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    魔法使いの言うことには ある集落を訪れたその魔法使いは頭から爪先までをすっぽりと覆うようなフードつきの外套をその身に纏い、一頭の駱駝を連れていた。体が大きくて頑丈そうな雄の駱駝だ。濡れたような黒い目を長い睫毛が縁取っている。
     太くしっかりした手綱を引いて駱駝を歩かせ到着した広場で、魔法使いは集落の長と対面した。優雅な所作で一礼した長の手元で腕飾りがしゃらしゃらと音をたて、それに使われている金の量を目利きして魔法使いはそっとほくそえんだ。
    「ようこそ、魔法使い様。この集落のまとめ役をしているルイードと申します」
    「はじめまして、ルイード様。無礼は承知ではありますが、名乗りは略させて下さいませ」
    「ええ、ええ、わかっております。魔法使いの名をいたずらに知ろうとする者などここにはおりません」
     お気遣い痛み入ります、と頭を下げた魔法使いはフードをおろしてその顔をあらわにした。黒曜石のように艶やかな黒髪に褐色の肌、青い目をした美しい娘であった。柘榴のように赤い石のネックレスがその細い首できらめき、僅かに首を傾げると耳元で大きな円形のイヤリングが揺れた。
    「ではさっそく儀式に入りましょう、この広場で構いませんか?」
    「お願い致します」
     魔法使いは軽く頷くと、駱駝を引いて広場の中央へと歩み出た。地面に膝をつくと砂を一掴み取り、さらさらと風に乗せる。それを何度か繰り返してから魔法使いは外套を脱いだ。……その全身は様々な装飾品で飾られている。ブレスレットやアンクレットのような目立つものから、指輪のような小さなものまで。しかしそれらは一つ一つがまったき本物の呪具であり護符である。
    「■■■■」
     広場にいた誰も魔法使いがなんと言ったのか聞き取れなかったが、その言葉に操られるように駱駝が膝を折った。頭を垂れて目を閉じたその生き物の足下からざわざわと波紋が広がるのが見えるのは、魔力が見える目を持っている人間だけである。
    「■■■■ ■■ ■■■■■■」
     魔法使いが囁く言葉は誰にも理解出来ない。高く低く歌うように紡がれるその言葉はどこか物悲しく、寂しげだった。
    「……おいで」
     不意に魔法使いがそう呟くと同時、駱駝の背がぼこりと波打った。見る間に瘤が膨れ上がり、なにか生き物でも中に潜んでいるかのように蠢く。その瘤を愛でるようにさすってから、魔法使いの赤い唇がゆっくりと動く。誰にも理解できない言葉を。歌うような声を。
     ぱん。
     妙に間の抜けた音がした。ひ、と見守っていた人々が息を飲む音がした。少しして、ばしゃばしゃと雨の降るような音がした。……駱駝の瘤が爆ぜ、血が周囲に撒き散らされたのだ。地面に崩れ落ちた駱駝の周囲の砂が、今度は誰にでもわかる形で波紋を描く。どんどんと広がる波紋は人々の立つ場所にまで到達したが彼らの足下に触れるぎりぎりで静止し、そして一気に中心へ――駱駝に向かって――集束した。そのまま駱駝の体の下へと波紋は消え、周囲にはまた静けさが訪れる。
     恐る恐る長が口を開いた。
    「……魔法使い様?」
     にぃ、と魔法使いの唇がつり上がる。その直後、駱駝の体の下から何かがあふれてきた。
     水だ。
     湧き出す水の勢いは止まず、人々の間に動揺と歓喜が広がっていく。
     水招きの儀式は成功した。
     この集落は他の集落の例にもれずオアシスのそばに広がっていたが、近年その水量が減ってきていた。星詠みや占い師、学者にいたるまで、そう遠くない未来にオアシスが干上がるだろうと予想した。しかし今更まちを捨てることなど出来ようか。人々は様々な手段でオアシスの延命、あるいは新たな水源の発見を試みたがその結果は芳しくなく、脱出を考え始める住人もちらほらと出始めた頃、ひとつの噂が彼らの耳に入った。
     ――《水招き》を得意とする魔法使いが近くに来ているらしい。
     その魔法使いは通称をマイヤといい、その通り水に親しむ魂の持ち主だという。集落の人々は藁をもつかむ思いでその魔法使いに連絡をつけ、集落へと招き、儀式を執り行った。水は、招かれた。
    「ありがとうございます魔法使い様!」
    「お役に立てて何よりです」
     水面を思わせる青い目を細めて微笑む魔法使い。長は感極まった様子でその手を握り、何度も頭を下げて礼の言葉を尽くす。見守っていた人々も魔法使いの周囲へ詰めかけ、口々に謝意をあらわした。
     血の匂いはいつの間にか消え、駱駝の背に出来た裂け目は塞がっていた。


