SSまとめプロローグ
星真教の神殿の一角にある礼拝堂である。ステンドグラスに描かれているのは、天上に輝く道導星に祈りを捧げる聖女の姿だ。夜空で唯一動かない道導星は人々を導く星であり、その写し身である聖女もまた人々のために輝ける星でなければならない。
“カノープス”。聖女に個人をあらわす名はなく、ただそう呼ばれる。老いを知らぬ彼女は美しく、清らかであり続ける。銀髪も白い肌も聖女の象徴だが、なかでも煌めく星の瞳はその常人ならざる――不穏ですらある――美の最たるものである。聖女の瞳には星が宿っており、常にきらきらと輝いているのだ。
ステンドグラスを見上げている娘は、その煌めく星の瞳を持っていた。今代の聖女である。背を覆うほど長い銀色の髪、透けそうなくらい白い肌、鹿のように細くしなやかな手足。緻密な刺繍の施された法衣に身を包み、ただじっとステンドグラスを見上げている。
「
聖女」
静謐を揺らしたのはよく通る若々しい青年の声だった。呼び掛けられて振り向いた聖女の目元で星が揺れる。その神秘に少し言葉を詰まらせてから、声の主である青年は星真教礼――軽く胸元に手を当て目礼――をした。
「そろそろ出発のお時間です」
聖女より少し年上、二十代なかばに見える青年だ。太陽のように輝く金髪が額にかかり、明るい緑色の目が聖女を見ている。白い騎士装は星に仕えるための礼装であり、その胸にある狼のカメオは第一騎士の証である。
「ええ、今行きます」
聖女が無駄のない動きで滑るように歩く後へ続く青年には当然名前はあるが、聖女は彼を“シリウス”と呼ぶ。星は個人を贔屓しない。聖女は騎士たちを星の名で呼び、騎士たちもそれを受け入れている。
今日は巡礼の旅への出立の日であった。供をする騎士は三人。それぞれ聖女からはシリウス、プロキオン、ベテルギウスと呼ばれている。
第一騎士のシリウスは「光輝の」シリウスとも呼ばれるほどに輝かしい能力と経歴の持ち主であり、今回の旅でも騎士たちのまとめ役に任じられていた。
第二騎士のプロキオンは三人のなかでは最も年上で、騎士として働いてきた年月も長い。そのため立ち回りが上手く世慣れており、また、魔術にも長けている。
第三騎士のベテルギウスは年こそ若いが沈着冷静、賢しく素早い斥候能力の高い騎士だ。少々交渉能力に難はあるものの、優秀な若者である。
星の聖女の巡礼。聖女が十年に一度行うこの旅の供に選ばれることは騎士たちにとって名誉なことであり、志願者も多い。今回の三人も厳選の結果決まった面々である。
神殿の出口では二人の騎士が既に待っていた。プロキオンは気安げな仕草で片手を挙げ、ベテルギウスは黙って軽く星真教礼をした。
プロキオンは優しげなヘーゼルの目をした中年男性で、聖女と並ぶと親子ほどの年の差があるように見える――実際の年齢はそう変わらないか、下手をすると聖女の方が上なのだが――。長く伸ばした髪は魔術を行使するための魔力を保持する役割があり、ゆるく波打ち頬を撫でている。
ベテルギウスは聖女に興味がないのか、その鋭い目が彼女に向けられることはあまりない。緑がかった黒髪はどこか異国的で、若々しさよりも剣呑さを強く印象に残す。
「それではカノープス、準備はよろしいですか」
シリウスの確認に聖女は頷き、本殿の方を振り返った。星真教礼をし、旅立ちの祈りをとなえる。続いて騎士たちも祈りをとなえ、四人は馬に乗り門を潜って外へと歩き出した。
巡礼は、ここから始まる。