土曜日の沐浴 prologue テイラーズ本部。何重ものセキュリティチェックをしないと入れない場所にある一室にて、三人の人物が円卓を囲んでいた。
「ふうん」
そのうちの一人、年嵩の男から受け取った資料を読んだディアナはすぐそこに置かれていた美しい装飾の施された紙箱からトリュフを一つつまんで口へ放り込んだ。
「うーん、やっぱり美味しい。氏が亡くなられた時は残念だとは思ったけど味は落ちてないね。ただまあ、チョコの味と組織の内情は必ずしも一致しないってことかあ」
もう一個、と口へトリュフを放り込んで満足げに笑みを浮かべたディアナへ、机を挟んで向かい側にいる男が呆れたように溜め息を吐く。……その二人の様子を黙って見比べていた三人目の人物が、静かに口を開いた。
「それで、ミスター? 私と彼女をこうして同時に呼び出したということはつまり、そういうことですか?」
「そういうことだ、ジュヌヴィエーヴ。今回のミッションではディアナと組んでくれ」
最も有名な王妃の一人と同じ名を持つ彼女は、緩く瞬きをしてから短く「Oui」と答えた。
ポート・メリュジーヌ、東南アジアに存在する小さな港町である。今回彼女らが目的とするのは、その港町にいるとされるサーペンタイト氏である。彼にまつわるものであれば情報から財産までが回収対象であり、本人も当然捕縛対象である。黒い組織との繋がりばかりか、創始者家族の急死への関与も疑われている彼は果たしてただの敏腕CEOだろうか。土曜日にだけ正体を現す良妻、それとも、毒蛇?
“テイラーズ”の一員としてのディアナが最も得意とするのはツールの開発である。彼女は司令塔にもカウンセラーにもなれない。本来であれば集団行動にも向いていない。その彼女がテイラーズでいられているのは、彼女が元来「仕事」に真面目な娘であるという点が大きかった。
素っ頓狂な行動も、自分勝手な行動もするが、自分の仕事……つまるところ「こんなこともあろうかと」という想定の元に作った道具を提供する一点においては信用してまったく問題ないのがディアナ・バジノヴァーという娘であった。
「よしよし、時間通りだね」
……自分に割り当てられた部屋に今回の相棒であるジュヌヴィエーヴを呼び出したディアナは、満足げに頷いてから彼女に向かって手招きをした。それに従ったジュヌヴィエーヴは、部屋の机の上に様々な道具が並べられているのを見て僅かに目を丸くした。
「大体は使えばわかるようにはなってるけど、一応一通り説明はしておこうと思って」
「……全部、あなたが?」
「うん、一部共同開発のものもあるけどね」
カフスボタンやドレスピン等の小さなものから、スーツやシャツなどの衣装類、果てはモップまで。とりあえず使えそうなものは全部出してきました、という有様である。
「ここから欲しいものだけ持っていくといいよ。チョイスは好きにしてくれていいけど……これとか使い勝手いいんじゃないかな」
ひょい、と机の上からディアナが取り上げたのはシルバーのイヤーカフだった。シンプルなイヤーカフにはよく見ると継ぎ目があり、ただの金属板にしては厚みがある。通信機――ただし受信専用――だ。
「受信専用機だけど、ここまでの小型化はなかなか頑張ったと思わない? ただまあ小型化の代わりに出力が小さいから、現地にいるメンバー間での意思疎通に使ってね」
「はい」
「それからこっちは……」
また別の道具を手に取り説明をするディアナはどことなく楽しそうである。……彼女の気質は、家中の時計を分解して叱られた幼い頃とほとんど変わっていない。好奇心の赴くまま、衝動の迸るままに発条を巻きネジを締める。そしてそれを見て見て!と誰かに見せにいく。そんな子供のままなのだ。
「……基本的に細かいことは君に任せるよ。必要な情報は渡すようにするけど、君の方が適切な判断が出来る筈だ」
前述の通り、ディアナは司令官にはなれない。そしてそれを引け目にすら思っておらず、猫のような笑顔でジュヌヴィエーヴを見た。
「僕は小道具係。多少の演出もするけど、主演女優は君だ。よろしくね!」
「ええ、よろしくお願いしますね」