書室も楽しみだった。
入団式を終えて今日で三日め。僕がこの図書室に足を運んだのも三日めだった。夕食の時間のあとの束の間の自由時間。
担当の教官ともすっかり仲良くなり、僕は教官が席を外している間、少しだけこの図書室の頼まれごとをされた。
両手に抱えた何冊もの本から、古くかびた紙の匂いがする。僕はほかの団員たちから返却されたそれらの本を、元の棚に戻しておいてくれと頼まれたのだ。そもそも教官は諸々の会議など雑用のため、本日はもう戻って来られないそうで、戸締りまで任されている。
本のタイトルをひと眺めして、今度は棚の番号を見上げる。この本はこの辺か。この本はあの辺だなと小さな図書室を歩き回った。
片づける本の四冊めを手にしたとき、僕は本のタイトルを見て、あ、と身構えた。――確かこの本はあっちの棚だ……あの、もう一人の団員が立っている棚。……そう、この図書室にはずっと、もう一人僕と同じように入り浸っている団員がいる。
その団員は僕と同じで入団式の夜から早々にここに訪れていて、昨日も今日もここにいた女性だ。そして僕と違って教官と話したりせず、ただ黙々と、熱心に、ずっと本を読み漁っている。
入団式のときに一緒に並んでいたのを覚えているので、おそらく同じ百四期生だ。そしてなりより、僕はおそらく彼女をもっと前から知っている。……トロスト区の難民キャンプ時代に、彼女によく似た子を何度か見かけていたのをはっきりと思い出せるからそう思っている。
……僕には少し、あわよくばという気持ちがあったかもしれない。意を決してその子がいる棚のほうへ向かった。熱心に書面に目を落としている彼女の邪魔をしてはいけないだろうかと思いながらも、僕は少しそわそわしてしまう。
隣に立つと、その子は僕より少し背は小さいんだなとわかった。女性と言えど、哀しいことに僕より背の低い子のほうが少ないと知ってしまったから、彼女の隣に並ぶのは少しだけ誇らしい気持ちになった。僕と同じ十二歳くらいだろうか。
とりあえず邪魔をしないように、棚に収まっているたくさんの背表紙を目で追っていく。この本を挟むべき場所を探して……そして、その場所を見つけた。だがそこは、残念ながらその子の目の前だった。そういえば入団式のときも、彼女は名前を呼ばれていなかったなと思い出す。同じ百四期なのに、三日めにして未だに名前がわからないのも不思議な感じだなと思った。
それはそうと。僕はこの本をどうにか片づけるべく、彼女との間を測った。こんなに熱中しているのだ、邪魔するのは悪いなと思いつつ、この隙間だとやはり干渉せずに片づけるのは難しそうだ。
僕はまた小さく息を集めて、
「……ちょっとごめんね。そこに本を戻したいんだ」
目的の本を掲げながらその子に話しかけた。
その子は最小限の動作で視線だけを上げ、僕を一瞥したあと、
「……あ、ん……」
またしても最小限の相槌で少しだけ身体を退けてくれた。一瞬だけ僕に向いた視線にどきり、とした。鋭利な光を持つ瞳は、それでも壁が囲わない空のように輝いていて、簡単に僕の意識を奪った。それがばれないように努めて、本を目的の場所に戻したけれど。
「よいしょ。ありがとう」
やはり僕には〝あわよくば〟という気持ちがあったように思う。だから僕が述べた感謝の言葉が綺麗さっぱりに流されてしまったことで、僕も意地になってしまった。
「……ねえ君、昨日もいたよね?」
まだ数冊本を抱えたままだったけど、僕はわざとその熱心な視線の端に入り込むように身を屈めた。
「百四期でしょ?」
そう付け加えてやると、彼女は何とも不可解そうな眼差しで僕を見返して、
「え、あ……うん……」
何も理解できないものを見るように、眉間に深く皺を刻んだ。
邪魔したことを怒っているのだろうかと見当を付けつつ、それでも僕はようやくちゃんとした反応が返ったことが嬉しくて、「僕も百四期なんだ」などと会話を続けていた。
「アルミン・アルレルトだよ。よろしくね。君は?」
ぐっと抱えていた本を何とか片方の腕に収めて、不安定な動作で右手を差し出した。
彼女はまたしてもそんな僕の手を一瞥だけして、
「……アニ」
その存在は綺麗さっぱりと無視してしまった。清々しいほどに行き場を失くした手をまた引っ込め、
「アニ! いい名前だね。よかったら友だちになってよ」
僕は本を抱え直して、首を傾げて笑って見せた。こんなに無駄な動作がないというか、無駄な行動のない人間は初めて見るし、何より彼女のその秘め事を湛えたような空気感に興味津々だった。
けれど肝心の彼女は、深く深く、見せつけるような嘆息を吐いたあと、
「……そういうことしにここへ来たんじゃない。ほか当たんな」
僕と違って一冊だけ持っていた本を握り直して、鬱陶しげに身体を向こうへ傾けた。
焦ったわけではないけれど、これで終わりにしたくはなくて、僕はしつこく彼女に声をかけ続けた。
「そっか。君は、自分に厳しいんだね」
だって、僕らは訓練兵になったとは言え、心もない兵器というわけでもないのに、そんな中で自身を律してこうやって熱心に知見を深めている姿を見ると、そういう印象を受けたのだ。
けれどそれは彼女にとっては的外れだったらしく、思い切りのいい嫌悪感を乗せて「……はあ?」と凄まれてしまった。……あれ、外れたのかなと考えはしたが、まあそれならそれでも別によかった。これから彼女のことをもっと知っていけたらいいなと思ったからで、
「まだ入団して三日めなのに図書室に入り浸ってるのなんて、君と僕くらいだ。だからいい友だちになれると思ったのに」
僕はお構いなしに友だちになってと申し出た理由を述べた。さて、今度は彼女はどんな反応を示すだろう。今さら『確かにそうね、お友だちになりましょう』なんて言われるなんて思っているわけではなく、どんな反応があるのか楽しみだった。
すると彼女は凄むために上げた顔をまた本に落として、
「……あいにくと、本が読みたくてここへ来てるわけじゃないから」
僕の予想外からその返答を投げてきた。僕の興味はさらに惹かれていく。
「そうなの? じゃあ君はここで何をしてるの?」
本を読む以外に図書室でできることは一体なんだろうと身を乗り出して彼女の手元を覗き込んでしまった。そこには小さな活字がびっしりと並んでいて、下のほうに小さな図のようなものが載っていた。
「探し物……だけど」
彼女はその本の中身を僕に見られないように少しだけ口を閉じた。僕はそれには深追いせず、すぐに視線を彼女自身に移す。
「探し物? ……何を探してるの?」
すると彼女は何かばつが悪そうに唇を引き結んで、僕の質問に答えないように努めたようだった。どうしてそんなおかしな行動をとったのか理解はできなかったけど、答えたくないようなので僕もそれ以上の言及を避けることにした。
彼女のことを間近で見ていたら、ふと頭に過ったことを思い出す。
「……君ってさ、もしかしてトロスト区の南方難民キャンプにいなかった?」
ぱちくり、と瞼を瞬かせて、「……あ、まあ。それが?」と訝し気に返事をした。これには素直に答えてくれて嬉しかったのと、やはり僕の記憶の中のあの子で間違いがなかったことで舞い上がって、僕はついつい力を入れてしまった。
「やっぱり! 僕もなんだ! 何回か君を見かけてさ! 僕ら同い年くらいだし声をかけようかなって何度か思ったんだけど、結局勇気が固まらなくて、」
「悪いけど、私はあんたを覚えてない」
