あの子の忘れ物十一月三日。メキシコに伝わる死者の日の翌日の午後。死者の国の管理局は繁忙期のひと段落を終えていた。
「呪われた生者の服を送り返す方法ねえ」
昨日、『呪われた生者の少年』の案件を担当した職員が言った。目の前にいるのは昨日と『ほぼ』同じメンツだ。イメルダを筆頭としたリヴェラ家の者たちだ。昨日のメンツに一人の生者が消え、代わりに一人の死者が加わっていた。その死者は骨から直に薄紫のベストを纏い、赤いスカーフを巻いている。その手には麦わら帽と赤いパーカーを持っていた。一族のほとんどが靴屋の茶色いエプロンをつけているなかで、彼だけ茶色のエプロンをつけていない。イメルダのかつての夫、ヘクター・リヴェラだ。
「あったかな……へっぐし!」
アレブリへのダンテにくしゃみの息がかかる。職員は犬アレルギーでくしゃみが止まらず、何度か山積みの書類を崩しそうになった。机の近くにいたフリオが崩れそうな書類から少し飛びのいた。
「ちょっと待っててください」
そう言って職員は別の部屋へと移動して今にも落としそうなほどの書類の山を抱えて戻ってきた。彼は器用に片手で机にスペースを空け、勢いよく机の上に書類を乗せた。
「うーん、前例がなさそうだ」
職員は書類を何度もめくりながら呟いた。リヴェラ家の一同は顔を見合わせた。やはり日の出を過ぎてしまった以上、このパーカーは生者の国に返せないのかもしれない。
「「死者の日に返せたりは?」」
オスカルとフェリペがそろえて尋ねる。
「記録がない以上、方法があるかどうか……」
職員はさっき目を通したであろう書類を何度も見直した。
「まあ、十二歳だし、すぐに大きくなって着れなくなるだろう」
フリオが肩をすくめてそう言った。
「でも気に入ってたらやっぱり困るんじゃないかしら?」
ロシータがフリオに返した。
「なんにせよ返せた前例がないのには変わらないわ」
ヴィクトリアは眼鏡をかけ直して腕を再び組んだ。
「そうね……」
イメルダが腰に両手を置いてヘクターの持っているパーカーを見つめた。
「ミゲルがまた来たときのためにとっておきましょう。……その頃には着れなくなってることを祈って」
イメルダの言葉にヘクターは目を輝かせた。
「誰かに譲ったら落ち込みそうな人がいるもの」
イメルダの言葉にヘクターは思わずグリートをあげそうになった。彼女の言葉通り、ミゲルと同じ背格好の子供に譲る可能性がヘクターの頭によぎっていた。それだけにイメルダの提案は彼にとって喜ばしいものであった。この服は孫の孫との思い出が幻でなかった証だ。それにいつか会えるであろう娘のココにも、話すことができる。……ミゲルと死者の国を冒険した話を。
「じゃあ、お宅らが管理するということでいいのかな?」
職員は手続きの書類を差し出して、イメルダに署名を書くように促した。
「そんなところね」
イメルダは署名した書類を職員に手渡した。
「なるほ……べっくし!」
ダンテが体を掻き始めた瞬間、職員は再びくしゃみした。彼の書いていた書類の最後のチェックマークがくしゃみの衝撃でいびつになった。
一通りの手続きを終えて、リヴェラ家と一匹の犬のアレブリへは帰って行った。外では翼の生えた巨大な猫のようなアレブリへ・ペピータがどすんとドアの前に降り立ち、ダンテを毛繕いした。ショロ犬のダンテに毛繕いするほどの毛はないが。
「今年のサンライズ・コンサートはどうだったんだろうな」
リヴェラ一族が帰ると、職員は鼻をかんで呟いた。ちょうどその頃、どこかの死者の家のテレビでは昨日のデラクルスのサンライズ・コンサートのダイジェスト番組が始まろうとしていた。──『エルネスト・デラクルスの盗作疑惑』という衝撃的なニュースとともに。