        *  *  *


    「魔法使いが火打ち石で、駱駝が薪なのさ」
     先ほどまで水煙草をのんでいた薄い唇が弧を描く。
    「駱駝に魔力を溜められるだけ溜めて、それに魔法使いが《力ある言葉》で命じる。そうすれば一人で魔法を使うよりも疲労も反動も少なくて済むって寸法だよ」
     なにかあったとしても駱駝が死ぬだけだしね、と付け加えてから再び水煙草に口をつけた魔法使いの話を聞いているのは同じ煙草を共有している相席の男一人だけ。適当に相槌を打っていたその男は、一口煙草をのんでから改めて口を開く。
    「だが、よく駱駝がそう大人しく従うもんだな。おれはよく知らないが、背中が爆ぜるともなれば苦しいだろう」
    「逆らうという発想が生まれないのさ。家畜は人間がいなければ生きていけないし、反旗を翻せるほど賢くも強くもない」
    「そういうもんか」
    「そういうものさ」
     また静かに煙草をのみ始める二人は今日この時が初対面であり、また、もう二度と会うこともないだろう二人である。たまたま相席になって煙草を共にのむこととなっただけで、男は魔法使いの名を知らないし、魔法使いもまた男の名を知らない。
     男は冬のような目で――冷たいという意味ではけしてなく――魔法使いを見やると、話の続きを待った。


        *  *  *


    「ここには水脈は通ってなさそうだ」
     地図の上に様々な色や大きさの丸い石を落として占いながら、魔法使いは溜め息を吐いた。
    「水招きじゃあ足りない、水産みじゃないと」
     《水招き》と《水産み》の違いを意識している一般人は少ない。が、それらは決定的に違う術だ。水招きはその名の通り水を「招く」術であるため、近くに水源や雨雲などがなければならない。一方の水産みは水を無から「産む」術であり環境を問わないが、魔神や精霊でもなければ通常不可能な《奇跡》の域にある術である。ひとの身で水を産もうとするならば、人身御供のひとつやふたつは必要とされていた。
     しかし今回魔法使いを招いたのはとある豪商であり、拳大の紅玉を買っても釣りが出るほどの報酬を袖にするのは惜しかった。魔法使いは少し迷ったが、水を「産む」ことに決めた。
     そうと決めたなら準備をしなければならない。魔法使いは豪商に人手を用意させるとあれこれと指示をして、サバクオオトカゲがつがいで眠れるほどの広さの土地を平らにならさせた。そしてその地面へ様々な色の顔料で丁寧に文様を書き込んでいく。草木、太陽、月、獣……様々なものを意匠化したそれらは複雑に組み合わさりひとつの大きな生き物のような姿を形作っていく。その作業には一昼夜かかった。
     そして儀式前夜、儀式に使う道具を確認していた魔法使いは儀式用の短剣を月明かりにかざし、独白のように呟いた。
    「お前には随分稼がせてもらったなあ。明日でお別れだ、今までご苦労さん」
     そう言う魔法使いはけろりとしており、水を産むための人身御供として家畜一頭潰すことに何の感慨もなかった。報酬が手に入り次第新しい駱駝を買えばいいだけの話である。この駱駝は他の駱駝に比べて多少頑丈ではあったがそれだけであり、別段特殊な能力もなければ愛着もない。次は雌の駱駝でも良いかもしれない、体力は落ちるかもしれないが気性がおとなしいものが多く扱いやすい。
     ……駱駝はただ魔法使いをじっと見ていた。
     その駱駝には意思がある。その駱駝は人間と同じ姿をしており、二足で歩き、両手で道具を扱える。その駱駝は人間と同じように思考し、死を恐れ、そして怒った。
     駱駝の動きはその大きな体躯に似合わず素早かった。伸びた手が、魔法使いから短剣を奪い取る。そしてその短剣の切っ先が魔法使いの胸に吸い込まれるまでは一瞬きほどの時間もなかった。皮を裂き、肉を貫き、骨を削りながら、その鋭いものは魔法使いの心臓をあやまたず貫いていた。
     魔法使いは驚いた顔で駱駝を見ていた。料理中に包丁が指を切った時のような顔だった。なにかを言おうとして、かなわず、魔法使いは地面へと崩れ落ちた。
     駱駝は荒い呼吸を繰り返しながらしゃがみこみ、魔法使いが完全に事切れたことを確認すると、大きく深呼吸をした。
     飼い主は死んだ。駱駝一頭でどうやって暮らしていくのかなど考えていた筈もなく、とりあえず駱駝はもたもたと魔法使いが身に付けている装飾品を剥ぎ取り始めた。売れば当座の生活費にはなるだろう、程度の思考は出来る。
     赤い石のネックレスを首にかけ、華奢な金のブレスレットを手首に巻く。沢山の指輪ははめられるものははめ、サイズの合わないものは布に包んでベルトに結びつけた。
     粗方剥ぎ取り立ち上がった駱駝は華やかな装飾品で全身が飾られ、まるで魔法使いのようだった。


        *  *  *


    「それで、駱駝はどうしたんだ?」
    「さて、どこかへ逃げたんじゃないかな……家畜の顔なぞいちいち覚えられちゃいなかっただろうから」
     最後に深く煙を吸ってから、魔法使いは腰を上げる。懐から取り出した銅貨を店員へ投げ渡す手にブレスレットが揺れていた。
    「もう行くのか」
    「ああ」
     最後に男を見た魔法使いの目は濡れたように黒く、長い睫毛がゆっくりと上下した。
    「じゃあな、楽士さん。良い雨が降りますように」
    「そちらこそ」
     フードをかぶり直した魔法使いの首元で赤い石のネックレスが揺れたように見えたが、その姿はすぐに雑踏の中へと消えた。


    《幕》
    新矢 晋 Link Message Mute
    2018/06/13 18:52:43

    魔法使いの言うことには

    #小説 #Twitter企画 ##企画_熱砂の国

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