わざわざ舞い上がっている僕を制するように、彼女はぴしゃりとそう断じた。当然勢いを削がれることになった僕だけど、
「そっかあ。まあ、僕みたいな子どももたくさんいたしね。仕方ないよ」
それを彼女に文句言うほど子どもでもない。僕がそう返したのが彼女としては意外だったのか、彼女は何も言わずに僕を静かに見ていた。
「でもさ、開拓地に配属になってからは、別々の地区になったでしょう? 少し残念だったんだよね。だから、こんなところで再会できるなんて、なんだか嬉しいな」
確か彼女はあのころも今みたいに髪の毛をお団子にして上げていたのを覚えている。あのときはシガンシナ区が壊滅した直後で、僕やエレン、ミカサ……たくさんの人が疲弊しながらも、何とか助け合って生活を続けようと模索していて……、
「……あぁ、」
「ん?」
「あんた、あれだろう。よく髭生やしたじいさんと一緒にいた」
彼女が何かを閃いたと言わんばかりに唐突に声を零したと思ったら、今度は自信満々に僕に答え合わせを求めてくる。彼女から僕に対して投げかけたのは初めてで嬉しかったけど、
「えっ。……あ、そう……だね……。難民キャンプのときだから、じいちゃんもいたなあ……」
それ以上に思い出させられたあのときの情景に胸が軋んだ。――そうだったのだ。彼女を見ていたのは開拓地にすら配属される前……つまり、まだ……じいちゃんが……、
思考の中ですら、はっきりとそのことを思い返したくなくて、一瞬だけかすみがかかったようにふわりと意識がぼやけた。するとその間に彼女のほうから、「……あ」と聞こえ、それに「……そっか、えっと……」と気まずそうな声色が続いた。
「わ、悪かった。そうか、あのころだから……迂闊だった」
彼女は僕の言葉でいろんなことを察したようだった。……そうか、確かにあのころ、この子の周りに両親と思しき大人が見えていなかったから、おそらく彼女は身一つで逃げ延びてきたのだろう。〝あの奪還作戦〟にも、関与した身内はいなかっただろうと憶測でき……それで、『迂闊だった』と言ったのだ。
僕の目の前で彼女が本当に申し訳なさそうに肩をすぼめるから、
「あ、いいよ。気にしないで。君が謝ることじゃない」
意外に思いながら僕は慌てて訂正した。
「あ、うん……」
まだなんとなく納得がいっていないような言葉が返ってきたけど、それ以降しばらく会話の応酬は止まる。彼女としてもいきなり僕の地雷原に足を踏み入れてしまったことで、話題には慎重になってしまったのだろう。僕だってそうだ、そういえば僕たちはいつどんな話題から、互いの触れられたくない〝ところ〟に触れてしまうのかわからない半生を送っていたのだと思い出す。
目の前の彼女の指先が、気まずそうにきゅっと力が入り、本を改めて握り直しているのが見えた。
は、と僕は息を吸う。凝りもせず気になっていたことを思い出した。早く会話を一新したかったのもある。
「それで、君は熱心に何を探してるの?」
先ほどは不自然な動揺を見せて答えてくれなかったことだが、めげずに尋ねてみると、今度は観念したように大きく息を吸った。
「……はあ。地図」
「地図?」
「そう」
そうして持っていた本を閉じて片手で持ち、その手を下ろした。……探し物、ということで地図と答えたということは、先ほどの活字ばかりの本はその〝探し物〟ではなかったのだろう。
僕はこれは力になれるのでは、と思い至って、
「ふうん……どんな?」
そうやって質問を重ねた。彼女はやはり少し悩むような素振りを見せたものの、最終的にはしっかりと僕を見返した。
「――王都付近のやつ。できれば地形とか細かく載ってるのがいいんだけど。なかなか地図を主体に書いてる本がなくて」
そう言って、目の前の棚を見上げた。そこには大量の本の背表紙が並んでいる……けれど、僕はどうして彼女が目的の本を見つけられないのかすぐにわかってしまった。
「そりゃだって、地理関係はこの裏の棚だよ。ここはどちらかというと文化についての書籍の棚なんだ」
そう、この棚にはどれも分類分けの数字は掲示されているが、肝心の分類内容は掲げられていなかったのだ。僕はもうこの図書室の内訳を教えてもらっていたので知っていたけど、彼女は闇雲に探していたらしいことがわかった。
「見出しがないからわかりにくいよね」
けれど、見つけられなかったのを彼女のせいのように聞こえさせたくなく、そう小言を付け加えた。
彼女は僕の言葉に大層驚いたように目を見開きつつ、もう一度この棚を見上げた。
「……そう、だったの。それは、助かる」
そしてそのままの動作で握っていた本を、その目の前に連なるたくさんの背表紙をかき分けて、そこに押し込んだ。
「うん。お役に立てて嬉しいよ」
僕がそう言っている間にも彼女は既に行動に入っていて、
「じゃあ、私調べ物するから」
僕を追い越すように横をすり抜け、待ちきれない様子で棚の裏側へ向かった。僕は今見てもまったく無駄のないその行動力を見て――小さな……けれど熱心な背中を見て、とても感心してしまった。
それからふと、自分の両腕の中にもまだ片づけなければならない本が抱えられていることに気づき、
「あ、僕も任された仕事終わらせないと」
彼女の後を追って動き始めた。抱えた本はまだ六冊くらい残っている。
僕は相変わらず僕ら以外に誰も訪れない図書室で、彼女とこの空間を共有した。
*
返却された本を片づけたあと、僕はまた興味深い本を見つけてそれに没頭した。久々の本は特に刺激的で、その活字を浴びるように流し込んで、僕ははらはらドキドキと久しぶりの高鳴りをたくさん経験した。
その内に、カンカンカンと鐘の音が聞こえてくる。僕は一気に現実に引き戻されて、今の鐘は何を表しているんだっけと一時考えてしまった。……そうだ、今の鐘は消灯準備の鐘だ。次の鐘が鳴るときに、宿舎の中は消灯の時間を迎える。
この鐘が鳴ってしまっては仕方がない。僕は不本意だがその本を片づけて、頼まれていた戸締りをしようとした。……だが、戸締りをしている最中に、僕は思わず立ち止まってしまう。奥のほうの――僕が先ほど案内した――棚の前に、なんとアニはまだ立っていたのだ。彼女は握りしめた大判本にまじまじと視線を落として、一生懸命にそれを熟読していた。
「あら、アニまだいたんだ」
そうやって声をかけると、ハッと気づいた彼女――アニが、顔を上げた。僕を見やって数秒、
「……あんたも」
ただそれだけを返した。
どうやら鐘の音自体は聞こえていたようで、僕と同じように不本意そうにその本をゆっくりと閉じる。
「まあね。鐘が鳴っちゃったし、一緒に宿舎まで行く?」
「……まあ。いいけど」
手に持っていた本の表紙を一撫でしている様は、まるで何かを確かめているように見えた。そっけなく返してくれた返事のほうが片手間だったのか、それとも表紙を一撫でしたほうが片手間だったのか。
「ふふ、よかった」
僕は『友だちにはならない』と言った彼女が、一緒に宿舎まで歩いてくれると承諾してくれたことが嬉しくて、頬を緩ませずにはいられなかった。
「その本、それは貸し出しする?」
「あ、いやいい。だいたい覚えた」
「……そう」
ちょうど僕の言葉を合図としたように、アニはその大判本を棚の隙間にねじ込み始めた。ぐっぐっと押し込んでいき、それは綺麗にそこに収納された。
――覚えた、とは、確かによほど熟読はしていたようだが、何と優れた記憶力なのだろうと思った。活字の内容ならまだしも、地図のような図を覚えたというのはすごいことだなと、また先ほどしたように感心してしまった。
