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    暴食の竜1.

     ある小さな村が魔物に襲われたという知らせが騎士団に入ったのは、襲撃から数日後のことだった。不眠不休で走ってきたのだろう、息も絶え絶えの様子で救援を求めた若者は事情を説明し終えるやその場で気を失い、治癒院へと運ばれていった。
     次の日、騎士たちによる討伐部隊が王都を出発した。先行していた黒騎士が情報を持ち帰り、救助を求めてきた若者からのそれと照らし合わせた結果、村を襲ったのは「森喰らい」……ワイアームである可能性が高いということが判明した。
     ワイアーム。ドラゴンの原種とも言われるそれは、手足の無い蛇竜である。悪食かつ大食らいで、ひとたび現れれば森から獣の声が消えるという。そうそう見られるものではなく、ここ十数年は王国内での目撃情報も無かった。
     今回結成された討伐部隊の隊長は、ニール・ランドルフという名の騎士だった。その男は小柄で若く見えたが、実際は十年以上前線で戦ってきた熟練の騎士であり、周囲からの信頼も篤かった。青空のような目が眩しげに空を見上げ、それから手綱を握り直す。
     その隣へもう一頭馬が近付いてくる。それに跨がっているのもまた騎士で、長い金色の髪が日差しにきらきらと光っていた。名を、グンヒルド・ノイマンという。彼女もまたニールと同じく十年以上前線で戦ってきた騎士である。
    「見習いの頃に一度、奴が出たな。覚えているか?」
     そう口火を切ったグンヒルドに、ニールはちらりと視線を寄越した。
    「当たり前だろ。現地にこそ行けなかったけど、見送った先輩たちの背が大きかったのを覚えてる。……今じゃ俺たちが見送られる側だ」
     街道はそれなりに整備されているが、訓練場の地面よりは起伏がある。だが馬を誘導しながら進む騎士たちの隊列に乱れはなく、練度の高さをうかがわせた。
    「早く対処しないと森が死ぬ。気を引き締めていかないと」
    「そうだな」
     それだけ話すと、二人は黙って馬の手綱を握り直した。ワイアームに襲撃されたという村まであと少しである。


     村に着いた騎士たちは言葉を失った。
     嵐でも通りすぎたような有り様のそこで無事な建物はほぼ無く、中心部の広場にはぽつんと井戸が残っているだけだった。……微かに漂う血の臭いは家畜のそれだけではないだろう。誰かが短く神への祈り文句を呟いた。
     嵐は森へ向かって進んで行ったようで、なにか大きなものを引きずったような跡が森のある方向へと消えていた。森での捜索になるだろうことは想定済みであり、騎士たちは馬を降りると荷物の準備を始めた。
    「よっ、お疲れ」
     村の奥から数人の人間が彼らの元へ近付いてくる。先行していた黒騎士たちだ。その中にいたネーブルのような明るい赤毛の青年がひらりと手を振る。……ティベリオ。彼もまた、任命から十年越えのベテラン騎士である。その態度は任地においても普段と変わらず、人懐こそうな笑みすら浮かべている。
    「様子はどうだ?」
    「うーん……逃げ遅れた村人が何人かいたみたいだけど、多分全員死んでる……と思う」
     ニールの問いに笑みを消したティベリオは頭を掻き、ニールは怪訝そうに眉を寄せた。
    「珍しいな、そんな不確かな言い方」
    「うん、まあ……『食べ残し』しか残ってなくてさ、正確な人数を把握するのは無理だった」
     空気が重くなるが構わず報告は続けられ、それを踏まえてニールが各員へと方針を伝える。そして、森歩きの準備が整ったところで騎士たちは隊列を組み森へと向かった。


