赤いあと 猛暑の日。滅多にない暑さにも関わらず島民は軽快にココナッツを収穫していく。モアナも同様にココナッツの収穫の作業に取り組んでいた。
「今日も大りょ……うっ!」
収穫をしている途中、モアナは凧揚げをしている少女とぶつかった。
少女の手に持っていた凧が離れ、誰も登っていないヤシの木に引っかかる。
「ご、ごめんなさい」
少女は真っ青な顔をして謝る。
「大丈夫よ、ちょっと待ってて」
モアナは少女にそう言うとすばやく髷を結った。髷を結い上げると軽やかにヤシの木を登り、引っかかっていた凧を手に取った。そしてヤシの木を滑るように降りて少女に凧を差し出した。
「はい、どうぞ。次からは気をつけてね」
しかし少女は凧を受け取らず、黙ってモアナを見つめたままだ。モアナは少女に尋ねた。
「どうしたの?」
「首……虫に刺されたの?」
少女がそう言った瞬間、モアナは首を押さえた。
「薬もってくるよ?」
少女が心配そうに訊く。
「だっ大丈夫!私の家にも薬あるから」
「そう?痛くない?大きいけど」
少女は心配そうにモアナを見つめる。
「ええ!さっきまで気づかなかったもの、教えてくれてありがとう」
モアナは少女を心配させないように明るく返した。
「よかった、凧ありがとう」
少女は安心した様子で凧を受け取り、他の子供たちと合流して去っていった。子供たちが去っていくのを見つつ、モアナは髷を解いた。首にできた虫刺されのような跡が彼女の豊かな髪で覆われる。モアナの顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。そして髪で隠した首の跡との境界線が曖昧になるほどに赤くなった。
凧を返したあと、真っ赤な顔でココナッツを収穫するモアナを、島民は猛暑による体調不良だと思って気遣った。しかし当のモアナは島民の心配に気がつく余裕はなく、ひたすら収穫作業を続けた。
ココナッツの収穫を終えて数時間後、鷹の姿のマウイが島に訪れた。
「……マウイ」
マウイが元の姿に戻るとモアナが口を開いた。彼女の眉間にはシワが寄っている。
「どうした?怖い顔して」
マウイがモアナを見て質問した。
「わかってて教えなかったんでしょう?」
モアナが低い声で聞いた。
「何のことだ?」
マウイは首を傾げた。
「とぼけないで」
モアナは髪をかきあげて自分の首をマウイに見せた。赤い跡がマウイの目に映る。
「あーまだ残ってたか」
「『残ってたか』じゃないわ!」
モアナはかきあげた髪を下ろしてマウイを睨んだ。
「よく気づいたな、自分の首なんて見えないんじゃないか?」
モアナの憤る気持ちを知ってか知らずか、マウイは感心したように言った。
「島の子が虫刺されだと思って聞いてきたのよ!」
「髪下ろしてたらわからないだろ?」
マウイは肩をすくめた。
「今日は髪をまとめてたの!」
「なるほどなあ。悪かったな、まあそのうち消えるだろ」
言葉とは裏腹に悪びれる様子のないマウイにモアナははらわたが煮えくりかえりそうになった。今にも彼女の顔から湯気が出そうだ。
「そうだ、1人だとそれが消えたか確認できないよな。明日確認しに……」
「もう!」
島の子供はともかく、他の島民に首の跡を見られたかもしれない。
かろうじて、両親が今日のココナッツの収穫にいなかったことが不幸中の幸いだったろう。
モアナは歯を食いしばって低い声で唸った。