とりあえず僕のほうへ歩いてくる彼女を見て、僕も慌てて踵を返した。残り数か所の戸締りだけを済ませ、僕たちは一緒に廊下に出る。図書室の鍵は明日の夕食の後にまた僕が開錠すればいいと言われているので、そのままポケットにしまった。
そうして僕たちは隣り合わせに並び、すっかり暗くなった外を眺めながら廊下を歩いた。燭台の明かりだけでは少し物足りないが、暗闇を怖がるような歳でもない。……何せ、隣にアニもいる。
そこで唐突に僕は何も話題がないことを思い出した。その瞬間に静電気が走るようにバチッと会話に火がついた。
「そ、それにしても、入団すぐに熱心に王都近くの地図の研究なんて、何か理由があるの?」
特に会話の内容は何でもよかったのだが、すぐに思いついたのがそれだった。先ほど彼女が食い入るように大判本を見ていたときに浮かんだ疑問だった。……『王都付近の地図』なんて、ここトロスト区にある南方訓練所にいる僕らとはほぼ無縁の品物だ。
隣を歩くアニは少し落ち着きなかったように感じた。あちこちに視線を飛ばしながら、何かを押さえるように片方の腕をもう片方の腕で掴むような動作をする。
「……え、あ。いや、その、私、憲兵志望、だから……」
アニの告白を聞いた途端、僕はボッと身体の中に興奮が湧き上がるのを感じた。
「憲兵!? あの、卒業試験で成績上位十名しかなれないっていう、あの!?」
「……そうだよ」
そう、憲兵についての説明はつい昨日されたばかりだった。僕は開拓地に度々視察に来ていた〝彼ら〟がそんな厳しい条件の元で選定された兵士だと信じられず、納得のいかない思いをした。だからアニが『憲兵』と言って、すぐに自分の中で繋がった。
――そうだ。憲兵と言ってもいろいろだろう。〝開拓地に派遣されるような憲兵〟が有能に見えなかっただけで、きっと王都近くにいる彼らの中には、凄腕の兵士もたくさんいるはずだ。……アニは、そんな彼らのようになることを目標としているのか。
ちらり、と隣を歩く少女の姿を盗み見た。僕なんかよりもよほど小柄な彼女だけど、どこか堂々としていて、自分をも厳しく律している……そしてどこか、ほかの訓練兵たちと違う雰囲気が漂う彼女だ。
「……そっか。……うん、でもアニは佇まいがなんだか他の人とも違うし、なんとなく説得力ある気がする。何より、入団すぐから目標に向かって知識を深めるその意気込みがかっこいいね! 尊敬するよ!」
言ったことはもちろんお世辞ではなく本心だった。熟読していたとは言え、研究用に読んでいた地図を『覚えた』と言っていた彼女は、やはり聡明で行動力があるに違いない。はっきりと『憲兵を目指している』と口にできる堂々さや勇気も……僕とは大違いだ。
けれど僕の賞賛の言葉がお気に召さなかったらしい。
「……はあ。大袈裟」
少し苛ついたような口調で愚痴をこぼすので、僕はまた意地になってしまった。
「そんなことないよ! そんなに熱心なの、アニくらいだ!」
「……悪かったね」
「やだな、褒めたのに」
どうも上手く会話が嚙み合っていない気もするが、あまりにも彼女が嬉しくなさそうなので、
「僕は運動苦手だから、違う意味で頑張らなくちゃなあ」
積極的に話題を変えることにした。……もちろん〝話題を変える〟よりも〝そう言いたかった〟ほうが大きかったけれど。
アニは不思議そうに僕の顔を覗き込んで「運動苦手?」と尋ねた。それからすぐに「よく兵士なんかに志願したね」と付け加える。彼女こそ本心から感心して言ってくれているのかもしれないと思ったら、無碍にはできなかった。
「……そうかも。なんだか、居ても立っても居られなかったんだ。……それにほら、僕にも何かやれることがあるかもしれないし……」
歩きながらも僕の横顔を見ていた彼女が、しばしそこで言葉を止めた。僕が言ったことで一体何を考えたのだろう。何か変なことを言ってしまっただろうか。少しの間考えたけれど、やはり僕は思ったことを言ったまでで、変なことは言ってないはずだと考えを収束させた。
ちょうどそこで、男子宿舎と女子宿舎との分岐点に到達したこともあり、僕は無理に次の話題を探すことを止めた。それから数歩だけアニの先を歩き、その分岐点の真ん中で振り返った。
「あ、じゃあアニ、また明日訓練でね」
そう言って僕が男子宿舎のほうへ身体を向けようとしたところで、アニが困惑したような顔をしていることに気づく。
「え? いや、そっちは男子宿舎じゃない? 女子の宿舎は……こっ……ち……、」
「……へ?」
途中で何かに気づいたように、言葉が詰まり始めるアニと同時、僕もアニが何に気づいたのか察してしまった。
――ああ、そうですか。もしかして僕、女の子に間違えられていた感じですか……。
それから、今日初めて言葉を交わしてからこれまでのことが一瞬のように駆け巡った。誤解を与えるようなことを言ったのではないかと思いを巡らせていたからだが、どう考えても僕は女の子と間違われるような言動はしていないはずだ。
ずんっ、と一気に肩から力が抜け落ちてしまった。
「あ、そのっ、ご、ごめんっ! わ、悪かった……っ。いや、『僕』って言っていたからおかしいなとは思ってたんだけどっ」
アニも慌てて取り繕い始めたけれど、既に肩から力が抜けていた僕はもうどうにもならなかった。……だって、誰が彼女を咎められるだろうか。勘違いくらい誰にだってある……そう誰にだって。
「い、いや、いいんだ……僕がもっと屈強な体つきだったらよかっただけのことで……」
自分で言いながら気分が激しく落ち込んできた。心なしかふらふらしてきたようにも思う。いや、しっかりしろ、アルミン・アルレルト。これくらいのことで眩暈を起こしてどうする。これから屈強になるんだろ。
いくら頭の中で強がったって、アニが一言「……いや、悪かったって」と顔を覗き込んできたら、その強がりもすべて脆く崩れ去ってしまった。――どうして。一体どうして僕はこう、男としての威厳がないのか。それはまだ十二歳で、これくらいの年齢なら『発育の遅い女子かな』なんて思われることは、僕でなくてもよくあることのはずだ。きっとそうだ。……なら、そう思われない人との差は一体なんだ。これは……、正直かなり堪えた。
「……はあ。髪型かなあ。髪型、コニーみたいにしたらいいかなあ」
思わず脳裏を過った新しい級友のことを思い出す。あのまあるい坊主頭を見て、『発育の遅い女子』と思う人は早々いないだろう。
「……コニー? 誰?」
けれどアニの中でその坊主頭は思い描けていなかったようで、
「僕くらいの背丈の、坊主頭の子だよ」
そうため息交じりに教えてやった。
「……はあ、僕も坊主にしようかなあ」
頭を抱えながらそう零すと、今度はアニがたいそう慌てたように「いや、それは」と割って入った。
「なんていうか、似合う似合わないあると思うし、あんたは坊主似合わないと思うよ」
必死になってそう説得しているから本当にそう思っているのだろうけども……、
「そうかなあ……はあ」
ならば僕はどうしたらいいんだ、とまた途方に暮れるような気持ちになってしまったのは否めない。まさか、僕より小柄な彼女にまで女子と思われていたなんて……。
「いや、まあ、元気だしな」
そう言ってアニは前後関係なく激励してくれる。背中をドンっと叩いて、気合を入れるような仕草に背筋は伸びたものの、
「うん……ありがとう……」
そんな物理的なやり方では覇気までは戻って来なかった。
「じゃ、とりあえずまた明日!」
――え?