     ……森は妙に静かだった。鳥の声はせず、獣の気配も無い。嵐の痕跡を追って進む騎士たちもまた静かで、油断なく周囲を警戒しながら進んでいた。
     森は見通しが悪く大掛かりな攻撃は行えないが、悪いことばかりではない。ワイアームの巨体は森の中では猛威を振るえないし──飛行もまともに出来ないだろう──、こちらは遮蔽を取りつつ戦える。また、森の構造は事前に地図で把握済みであり、準備は万全である。
     黒騎士が先行して気配を探り、他の騎士がそれに続く。ティベリオの明るい髪は森においてまるで目印のようによく目立った。
     不意に、ニールの背筋が粟立った。尋常でない嫌な予感である。
    「散開!」
     誰かが叫び、皆が一斉にその場を飛び退く。先程まで騎士たちがいた空間を、暴力そのものが質量を持ったものが通り過ぎた。
     周囲を見回し状況を確認しようにも、薙ぎ倒されへし折れた木々の破片や舞い上がった土で視界は悪い。しかしその中で、ティベリオだけが一点を見つめていた。その視線の先、徐々に晴れていく土埃の中から現れたもの。それを見た騎士たちは息を飲んだ。
     巨大なあぎとが何かを咀嚼している。恐らく逃げ遅れた騎士の一人だろう。蛇と言うには凶悪にすぎる、悪意をみっちりと溜め込んだように張りのある胴体に足は無く、代わりに翼が一対生えていた。
     ──ワイアームだ。
    「こんなの、小回りがきかないも何もあったもんじゃないじゃないか……」
     誰かがそう呟いた。そう、この暴力の具現のような蛇竜は、己の進行方向にある障害物を破壊しながら騎士たちへと突進してきたのだ。つまるところこいつが動くのに大きなスペースはいらない。自らスペースを作れるのだから。
    「──────!!!!」
     人間にはけして発音できない響きの咆哮。騎士たちを獲物と認識したそれは、胴をうねらせ襲いかかってきた。
     ワイアームの動きは大振りで力に任せたそれであり、長い尾が振り回されれば木々を薙ぎ倒し、突進はまともにくらえば人間の手足くらい容易く持っていかれるだろう威力であった。森での戦いを想定していた騎士たちは普段より軽装であり、死に物狂いで攻撃を回避しながら応戦せざるをえなかった。
     少しの――彼らにとっては長い――交戦の後、蓄積した攻撃がワイアームの尾を切り飛ばした。
    「────!?」
     苦痛にのたうつワイアームに畳み掛けようとした騎士たちが次に見たのは、信じられない光景だった。
     地面に落ちた血と肉片がぶるぶると震えてから飛び出し、ひとりでに傷口へと集う。粘土でも捏ねるように蠢いて尾が再形成されてゆく。……確かにワイアームは再生能力を持つとされている。だがそれはこんなでたらめな、何もかもを無に帰すようなレベルのものであってよい筈がない。
    「……一旦逃げるぞ!」
     ニールの指示に、騎士たちは一斉に散開し走り出した。ワイアームはその背を追うことなく再生を続け、傷ひとつない状態になってから勝ち誇るような咆哮をあげた。





    2.

     森の中を全速力で移動した騎士たちは、ワイアームの気配が完全に遠ざかったのを確認してから足を止めた。転身中に散り散りになってしまったのか、人数は少し減っている。
    「皆、いるか」
     息を整えながら点呼を促したニールに騎士たちが答える。
    「グンヒルド・ノイマン。ここにいる」
     グンヒルドが緩く頷きながら答え、その隣でティベリオが片手を挙げる。
    「ティべリオ、いるよ~。あとは……」
    「フレデリック、無事だ」
     ひらりと手を振った騎士フレデリックは勤続十五年を越えるベテランであり、火の魔術を扱う騎士である。明るい日差しのような目を笑みの形にしてみせたのは周囲の空気を少しでも和らげるためかもしれない。
     続けて数名の名乗りを確認した後、ニールは難しい顔で腕組みをした。
    「何人かはぐれたか……自力で合流出来る状態だといいが」
    「隊長、どうする?」
     グンヒルドの問う声は低く静かで、常とは違う。その意味を十二分にわかっていて、ニールはティべリオの方を見た。
    「……撤退したいのはやまやまだが、あいつともう一度会わずに森を出られるか?」
    「厳しいかな。あいつの風下をキープしておきたいから、風向きが変わらないと進める方向が限られてる。かといって急に風向き変わられてもこっちが見つかる可能性が高いんだけど」
     ……深い森の奥、騎士たちは「狩られる側」になってしまっていた。
     森は相変わらず静かだが、その静けさはむしろ騎士たちにとっては恐ろしいものだった。生き物の気配がないこの森で、騎士たちの息遣いはとても目立つ。
    「……でもここでじっとしていてもそのうちあいつに見付かるだけだ。移動しつつ何らかの打開策を探そう」
     ニールの提案に他の騎士たちも同意し、彼らは再び森を進み始めた。その少し離れた場所には小川があり、動物の水飲み場になっているようで、歩き出す騎士たちを対岸にいる鹿が不思議そうに見送っていた。
     ティべリオが何かを考え込むように小川を見ていた。


