憤怒の夜木漏れ日のように月が照らし出した木々の隙間から降り注ぐ月明かりが行く先を示した。
そしてその中を風のように颯爽と駆ける狼がいた。
血に飢えた獣の眼で
彼は前だけを見据え獲物を探して
広い森を全力で駆け抜けた。
…今日ほど満月に感謝したことは無い。
余すこと無く全力をもって一矢報いてやる…ッ!!!
牙を剥き出し臨戦態勢のまま
どこからでもかかってこいとでも言いたげに。
広場のような場所が眼前に見える。
そこはいつも始末した獲物を投げ捨てる場所であり、時には罠を張りここへおびき寄せる。
言わば…『墓場』である。
勢いのままそこに飛び込もうと強く地を蹴った刹那。
ひゅんっと何かが風を切った音がして反射的に動きが鈍る。
「!?」
しかし、『それ』は既に己の動きを封じていた。
「糸…ッ!」
月明かりに煌めくその糸はまるで蜘蛛の巣の様にまとわりついていた。
もがけばもがくほど動きを封じられてしまう。
「……落ち着けヨ、アッシュ。
お前もユーリに殺されたいのカイ?」
絡められ宙吊りになったままもがいていると恐ろしい程に静かな声が…
「…スマ……イル………?」
この声は間違いない。
しかしいつもと様子が違っていた。
木の影の暗がりから指先に絡めた糸を弄びつつゆっくりと歩いてくる。
「…『怒り』で箍が外れたのは
お前だけじゃナイのサ…」
月明かりに照らされたスマイルは余裕ぶった様子で真底楽しそうに口角を上げた。
その出で立ちは自分の知っているスマイルではない。
「スマイル…その、姿…は…」
しゅるり…と音を立てて糸が弛む。
ゆっくりと地に下ろされると完全に糸から解放された。
「…ああ、コレね。
確かにこの姿で人前に出るのは初めてか。
だけどコレも『ボク』ダヨ。
もう一人の『僕』とでも言ったらいいの
カナ。」
「それってどう言う…」
今の彼が纏うオーラも気迫も普段の彼とは全く違う。何よりも先ず見た目が。
赤紫色の髪も、くすんだ薄灰色の肌も
そして普段は赤いはずの…今は青い瞳も。
「…説明してる時間は無さそうだ。
ご覧、ショータイムの始まりサ。」
そう言って彼はやたらに大人びた美しい顔で天を仰いだ。
それにつられて天を仰げば紅く輝いた閃光が一帯の空に迸り、雨の如く大量に矢の如く鋭く降り注ぐ。
スマイルはすかさず右手を翳して防御魔法のシールドを張った。
「…手加減ナシか…」
それらは地面に着弾して地を抉る。
そこかしこから獲物の断末魔が聞こえる。
土埃が辺りに舞った。
余りの凄まじさにアッシュは息を呑んでいた。
「…流石ダヨ。
四重に張ってもまるで紙みたいに容易く貫かれそうダネ。」
余裕ぶった台詞とは裏腹に少々苦しそうに表情を歪める。
「スマ…っ!」
「下がれ!!
巻き添え食ったら怪我じゃ済まないヨ。
そうなった時…悲しむのはユーリ自身だけジャナイ!!」
「…っ…」
「こんなコト…姫に叱られるなんて判りきってるのにネ。
それでもフツフツと湧く怒りが止められない。彼も、君も…そしてボクも。
八つ当たりでもしてなきゃヤッテラレナイ。そうダロ?」
スマイルの言葉にアッシュは二歩ほど後ろに下がった。
確かにユーリの本気の攻撃の前では手も足も出る訳が無い。
「心配なんてしなくても…ッ!
この『僕』はこんなんで死んだりシナイヨッ!」
翳した手に反対の手を添えてまた一重防御壁を増やした。