僕はアニがまた焦りの延長線上で言ったような言葉に意識を奪われた。それを言った本人であるアニもぽかんとしているから、僕らは変な間を作って見つめ合ってしまった。
「あ、うん? また、明日」
僕がそれを言ったのを聞いた途端、アニは逃げるように踵を返して女子宿舎のほうへ歩き始めてしまう。
……そう、まさかの〝あのアニ〟に、『また明日』と言われたことに意表を突かれたのだ。……だって、〝あのアニ〟だ、友だちを作りに来たわけではないと僕の握手を無視したあのアニ。その彼女がそれを言うのは、おそらく僕が言うのとは重さが違った。――彼女に『また明日』と言われるのは、そう悪い気分ではなかった。
僕は彼女の背中を見送ったあと、す、と改めて姿勢を正して歩き始めた。……アニとは反対の、男子宿舎のほうへ。
僕の見た目のこと、エレンやミカサに相談してもきっと建設的な意見は聞けないだろうと思うので、どうしようかと考えた。コニーのような髪型にすべきか否か。……そうだ、マルコに聞いてみるのはどうだと思い浮かぶ。まだ付き合いは三日と言えど、彼からにじみ出る穏やかな空気感は、彼の人柄を物語っていると思った。彼なら親身になってくれそうだ。
……僕は気づいていた。そうやって思考を切り替えようと、わざと自分で頭を回していたこと。
本当は、少し浮足立つような気持ちが――今にも小躍りしてしまいそうな高揚が――この心に溢れていた。
――『アニ』かあ。不思議な子だったなと思い返す。小柄で、堂々としていて、勇気もあって、頭もよくて……。明日はファミリーネームを聞けるといいな。
僕は緩み過ぎた頬を必死に隠しながら、エレンたちが就寝準備をしている部屋に戻った。
おしまい
図書室の君 side アニ
私はようやくこの機会を手に入れた。
開拓地では入手できる情報に限りと制限があり、私はずっとこういう図書館施設のあるところを探していた。……なんと、憲兵に潜入するために入団した訓練兵団施設で、図書室が備えてあると聞いたときは深く安堵したものだ。……これで、情報が手に入りやすくなる。
入団式を終えて今日で三日め。私がこの図書室に足を運んだのも三日めだった。夕食の時間のあとのごくごく僅かな自由時間だ。
私はこの機を待っていた。王都周辺の調査をするにしたって、地の利がなければどこへ向かえばいいのかもわからない。これまで手探りで進めていた調査も、これで幾分か楽になるだろうと期待してここ図書室に通っていた。
ライナーやベルトルトは今ごろ何をしているかわからないが、直接王都へ調査へ向かうのは私で、私がこの目で資料を確かめておきたかった。何もせずにへらへらとしているであろう二人には嫌気が差すが、こればかりは代われないことも理解している。くそったれ。私が鎧や超大型だったなら、すべて押しつけてやったのに。いくら考えても現状が変わらないのはわかっているが、やはりマルセルが食われたのは相当な痛手だった。……主に私にとって。
とにかく、私はこの狭い図書室で、なんとか欲しい情報を得られないかと必死に書籍や資料を読み漁った。ここの棚には分類番号しか記されていないので、一つ一つ中身を確認していく手作業だ。ここの管理をしている教官に尋ねるのが早いのはわかっていたのだが、『王都周辺の情報を探している』ことを他人に知られたくなかった私は、仕方なく一人でそれらに目を通していく。
あまり人が出入りしないのか、静かな図書室は集中できてその点はよかった。……だがやはり、棚に分類番号しか掲示されていないのは不便だ。
また本を開いて活字に目を通していく。王都周辺の情報の欄を見つけてさらに字を追うが、求めているような〝目視で理解できる〟土地に関しての情報が極端に少ない。……もっとどこに何があるのか一目でわかる地図様のものが理想的なのだが、この辺りにはどうも活字が主の書籍ばかりだ。
ため息が出そうになる。この本にも小さな地図は載っていたが、それ以上細かいことは書いていないようだった。ちくしょう。なるべく時間を節約したいのに。
私はそこに記された小さな地図からできる限りの情報を読み取ろうとして、じろじろとその挿絵というにふさわしい、こじんまりとした地図を見下ろした。字が潰れそうなほど小さい割に、書いてあるのは特産物の分布などという、どうでもいい内容だった。諦めて地形だけを頭に入れようと、その外郭線を目に焼きつけようとした。
――隣におずおずと控えめな動作で気配が寄るのがわかった。ちらりと意識を傾けてみると、本を大量に抱きしめた鈍臭そうな兵士がこちら側の棚の様子を窺っているようだった。特に何か私に用があるわけでもなさそうなので、また視線を落として無視してやる。
だがすぐに、はあっと息を吸った気配を感じた。
「……ちょっとごめんね。そこに本を戻したいんだ」
なんとも可愛らしく無邪気な声で話しかけられて、私はそちらに意識を傾けてしまう。一目見やれば、その本を大量に抱いていた兵士は体格や顔つきからして女子のようで、一冊の本を掲げてこちらを見ていた。
「……あ、ん……」
状況を理解した私は、仕方なくその本を押し込むだけの隙間をくれてやった。
その女子は初見の印象通りの鈍臭そうな所作で、私の前の棚に本をねじ込み始める。「よいしょ」といかにもなかけ声を発しながら、ぐっ、とその本を押し込み、カンと本が棚の奥の背板に当たった音が聞こえた。
私は努めてその女子を無視した。そんなことより目の前の資料に集中だ。
「ありがとう」
声をかけられたが、応える必要性を感じない。そのままそこにある小さな地図を観察し続けた。
「……ねえ君、昨日もいたよね?」
このまま無視してやろうと思ったのに、そいつはわざわざ身を屈めて私の視界に入ろうとした。数冊の本を抱えたまま、私を見上げてくる様が目障りで、
「百四期でしょ?」
尋ねられた問いにも気が回らなかった。どうしてこの女子はそんなことが気になるのか、それが理解できなかったのだ。……面倒なのに絡まれてしまったのかとうんざりする気持ちを隠せない。
「え、あ……うん……」
早く私のことを解放してほしくて、わざと邪険に扱うような返事の仕方に気をつけたつもりだったのだが、「僕も百四期なんだ」などと笑顔で会話は続けられる。……なんなんだこいつは、と疎む感情しか湧かなかった私に対しても、そいつは嬉々として先を続けた。
「アルミン・アルレルトだよ。よろしくね。君は?」
両手に持っていた数冊の本を片腕に押しやって、図々しくも右手が差し出された。――いったいなんのつもりだ。
私はその非力そうな手のひらを一瞥だけして視線を背けた。
「……アニ」
とりあえず余計な揉め事を避けたかったので観念して名前だけを答えてやったが、それでも右手を差し出し返せるほど社交的にもなれない。
けれどそいつ――アルミンと言ったか――は特に気にも留めていないように宙ぶらりんになった手を素直に引っ込めて、
「アニ! いい名前だね。よかったら友だちになってよ」