    「止まれ」
     ティべリオが短く言葉を発し、仲間たちを一旦待機させてから先の様子を確認した。それから軽く頷き手招きをする。
     ……少し進むと薙ぎ倒された木々があった。騎士たちの間に緊張が走る。先行するティべリオに誘導されながら慎重に進んだ彼らは、目の前に現れた惨状に唇を引き結んだ。
     数人の人間が倒れている。格好からして騎士であろうことは明白だった。動くものはおらず、手足が不自然な方向に折れ曲がっているものや軽鎧の破損したものがいた。周囲の地面は何故かぬかるんでおり、ここだけ雨でも降ったかのようである。
    「……マナが落ち着いていない。魔術を使った後だ」
     そう呟いたのはフレデリックだった。
    「水魔術を使用したんだろう、だがそこまで高位の感じはしないな」
     周囲の痕跡と遺体を調べ始めた騎士たちは、しかしすぐに色めき立った。地面に転がっていたもののうちひとつが、僅かに身じろぎをしたのだ。
    「お前、生きて……おい、大丈夫か!」
     慎重にその騎士を抱きかかえ、仰向けにする。鮮やかな金髪は泥に汚れ、鎧も傷だらけだ。だが確認したところ致命傷は受けておらず、意識もあるようだった。
     ……アラン・リドフォール。十年以上騎士団に勤めている熟練の聖騎士であり、高い水準の実力を持つ彼であるからこそこの程度で済んだのだろう。生存者との合流に騎士たちの士気は少しではあるが回復した。
    「……アラン、何があった」
     なんとか上半身を起こし一口水を飲んでから息を吐いたアランに、ニールが訊ねる。……とはいえこの惨状である、何があったかはある程度想像はつく。重要なのはあのワイアームに相対し壊滅状態に追い込まれてなおなぜ一人生き残ったのか、どうやってあれを退散させたのかということである。
    「……隊長とはぐれてしばらくして、あいつに再会したんだ」
     水筒を握るアランの指に力が入り、指先が白くなる。
    「逃げ場がなくて戦ったけれど……最終的に私一人になって、それで」
    「それで? どうやって助かったんだ」
    「……それが、よくわからないんだ……突進の構えが見えて、次の瞬間には衝撃と、咄嗟に組んだ魔術の爆ぜる音が聞こえて……」
     ぴくりと反応したのはフレデリックだった。
    「そういえばアラン、きみは水属性だったな。これはきみがやったのか」
     周囲の状態──この場所にだけ大雨でも降ったかのようである──を示され、アランは曖昧に頷いた。
    「恐らくは。発動の瞬間に割り込まれたので暴発したのかと」
    「なるほど、だから術式の痕跡自体は下位のものなのにマナの乱れは大きいのか……」
     納得したように頷くフレデリック。その彼らから少し離れた場所でしゃがんで何かを拾い上げたティべリオが、不意に声をあげた。
    「アラン、お前お手柄かもしれないぞ」
     見てみろ、と皆に呼び掛けたティべリオはその手に何かを持っている。手のひらくらいの大きさの艶々とした貝殻のような形の欠片である。
    「それは……鱗、か?」
    「ああ、あいつの鱗だよ。ろくろく刃も通らなくて苦労したアレだ。そこの水溜まりに落ちてたんだけど……」
     ティべリオの手の中でその鱗が儚く砕け散る。ほとんど力を入れたようには見えない。
    「ちなみにこっちは最初の戦闘で落ちたやつな」
     今度は隠しから取り出した似たような形の鱗を思いきりへし折ろうとしてもびくともしない。騎士たちは静かに息を飲んだ。
    「……あいつは多分、水に弱いぞ」
     そう言ったティべリオの目は、笑っていなかった。





    3.

