帰った日の夜モアナがモトゥヌイへ戻った最初の日の夜。彼女は寝る体勢を何度も変えて寝ようと試みていた。舟の生活に慣れたせいだろうか。上手く寝付けない。瞼を閉じても意識はハッキリするばかりだ。しかし、長旅では寝る時間はほとんどなかった。そのうえ家で寝るのが恋しいときもあったというのに。
「ううん……」
モアナは眠るのを諦めて目を開けた。
「んっ!?」
その瞬間、モアナは叫びそうになった。巨大な目玉が爛々と見下ろしている。その生き物の首は砂のように黄色く痩せた体は緑色の羽に覆われていた。
「あー、ヘイヘイ?」
モアナは生き物の正体を認識して拍子抜けした。生き物の正体は鶏、もとい旅をともにしたヘイヘイだったのだ。
「ヘイヘイも眠れないのね?」
ヘイヘイは首を傾げる。そういえば島にいる間も彼が寝てる姿を見たことがない。旅の間ですら寝顔は見たことがなかった。いま思えば舟の倉庫をもう少しマメに確認してもよかったかもしれない。モアナは静かに体を起こした。両親が起きる様子はなかった。娘が戻ってくるまで、なかなか眠れなかったのかもしれない。
「ちょっと聞いてもらっていい?」
ヘイヘイは短く鳴いた。モアナはそれを肯定の意としてとらえることにした。
「マウイはまた会おうって言ってくれたけど……」
モアナは顔を曇らせた。人間である自分と半神半人では時間の流れが違う。彼に悪気がなくても次に会える保証はない。
「本当に会えるかしら」
鶏はモアナに近づいて、短く鳴いた。いつもより鳴き声が低く感じる。その低めの鳴き声が肯定か否定かはわからない。それでも反応してくれたことには変わりはなかった。モアナはその鳴き声に不思議と安心感を覚えた。
「ありがとう」
モアナは彼の体を撫でた。
「おばあちゃんになる頃には会えてるよね」
モアナはヘイヘイにいたずらっぽく笑いかけた。ヘイヘイは再び首をかしげた。
「わからなくていいよ。……ヒヨコだもんね」
モアナは話を聞いてもらえたことで不安が拭えた。たとえ、話を聞いてくれたのが奇妙な風体の鶏であっても。
「おやすみなさい」
モアナは横になって布団をかぶった。それを見届けたように雄鶏は方向転換して家の出入口のほうへと歩いた。彼はモアナの家を出て人目のつかない浜辺へと向かっていく。浜辺まで来ると彼は青みがかった光に包まれた。光がおさまると鶏の姿はなくなっていた。代わりに同じ場所には巨大な鷹が現れていた。どこからともなく現れた鷹はどこかへと飛び去っていった。