高らかにそう宣言した。――いやいや、友だち? 私の中では強く警戒心が働いていた。〝こんなところ〟で友だちなんてものを作るつもりはないし、ましてやこんなところでなくても友だちなんて欲しいと思ったことすらない。
今後邪魔になることだけは明らかで、私はわざと聞かせるように深くため息を吐いてやった。
「……そういうことしにここへ来たんじゃない。ほか当たんな」
そして、あなたには微塵も興味ありませんと見せつけるように、改めて握っていた本を掲げる。そいつが視界に入らないように、背中まで向けてやった。
なのに察しが悪いのか、諦めが悪いのか、そのアルミンとかいう女子はその場を動こうとしなかった。あまつさえ、「そっか。君は、自分に厳しいんだね」などと私のことを決めつけるものだから、腹が立って「はあ?」と返してしまった。一言二言交わしただけの赤の他人に、どうして私のことがわかると言うのか。私が自分に厳しい? 違う、私に厳しいのは世界のほうだ。環境のほうだ、仲間たちだ。
「まだ入団して三日めなのに図書室に入り浸ってるのなんて、君と僕くらいだ。だからいい友だちになれると思ったのに」
私がこれだけ凄んでもびくともしないその根性には少し拍子抜けした。そしてその論にもだ。何かを勘違いしているようだが、こいつは本の虫である自分の仲間でも見つけた気になっているらしい。なんとおめでたいやつ。
――あれ、そういえば。このアルミンとかいう女子、『僕』と言ったのか。……けったいだなと視線を外す。
「……あいにくと、本が読みたくてここへ来てるわけじゃないから」
とりあえずこいつが抱いているであろう幻想を打ち砕いてやるべく否定してやったのだが、
「そうなの? じゃあ君はここで何をしてるの?」
それにも動じずに会話を続けようとしてくる。しかもまさしく興味津々といった風に私が開いている本を覗いてくるものだから、思わずそれを見せまいと口を閉じてしまった。
「探し物……だけど」
「探し物? ……何を探してるの?」
次から次へと飛び出してくる質問に辟易とする。その燦然と輝いている青い瞳が私のほうへ向いて、私は自分を律するように意識的に口を閉じた。
こいつはよほど暇なのか、と思った。それか、頭の中がお花畑なのか。どこからどう見ても友好的ではない私に対してこんなに関心を示して、いったい何を求めているというのか。反対に少し気味が悪い。こんな見ず知らずの赤の他人に、私がすべてを打ち明けると思ったのか。そんな知りたがりな瞳を向けたところで無駄だ、私は目的を言わない。どんな断片的な情報でも知られるわけにはいかないからだ。
「……君ってさ、もしかしてトロスト区の南方難民キャンプにいなかった?」
どこかその辺の藪の中から棒でも拾い上げたように、そいつは唐突にもほどがあることを尋ねた。
南方難民キャンプ。瞬時にその言葉は私の中で繋がらず、ぱちくりと瞬きをしてようやく何のことなのか理解した。それは数年前、私たちが潜入した初めての集団だった。しかしどうしてこいつがそんなことを知っているのか。
「……あ、まあ。それが?」
突拍子のない行動をとり続けているこのアルミンとかいう女子に警戒心が解けるわけがなく、私は訝しみながら返事をした。いったいこの次は何を言われるのか。始めは鈍臭い察しの悪いやつと思ったが、その澄んで青々とした瞳で見られると、すべて見透かされているような不快感を抱く。
こいつはにやりと嬉しそうに笑った。
「やっぱり! 僕もなんだ! 何回か君を見かけてさ!」
鼻息まで荒くして力を入れる姿を見て、私は戸惑ったのが正直なところだ。いややはりこいつは頭がお花畑なだけなのか。そもそもこいつに私は見られていたとして、私はこいつに見覚えなど微塵もない。こんな癖の強そうなやつ、一度でも言葉を交わしていたならきっと忘れなかっただろう――、
「――僕ら同い年くらいだし声をかけようかなって何度か思ったんだけど、結局勇気が固まらなくて、」
そうか、こいつと話したことはないのか。ならばと私の中で確信に変わったことをきっかけに、
「悪いけど、私はあんたを覚えてない」
興奮しまくっていたそいつを制してやった。ここでようやくこいつは驚いたように言葉を止めた。初めて私の意図通りの反応をしてくれたなと思ったが、
「そっかあ。まあ、僕みたいな子どももたくさんいたしね。仕方ないよ」
瞬時にそうやって私を気遣うような言葉を使った。
私の意図通りの反応をしてくれたと思った瞬間にこれだ。こいつはまた予想の範囲外から言葉を持ってきてそう言った。もしかしてこいつ、とんでもなく頭の回転が速いのではとしばし疑った。――いや、わからない。こいつのこと、まったく掴めない。
「でもさ、開拓地に配属になってからは、別々の地区になったでしょう? 少し残念だったんだよね。だから、こんなところで再会できるなんて、なんだか嬉しいな」
そのとき、こいつが少し気を使うような笑みを浮かべた。先ほど興奮気味に浮かべた笑みとはまったく違っていて、私はその笑みを見た瞬間、回路が繋がるように閃きが走った。
そう、私はこの笑顔を見たことがあったことを思い出したのだ。こいつの言うように、難民キャンプ時代だ。確か、そうだ……子どものくせに大人にへこへこしたような、気を使うような笑い方をする子どもを私は何度か見かけていた。……そうか、こいつが――そうか。
「……あぁ、」
そしてその子どもがよく髭を生やした老人と歩いていたことも思い出した。
「ん?」
「あんた、あれだろう。よく髭生やしたじいさんと一緒にいた」
覚えていない――むしろ〝私の中では存在しない〟と思っていた子どもが、実は本当に存在していたことに驚いて、思わずそいつの眼をまっすぐに覗き込んでしまった。こいつが私に求めたように、私もこいつに答えを求めた。
けれど私が尋ねるとその表情からはあっという間に光が消えた。瞳が不自然に伏せられて、
「えっ。……あ、そう……だね……。難民キャンプのときだから、じいちゃんもいたなあ……」
どこか深い記憶を中をさ迷っているように見えた。
明らかにこれまでと雰囲気が変わったのを見て、私はいったいどうしたのかと疑問に思った。
――『じいちゃんも〝いた〟』
その言葉に引っかかりを覚えた私は、そうか、と一つだけ思い当たる節に出くわす。
「……あ。……そっか、えっと……」
思わず声が漏れてしまったのは、こいつの思い出したくないものを刺激してしまったのだと気づいたからだ。
あのころ、避難民の多くが投入された作戦があった。私たちのような子どもや、一定の年齢以上の老人を除く多くの避難民を、結末がわかっていながら壁外へ向かわせるという、何とも非人道的な作戦だった。あれにはさすがに驚いたし、悪魔と呼ばれる民族とは言え、身内同士でこの仕打ちはあんまりだと心の中で嫌悪したものだ。
その作戦に、こいつと一緒にいたあのじいさんも、おそらく投入されていたのだろう。
「わ、悪かった。そうか、あのころだから……迂闊だった」