     森の奥、開けた──平らかにされた──場所で、騎士たちは神妙な面持ちで言葉を交わしている。
    「水場が荒らされてないからおかしいとは思ってたんだ」
     川縁からこちらを見る鹿、無傷の井戸。ティベリオは手についた鱗の欠片を払い落としながらそう言った。
    「水が苦手なことがわかった以上対処は少ししやすくなったけど、問題はあの冗談みたいな再生能力だな」
     千切れ飛んだ肉片が見る間に寄り集まり肉体を再形成したあの様は、人の身に絶望を与えるに余りある。再生能力を持つ魔物は数あれど、あのレベルのものはなかなか稀有である。
    「……そのことなんだが」
     沈痛な空気の中、ニールが口を開く。
    「あいつの再生能力は魔法というより……物理的な法則に則ったものに見えた。千切れた尻尾はもう一本生えてくるんじゃあなくて、千切れたものを回収するような形だった」
    「そうだな、マナの流れにも異常は無かったから……あれはあくまで『ものすごく傷の治りが早い』能力だ。治癒魔術とは違う。……そもそもワイアームに魔術を扱う知能は無いしな」
     フレデリックがその言葉を肯定すると、ニールは軽く頷いた。青い目は静かな光を湛えている。
    「つまりあの再生能力には物理的な対処が可能なんじゃないか? 例えば……」
     ……それからニールが提案した作戦に、騎士たちは暫し考え込んだ。その作戦は理にかなっているように聞こえたが、そう都合よく物事が運ぶとは限らないだろうとも思われた。
     だが、少し考えた後グンヒルドはこう口を開いた。
    「……悪くない。逃げ切れないなら、奴を二度とこの辺りに近寄る気にならなくなるくらい痛め付けるか、倒すかしかないんだから」
    「そうは言ってもあいつをどうやって『そこ』まで連れ込むかが問題だろ、井戸にすら近寄らないくらいにはあいつは水を避けてる」
     グンヒルドの言葉を引き取るような形で続けたティベリオはどことなくニールの返答を想定しているような、呆れがかすかにうかがえる声色をしていた。それにニールは顔色も変えずに答えた。
    「俺が囮になる」
     そうなるよなあ、とティベリオは想定通りの回答に頭を掻いたが止めはしない。他の面々もその答えが自己犠牲や陶酔からではなく冷静に能力を鑑みた結果の判断であることを知っていたため、表立って反対する者はいなかった。
     その中において、グンヒルドは少し不本意そうな表情でニールを見ていた。
    「本当にやれるのか?」
    「あいつを引っ張ってくればいいんだろ、花形じゃないか」
    「隊長が囮をするなんて聞いたことがない。その間の指揮は誰がするんだ」
     ニールは胸元につけていた隊長章のブローチを外すとグンヒルドに放り投げる。咄嗟にそれを受け取ったグンヒルドは、ぐっと眉を寄せた。
    「お前がやっておいてくれ」
    「……」
     苦虫を噛み潰したような顔をするグンヒルド。やり取りを見ていたティべリオが眉を下げて口添えする。
    「……グンヒルド、ニールが一番適任なのはわかってるんだろ? 足の速さだけならオレでもいいけど、体力のことを考えるとやっぱりニールが妥当だ」
     ティベリオを見、周囲の騎士たちを見、最後にニールを見たグンヒルドは小さく溜め息を吐いてブローチを投げ返した。
    「一時的に別行動になるだけだ、お前が隊長のままで良いだろう。その間の代理は任されてやる」
    「そうか」
     短く答えたニールは胸元にブローチをつけ直し、それからティベリオの方を見た。
    「舞台にする場所を探すぞ。先導頼む」
    「はいよ」
     ぐっと両手を持ち上げ伸びをしてから、ティベリオは口角を上げてみせた。