こんなやつ、本当は傷つけるも何もどうでもいいはずなのに、私は何故か居たたまれない気持ちになっていた。先ほどまで嬉々とした表情を見せられていたから、それが急に暗転して動揺したのかもしれない。けれどこれはこいつだけの話ではなく、これからはあのころの話題に触れるときはもっと慎重にならねばならないと思い直した。――何せ、原因を作ったのはほかでもない私たちなのだから。
「あ、いいよ。気にしないで。君が謝ることじゃない」
気まずくなり、ほかへ視線を向けていたらそいつのほうから声をかけられた。
「あ、うん……」
それは、このアルミンは私たちが原因だったと知らないわけだから、そう言うのは自然なことかとまた少し胸がざわついた。落ち着きなく思考があちこちへ散らばっていく。あの奪還作戦を宣告されたときの多くの避難民の絶望したような顔を、今でも思い出してしまうときがある。自分たちで壁に穴を開けておきながら、なんて非人道的な、などと、私に思えた資格なんてなかったなと思い出しては、暗い渦の中に飲み込まれていくようだった。
逃げ出したい気持ちのせいで、ぐっと身体に力が入る。
隣で浅く息を吸い込む音が聞こえた。
「それで、君は熱心に何を探してるの?」
先ほど答えないぞと流したはずの質問を、こいつは改めて引っ張り出してきた。先ほどと同じような興味津々な瞳を湛えているものだから、こいつは察しが悪いわけでも頭がお花畑なわけでもなく、ただ諦めが悪いのだろうなと想像した。……その何とも形容しがたいきらきらとした瞳の輝きを見ていたら、唐突にすべてが馬鹿らしくなってしまった。――なんだかもう、気を張って考えを巡らせていることに疲れてしまった。
私は肩から力を抜くように大きく息を吸い込み、
「……はあ。地図」
ため息とともに教えてやった。
教官たちのような大人はともかく、いくら頭の回転が早いとは言え、こんな子どもがこんなことから私たちの正体に気づけるわけがない。
「地図?」
「そう」
持っていた本を閉じて、私はそれを下ろした。
そこに載っていた小さな挿絵のような地図では、到底私の知りたいことをすべてカバーできるわけもなく、ほかの本を探すかと気持ちが切り替わっていたからだ。こんなちっぽけな地図だけ見ても、埒が明かない。
「ふうん……どんな?」
質問を重ねられて、私は同じように疲れたという心境だったため、そいつを一瞥して簡単に答えをくれてやった。
そうだ、本を収納して回っているなら、こいつには私が探しているような本がどこにあるのかわかるかもしれない。
「――王都付近のやつ。できれば地形とか細かく載ってるのがいいんだけど。なかなか地図を主体に書いてる本がなくて」
目の前の棚を見上げた。そこには大量の本の背表紙が並んでいる……こんなに探しているのに、どうしてもっとこう、一目で参考にできそうな本が見つけられないのだろうかと気持ちが落ち込んだ。
「そりゃだって、地理関係はこの裏の棚だよ」
私の隣で何冊もの本を抱きしめて立っていたそのアルミンが、しれっと重大な情報を私に流した。思わず急いでその顔を確認してしまう。
「ここはどちらかというと文化についての書籍の棚なんだ。見出しがないからわかりにくいよね」
そうして同意を求めるような語調で、にこりと困ったように笑った。それに対しての返答をしている余裕もなく、またそんなに求められているとも思わなかったので、私はこの棚の裏側を思い浮かべて顔を前へ向けた。
探していた本が――情報が――、ついに見つかるかもしれない。
「……そう、だったの。それは、助かる」
私は気が急いていることがばれないように、なるべく落ち着いた動作で目の前の背表紙をかき分けて、今握っている本をそこへ収めた。一刻も早く反対側に行きたい、早く求めているものを探したい。
「うん。お役に立てて嬉しいよ」
「じゃあ、私調べ物するから」
そいつが言葉を終わらせるよりも先に私は既に歩き出していた。横切るように身体を進めて、一応最後に別れの挨拶だけして場所を移動した。――これで、これで任務が少しはやりやすくなる、はずだ。今度こそ、王都付近の地形についての地図がありますように。見つけられますように。
その該当の棚の前に到着したくらいのときに、私が先ほどいた場所から「あ、僕も任された仕事終わらせないと」という呟きが聞こえてきた。話しかけられたときは鬱陶しくて仕方がなかったが、もしかしたら私がここへ到達するための必要な過程だったのかもしれない。
相変わらずあいつが歩き回る音以外は静かなこの図書室で、私は目当ての本を探して再び書籍の旅に出た。
*
――そうか、なるほど。駐屯兵団の屯所の位置からすると、西へ二十キロくらいの地点なら、ウォール・シーナの守備に穴がありそうだ。そこからなら北東の方向へ一直線で向かっても、周りに村や町がないので最短距離で王都の中心部に向かえる。そうか、なるほど、こんなルートがあったのか。
私はようやく見つけた王都付近の詳細地図にすっかり熱中していた。これまで手探りで進めていた調査が本当に運と勘だけで成り立っていたことを痛感して、これからそれらがもっと改善できるかと思うと、資料を読み進めたい熱意が次々と沸き上がった。
しかしそこで、カンカンカン、と耳障りな鐘の音が響いた。――これは確か、消灯準備の合図だったはずだ。しかし部屋に戻るのなんて消灯の鐘が鳴ったときでいいだろうと思った私は、そんなことよりとさらにその本を読み進めた。何か言われたら『鐘の音が聞こえなかった』とかなんとか言い訳すればいい。
――やはり水路付近には屯所がいくつかあったのか。これまでその付近ではなるべく隠れて行動していたが、正解だった。まあ、屯所と言っても深夜ならほとんどの兵が就寝しているだろうが、それでも交代で見張りをしている兵士もいるだろう。……おお、なるほど、王居の南側には大きな憲兵団の訓練場があるのか。
「――あら、アニまだいたんだ」
名前を呼ばれて、私はハッと息を吸い込む。どうやら呼吸も忘れるほどに没頭していたのだと気づいたが、目の前に先ほど少し話をしたアルミンがいたことに気づいて、現実に引き戻された。……そうか、そういえば先ほど消灯準備の鐘の音が鳴っていたなとぼんやりと思い出す。
……私は今、『まだいたのか』と言われたか。
「……あんたも」
「まあね」
こいつがここにいるのなら、『聞こえなかった』と白を切るのは無理かと諦め、私はゆっくりと握っていた本を閉じた。さすが地図を主体として扱っている書籍だけあって、こちら側の棚に収まっている本はほとんどが大判本だ。
「鐘が鳴っちゃったし、一緒に宿舎まで行く?」
何やら少し楽しそうに誘われるので、私はどうしてだろうと考えてしまった。こんな誰も彼もに裏があるわけではないとわかっているが、反射的に目的を想像してしまう。――けれど、やはり一見鈍臭いだけの、害のなさそうな笑顔に見えた。
「……まあ。いいけど」
なんとなく触れていた本の表紙の装丁が気になって手で撫でていた。もうマーレではあまり見かけなくなった加工技術だと思ったからで、私の中では少し珍しかった。そういえば、向こうの棚の本にも施してあっただろうか。
「ふふ、よかった。その本、それは貸し出しする?」
間に挟まったご機嫌な笑い声にはもちろん気づいていたが、深く考えることをまたやめてしまう。どうせまた先ほどみたいに疲れてしまうだけだと思ったからだ。
とりあえず貸し出しについての質問をされたので、それに対しては「いやいい。だいたい覚えた」と返した。こんな大判本を持って任務に行くわけにはいかないし、頭に叩き込んだ分で十分だろう。記憶力はいいほうだ。むしろ、こんな重要な情報、忘れろというほうが無理な話だ。
アルミンは「そう」と何かを考えながら発したような、曖昧な声色で相槌を打った。そんなことには特に構わず、私は早々に廊下に向けて歩き始める。どうせ早めに切り上げたのだから、早速宿舎に戻ろうではないか。こんなところでちんたら話をしているつもりはない。
私が歩き始めたのを見て、アルミンも歩き始めた。私の前をもそもそと歩くアルミンの背中を追い、そいつがいくつか窓の戸締りをしているのも見届けて、二人で廊下へ出た。どうやら図書室の全権を託されていたようで、ここの鍵まで持っていたことには驚いたが、何事もなかったようにそれをポケットにしまうので私も気にしないことにした。……ただ、こいつも先ほど百四期だと言っていたと思うのだが、ということは私と同じで入団三日めのはずだ。入団三日めの新兵に図書室の鍵そのものを預ける教官も教官だが、そこまでの信頼を勝ち取るこいつもこいつだと思った。……やはり、相当なやり手なのかもしれない。
隣を歩きながら今ごろ気づいたが、アルミンは私より少し背が高いくらいで、体つきは軟弱そうでいかにも体力がなさそうななりをしているなと思った。こんな体格では兵士を続けるのは大変だろうに、女子であることは唯一の救いだなとも思う。私自身が小柄なので多少は同情するが……これで男子だったら、そうとう生きにくい人生になっていただろうことは想像に容易い。
「そ、それにしても、入団すぐに熱心に王都近くの地図の研究なんて、何か理由があるの?」
もはやこいつの常套なのか、唐突に降って湧いたような話題を押しつけてきた。しかも私の行動の核心をつくような質問だったため、私は一気に狼狽えてしまった。――これは、だめだ。先ほどまでのように思考放棄して答えられる質問ではないと自覚し、びり、と緊張感が身体を廻った。
「……え、あ。いや、その、」
『王都付近に興味を持つ理由』――なんと言えば自然か。何を理由にすればいい、私の脳みそはたちまち回転を始めた。王都付近に特有のもの、王都に密着したもの、そう考えて私は一つの虚言にたどり着いた。
「私、憲兵志望、だから……」
憲兵なら王都付近に配属されることが多いし、自然に聞こえたはずだ。案の定アルミンは食いつくように「憲兵!?」と私のほうへ思い切り顔を向けた。
「あの、卒業試験で成績上位十名しかなれないっていう、あの!?」
なんだかその反応がわざとらしく感じて、同時に煩わしくも感じる。嘘を吐いているから居心地が悪いのだろうか。
「……そうだよ」
とにかく静かにそう返事をしてやったら、アルミンは改めて廊下の先を見つめてしばし何かを思考した。
「……そっか」
何かに納得したようで、私と同じように静かに口を開く。
「……うん、でもアニは佇まいがなんだか他の人とも違うし、なんとなく説得力ある気がする。何より、入団すぐから目標に向かって知識を深めるその意気込みがかっこいいね! 尊敬するよ!」
そして少し前に図書室で見せたような、燦然とした瞳でまた私を見つめるものだから、それを煙たく感じた。わざとらしい上に大袈裟だ、嘘で並べた理由で尊敬されてもこれっぽっちも嬉しくない。
「……はあ。大袈裟」
「そんなことないよ! そんなに熱心なの、アニくらいだ!」
わざとらしい言い方のせい、まるで皮肉を言われているようで、それとこれまでの居心地の悪さなどいろんな不快感が相まって、ぐつぐつと苛立ってしまった。だからアルミンにも「……悪かったね」と真っ向からそれをぶつけてしまい、それを聞いてアルミンはようやく「やだな、褒めたのに」と、少し勢いを落ち着けた。
「僕は運動苦手だから、違う意味で頑張らなくちゃなあ」
話題を変えたのは、私の苛立ちを察したからだろうか。だとするなら、やはりこいつは『頭の回転がやたらと速いやり手』のほうが本人に近い印象か。
とりあえず寄越された話題で気になるキーワードを見つけていた私は、見るからに鈍臭そうで非力そうなその女子に「運動苦手?」と合いの手を入れてやった。――ではやはり、『鈍臭い』というのも間違いではなかったか。
「よく兵士なんかに志願したね」
見た目通り、本当に体力がなくて非力なら、先ほども思った通りここでは特に過酷な日々となるだろうに。どうしてそんな選択をしたのだろうと少し興味が湧いた。開拓地にいたというのなら、そのままそこにいればよかったものを。……開拓地も体力勝負なところはあったが、ここよりはいくらかましだったろうと思う。
「……そうかも」
アルミンからその答えが返ってくる。
「なんだか、居ても立っても居られなかったんだ」
何とも神妙な面持ちでしんしんと語るものだから、私は気づいたらその言葉に聞き入っていた。
――『居ても立っても居られない』――確かにあの壁内の混乱を経験していたなら、自己犠牲精神でそんな風に思ってしまう気持ちもわからないではない。
「……それにほら、僕にも何かやれることがあるかもしれないし……」
アルミンは、自分がこの兵団組織の中で困難することを理解していながら、それでも何かそこから得るものを探していく気概でいるのだ。……その決断はたくさんの勇気を要しただろうに、そういうところは芯があって勇敢だと認めざるを得ないのかもしれない。――アルミンは『鈍臭くて運動が苦手』で、けれど『頭の回転がやたら速い、芯のあるやつ』でもあるようだ。なんとなくアルミンの人物像が見えてきたような気がする。……人間なんて一口で語れないのはわかっているが、こいつはこいつでいろいろと考えていて、必死に生きているのだなとわかった。
た、た、た、と急にアルミンが数歩前へ出た。ちょうど男子宿舎と女子宿舎との境目の位置で、くるりと踵を返した。左へ進めば男子宿舎、右へ進めば女子宿舎となっている。
「あ、じゃあアニ、また明日訓練でね」
アルミンがその廊下の真ん中で唐突に別れを切り出すものだから、私は激しく混乱してしまった。だって、まだ女子宿舎までは少しあるというのに、どうしてこんなところで別れを切り出すのだろうと疑問が尽きない。
「え? いや、そっちは男子宿舎じゃない?」
もしここで分かれるとするなら、そちら側は男子宿舎に繋がっているので間違いだ。もしかしてアルミンは方向音痴なのか。――そう思いながらアルミンを引き留めている最中、
「女子の宿舎は」
――あ。もしかして。
「……こっ……ち……、」
私は勘違いしているのが〝私のほう〟だということに気づいた。
「……へ?」
アルミンの上ずった声が私たちの間に落とされて、私の身体の中は激しくざわついた。
そうか。アルミンは……そうだ、『僕』……!