     作戦を実行するのに相応しい場所を見付けた騎士たちは、ニールの指示に従って準備を始めた。……眼下に川の流れを見下ろせ、人間が複数人動くのに不自由しない程度のスペースがある場所。そこでワイアームを迎え撃つのだ。
     グンヒルドたち前衛を受け持つ騎士たちは武器の確認と準備運動、連携の打ち合わせをしていた。ティベリオたち索敵班は周囲の警戒にあたっていた。
    「どうだ、いけるか?」
     ……そしてそれらの騎士たちから少し離れた木の陰で額を突き合わせてなにやらごそごそとしているアランとフレデリックに、ニールが声をかけた。
    「水場が近いから別の場所でやるよりは安定する筈だ、今のところ七割は成功してる」
     そう答えるフレデリックの横で、アランは真剣な表情で宙に両手をかざし──球体を包むような手つきで──集中している。その掌の間でゆらりと空気が揺れると水の玉が出現し、アランがぐいと腕を広げるのに合わせて大きくなり子供一人を包み込めるほどの大きさになった。
    「あまり練習しすぎると本番に響くからそろそろ所定の位置につくか……」
    「もう少しだけ、」
    「駄目だ。きみの力量と今の状態だとこれ以上練習しても自前の魔力が枯渇していくだけだ」
     フレデリックの言葉に口をつぐんだアランは水球を消すと促されるまま移動したが、その足取りは少しだけ怪しい。ワイアームとの交戦で受けたダメージはまだ回復しきっていないのだ。口惜しそうに唇を噛む相手に気付いているのか、ニールは静かに言い聞かせるようにアランへ話し掛けた。
    「アラン、わかってるな。何があっても前に出るな。お前の役割を果たすんだ」
    「……ええ」
     恐らく不本意なのだろう。アランの声は少し低く、沈んでいた。だが彼も熟練の騎士であり己の状態は理解していたし、彼には彼にしかなしえない別の役割が与えられていた。アランは静かな眼差しをしており無茶をしそうには見えず、フレデリックもその辺りはしっかり教えた筈である。ニールは不安なくその場を離れながら部隊の面々に向かって声をかけた。
    「……じゃあ行ってくる。頼んだぞ」
    「ああ、しっかりな」
     森の奥へと向かうニールを、騎士たちはあるいは心配そうに、あるいは特に表情を変えず見送った。





    4.

     盛り上がっている木の根を飛び越え、頭の位置に張り出している枝を身を縮めて避ける。
     躓いたら、終わる。
     背中に叩き付けられる殺意の質量は騎士一人など容易く押し潰せそうなほど圧倒的で、彼の足がすくまないのは経験と意思の賜物であった。
     最短距離を真っ直ぐ走るなどという愚を犯せば突進を食らうことになる。進路を左右に振りながらの疾走は騎士の体力を容赦なく奪っていく。
     大きな怪物をたった一人で引き回す騎士、ニール・ランドルフは背中に意識を向けながらも進行方向の把握を行い、かつ休みなく足を動かし、更には俯瞰した視点を維持しながら舞台へと向かう。思考と運動の並列は体力を消耗するが、ニールの頭はどこか冷えていた。
     ──あれは生き物だ。どれほど強大であろうと、魔法のような能力を持っていようと、苦手なものがあり、血を流せば死ぬ生き物だ。
     ちっぽけな生き物に先導されるまま森を突き進む蛇竜、ワイアームの周囲に飛び散る木片や土石。不意に屈んだニールの頭上を折れて千切れ飛んだ枝が通過する。すぐさま姿勢を立て直したその数瞬後には先程までニールがいた場所をワイアームが通りすぎた。足が無いワイアームは足跡こそ残さないが、地面を這いずることと低空を飛行することを織り混ぜることによって土が抉れて独特の跡が残り、また、図体よりもはるかに素早い動きが可能である。
     森の支配者であるワイアームは、小さな獲物が隠れもせずただ逃げていることに何の疑問も感じていないだろう。この王者に敵はおらず、警戒などする必要はない。ただ狩り、喰らい、壊すことだけがかれの本懐。
     また一本大木が倒れた。騎士は振り向きもしない。


    「……来る」
     森の気配に集中していたティべリオが、片手を挙げて合図した。舞台の設営を終えて待機していた騎士たちがそれぞれ武器を構え呼吸を整える。それから一拍の間を置いて、地響きのような音が彼らに近付いてくる。
     その場に──少し開けた川沿いの場所に──飛び込んできた小柄な影に声をかける間もなく、巨大な蛇竜が騎士たちの眼前に躍り出た。
     突如獲物が増えたことにもワイアームは動揺した様子はなく、威嚇するように大きな咆哮をあげ騎士たちの頭を揺さぶった。が、それに凍り付く者は一人もいなかった。
     食うか食われるか、狩るか狩られるか……強大な森の支配者と誇り高き王国の剣たちの殺気が交錯し、弾けた。
     一旦息を整えるために後ろへ下がったニールと入れ替わりに飛び出したのはグンヒルドである。それに他の騎士も続く。平野や市街地とは得物の勝手が違うが、熟練の騎士たる彼らに危なげはない。
     ワイアームの巨体は縦横無尽に動き、胴でひと一人を弾き飛ばしたり木をへし折ったりしたが、騎士たちは怯まない。しばし続いた攻防の末、騎士たちの攻撃が再びワイアームの尾を切り飛ばす。肉が盛り上がり引き伸ばされ結び付こうとする寸前、
    「アラン!」
     呼び掛けと同時、突如横合いから現れた水が千切れた尾と引き伸ばされた筋や肉を飲み込んだ。そしてそのまま押し出すように川へと落下させる。
    「──────!?」
     あっという間に下流へ流され見えなくなった尻尾。ワイアームは苦痛にのたうつが、その尾は再生しない。傷口は収縮し出血は緩やかだが、力任せに周囲を薙ぎ払っていた尻尾は戻らない。
    「よし、いけるぞ!」
     失われたのは薙ぎ払いだけではない。ワイアームの長大な体は寸分の狂いなく完成されていたからこそ巨体であるにもかかわらず俊敏に動いていた。尻尾を失えば体のバランスは崩れ、その動きは明らかに精密さを欠いている。
     ……そのすこし後には翼の片方も川へと流され、「手負いの竜」となったワイアームは小回りこそ出来なくなったものの攻撃性は増していた。長引かせるよりここで仕留めきるべきだと目配せしあった騎士たちは、一気にその包囲網を狭める。
     突然、ワイアームの眼前で炎が渦巻き、避けるべく仰け反ったその喉から胸の下へ潜り込むように二人の騎士が走る。グンヒルドとニールである。
     真っ直ぐ天へ向けて突き上げられた短槍の持ち主の燃えるような真紅の目は、喉を貫かれ心臓の震えるような鳴き声をあげ身をよじったワイアームがこちらへ殺気を向けたのにも動揺せず見開かれ、槍をしっかり握り続けている。
     閃いたニールの剣でワイアームの胸が切り裂かれ血が降り注いでも、グンヒルドは一歩も動かなかった。


     騎士たちが帰還したその日に意識を取り戻した若者は、己の村を襲った蛇竜が退治されたと聞いてもただ「そうですか」としか言わなかった。彼がようやく感情を爆発させ泣いたのは、村から避難した村人たちの生き残りと再会してからだったという。
     念のため数日間は森の調査が行われ、安全が確認されてから村の立て直しに取りかかることになった。とはいえ、それに何年かかるのか、そもそも何人が戻るのか、見通しはつかない。騎士たちは王国を、民を守るのが務めであるが、その後のことは彼らの仕事ではない。この後村がどうなるかは彼らの関知外である。
     つまるところこの話は、「悪い竜は騎士たちによって倒されました、めでたしめでたし」で終わるのだ。
    新矢 晋 Link Message Mute
    Jan 3, 2019 7:28:21 AM

    暴食の竜

    #小説 #Twitter企画 ##企画_オルナイ
    蛇竜を退治しに行く騎士たちの話。

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