女子なのに『僕』なんてけったいなと思ったが、それは違う、アルミンはそもそも〝女子ではなかった〟のだ。私は一目見たときからアルミンのことを勝手に女子だと決めつけていて、疑いすらしていなかった。それが、今ここで私と分かれるということは、アルミンは〝男子宿舎に向かう〟というわけで……『頭の回転が速い』やつがこんなところで間違えて異性の宿舎に行こうとするはずもなく……それはつまり、アルミンが、『男』、ということだった。
私がこれまで疑いもせずに勘違いしていたことをアルミンも察したようで、その顔に暗く影が落ちた。
いや、それはそうだろう。この容姿でこの声だ。どうやって男子であると気づけばいいのかと思ってしまう反面、きっとこいつはこれがコンプレックスだったに違いない。私が女子だと思い込んでしまったように、そう思い込む人なんてこれまできっと山ほどいただろう。この愛らしい瞳と顔立ちでは、無理もないではないか。
すっかり脳内で一人会議を繰り広げてしまった私の視界に、すっかり肩を落とし切ってしまったアルミンが映っていることを思い出した。
「あ、そのっ、ご、ごめんっ! わ、悪かった……っ。いや、『僕』って言っていたからおかしいなとは思ってたんだけどっ」
慌てて取り繕い始めたが、もはやこんな言葉、こいつにとっては無意味だろう。ここに〝間違えられた〟という事実だけが残る。
「い、いや、いいんだ……僕がもっと屈強な体つきだったらよかっただけのことで……」
これは完全に凹ませてしまっている。ドッドッと心臓に急き立てられて、私はここ最近で一番焦っているような気になる。
「……いや、悪かったって」
この申し訳ない気持ちを真摯に伝えるためにその顔を覗き込んだ。――いや、間近で見ても、見事なまでの〝女子のような〟顔立ちだ。おまけに体つきは軟弱そうでいかにも体力がなさそうで……、男子だったら生きにくいだろうと思ったが、まさか本当に男子だとは思わないではないか。男とは、もっとこう、骨ばっていて、がっしりと筋肉がついているものではないのか。ベルトルトはともかくとして、ポルコもマルセルも、あのライナーでさえも、もう少し骨が張っていた気がするぞ。……これは無理だ、私にこいつを一目で男判定できた道理は残念ながらない。
「……はあ。髪型かなあ。髪型、コニーみたいにしたらいいかなあ」
頭を抱えて深刻そうに提案してきたが、私はアルミンの言っている『コニー』に心当たりがなかった。だから「コニー? 誰?」と尋ねると、頭を抱えたアルミンがちらりと私を盗み見て、
「僕くらいの背丈の、坊主頭の子だよ」
そうため息交じりに教えてくれた。
「……はあ、僕も坊主にしようかなあ」
坊主頭――その言葉を聞いて、いやいや、と脳内にはでかでかと否定の言葉が浮かんでいた。こんな可愛らしい顔立ちで坊主なんかにしてしまったら、それこそ顔と頭が不一致で違和感が大変なことになりそうだ。ましてや『髪の毛が短い女の子かな』と思われてなおさら落ち込むがせいぜいだろう。
「いや、それは、なんていうか、似合う似合わないあると思うし、あんたは坊主似合わないと思うよ」
「そうかなあ……はあ」
もちろん本人は納得がいかないだろう。深いため息を吐いて見せた。
「いや、まあ、元気だしな」
私はアルミンを女子と間違えた張本人で、だからこれ以上、何を言って励ませばいいかわからず、前後関係なくドンと背中を叩いて激励した。
しかしアルミンはふにゃふにゃとした落胆しきった声色で「うん……ありがとう……」と返すだけで、まったくもって元気なんかではない。私はこの状況が手に負えないことがわかったので、もうこの空気感から逃げ出したくなっていた。申し訳ないが、さっさとこの場から消え去りたい。
だから私は深く考えずに「じゃ、とりあえずまた明日!」とアルミンに声をかけた。一歩だけ、廊下の右側へ向けて足を踏み出したところで、はた、と違和感に気づく。目が合ったアルミンもきょとんとしていたので、今、私は何と言ったか、と自問してしまった。
――今、私は、『また明日』と……そう、言ったのか。
ぶわりと羞恥心が腹の底から身体を熱した。……いやいや、この私がまた明日などと抜かしたのか。信じられない、私はこんなところで誰とも馴れ合うつもりはなくて、だから『また明日』なんて、この口から出てくる最後の言葉であるはずで。
「あ、うん? また、明日」
疑問符たっぷりでアルミンにそう返されて、私は耐えられなくなった。そのまま何も言わずに急いで背中を向けて、大股で廊下を闊歩した。一刻も早くアルミンの視界から消え去りたい。
女子宿舎の廊下に入ったあとも、じりじりとした羞恥心が未だにこの身体の中で燃えているのがわかる。なんでそんなことを言ってしまったのかと思う気持ちももちろんあったが、それ以上にこんなに狼狽えていることが解せない。いやもう、いくら傷つけてしまい動揺していからと言って、『また明日』はないだろう。私のばか。
ふ、と最後に見たきょとんとした顔つきのアルミンを思い出した。あんな女のような面立ちで、身体もひ弱そうでいかにも軟弱で……。女子でよかったなと思ったほどだというのに、それが実は男だったというのだから、よほど生きづらいだろう。小柄で力がない不利な立場については、よくよく理解ができたので同情する。――それでもアルミンは、彼の目標のためにその大変さを顧みずに兵士を志願したのだ。このことに想いを馳せずにはいられない。
本当は、認めてはいけないのはわかっている。少し浮足立つような気持ちが――今にも小躍りしてしまいそうな淡い高揚が――この心に溢れていた。
――『アルミン・アルレルト』。変なやつだったなと思い返す。小柄で、鈍臭そうで、けれど根性もあって、頭もよくて……。明日も図書室にいるだろうか。
私は身体の奥でざわついている胸騒ぎをなかったことにして、ほかの女子たちが就寝準備をしている部屋に戻った。
おしまい
あとがき
ご読了ありがとうございます^^
いかがでしたでしょうか。
一応特筆しておきますが、女性の『僕』呼びが「けったい」というのは、あくまでアニちゃん視点です。
アニちゃん、女の子らしいとか男の子らしいとか、なんか極端そうだなと思って……。
『か弱い乙女』に憧れがありますしね。
女性の『僕』呼び、その方らしければ私個人はぜんぜん素敵だと思います。
それはさておき。
何百万通りと存在しているであろうアルアニちゃんの初対面妄想の中の一つを形にしてみました〜!
君たちどんな出会い方したの。
妄想が尽きませんね。
アルアニちゃん何度でも出会ってくれい。
お楽しみいただけていたら幸いです。
ご読了ありがとうございました^^