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    課外秘資料第一架三段の四:空の知能について 町から車で二時間ほど。街灯もなければ民家もないような僻地にあるその建物は、元々は避病院だったとの噂で格好の肝試しスポットになっていたが、実際のところはただ経営不振で撤退した病院跡地である。
     だが、ここに関する噂の中には、ひとつだけ真実がある。
     『二人連れでここに来ると、どちらか一人は帰ってこない』。
     それは厳然たる事実で、この病院に何人もの人間が飲まれて消えている。怖いもの知らずの大学生も、捜査に来た警察官も、二人連れで来た者はもれなく片方が戻らなかった。
     壊れているのか開きっぱなしの扉の奥は黒々としていて、怪物が口を開いて待ち構えているよう。……その前に、また「二人連れ」が現れた。
    「雰囲気ありますね、私でも感じますよ」
    「そうだな……気配が垂れ流しだ」
     若い女と、年嵩の男である。二人とも黒いスーツを着ており、女の方は傘を片手に下げていた。女はぐっと病院の入り口を睨んでから、男の前へ横向きに傘を持ち上げた。
    「先に抜刀許可お願いします」
     その言葉を受け、男は腕時計を確認する。
    「……一八○一、抜刀許可」
     その言葉が発せられた直後、一瞬きの間さえなく、女の手には傘ではなく刀があった。無骨な、飾り気のない打刀。それを左手に持ち替え腰の横に提げると、女はちらと男の顔を見上げた。
    「ところで吉常さん」
    「なんだ」
    「もう切っていいですか?」
    「……不明者が気になる、少し泳がせろ」
    「わかりました」
     抜きかけていた刀から右手を離した女の視線の先には、……なにもないように見える。だがそこには彼らにだけ見える「もの」がある。ぬるぬると空中を泳ぐように移動する黒いもや。禍々しく不吉な気配のするそれを、彼らは「空」と呼んでいた。
     その空はゆっくりと病院の中へ入ってゆき、見えなくなった。その後に続くように、彼らも病院へと足を踏み入れた。
     ……彼らは「帯刀課」という部署に所属している警察官である。刀を持ち空を斬るのが捜査官、そのサポートをするのが監察官と呼ばれる。ここにいる二人もそれぞれ捜査官と監察官であり、女が捜査官の千々輪カタリナ、男が監察官の加藤吉常である。
     現在二人は病院の廊下を進んでいた。静かな建物内に二人分の足音が響く。空気はひんやりとしていて、床には埃やガラスの欠片、それから肝試しに来た人間が残していったのだろうゴミが散らばっていた。
     先程病院へ入っていった空の気配を追う。薄暗い廊下はどこか不吉な場所へ二人を誘うようだった。……到着したのは地下へ向かう階段の前である。
    「……暗いですね」
     そう言うとカタリナは背負っていたボディバッグから取り出したヘッドライトを装備した。側頭にライトがある形状のもので、軽く頑丈、激しい動きに対応可能。市販のものではなく、帯刀課の開発した品である。
     階段を降りてゆくと気温がぐっと下がる。ここまで入って来る人間は少ないのか、ゴミのたぐいは減った。壁の案内図を見ると地下には資材室や機械室など裏方にあたる施設が配置されており、なかでも広いスペースを占めているのは放射線治療室だった。
     端から順にクリアリングしていき、放射線治療室の前まで来たところで二人はどちらからともなく動きを止め、顔を見合わせた。
     ──いやな予感がする。
     吉常が軽く頷き、一歩下がって札を構える。そしてカタリナが片手を刀の鞘にかけた状態で慎重に扉を開けた。
    「ッ、」
     室内の様子がわかった瞬間、カタリナは息を飲み、唇を噛んだ。放射線治療室には恐らく行方不明者のものだろう荷物が散乱しており、床にべったりと血の跡が残っていた。食べ残しか非常食か、まだ手付かずの死体がひとつ転がっている。それに歩み寄り自分のジャケットを脱いでかけようとしたカタリナは、ふと眉を寄せ死体に触れた。
    「……まだ息があります! 医療班を呼びますね!」
     医療班の出動を要請するカタリナを横目に、吉常は部屋の中を観察していた。……何か違和感がある。空は単純な本能で動く存在だ。人間を捕らえたなら捕らえただけ食べてしまうのが普通だろう。ではこの生き残りはどういうことだ?
    「とりあえず外に運びましょうか、」
     連絡を終え振り返ったカタリナは眉を寄せ、周囲を見回した。吉常の姿がない。どこかへ移動したなら足音なり動く気配なりがする筈だがそれもない。
    「吉常さん?」
     空避けの札を被害者の周囲に配置してから廊下に出て、近辺を一通り確認しても誰もいない。空気は澱み、しんとしている。カタリナの表情が徐々に険しくなり、再度本部へと連絡を取る。
    「緊急事態です。加藤吉常監察官が消えました。……いえ、空の姿は確認出来ていません。……はい。……、……はい……わかりました」
     カタリナは発見した被害者を背負い、一旦病院の外へと向かった。表にそっと寝かせ、その隣に立つ。落ち着かなげに何度も刀を持ち替え、病院を見る。今すぐにでも探しに行きたいのは山々だが、まずはこの被害者をどうにかしなければならない。
     ──応援が到着するまで単独では動かないこと。
     指示を何度も頭の中で繰り返し、永遠にも思える時間を待つ。彼はベテランの監察官だ、なにが起こっているにしてもある程度は耐えしのぐ筈である。……そう信じるしかない。
     医療班が到着する頃にはカタリナの我慢は限界にきており、職員に被害者を引き渡すや否や駆け出した。
    「こらっ待ちなさい! あと十五分くらいで監察官も到着するから!」
    「十五分あれば人は死ぬ!」
     引き留める声を振り切って、カタリナは病院の中へと、その闇の中へと姿を消した。




     通信機は沈黙している。舌打ちをし、吉常は手元の札の数を確認した。まだ余裕はある。
     恐らく空の能力でいずこかへ隠されかけた吉常は、咄嗟に抵抗することによって病院内のどこか別の場所に放り出されていた。空は複数いるようで、身を隠しながら入り口であろう方向へ向かうも思うように移動することすらままならない。……監察官には刀が無い。つまり、空を滅ぼすことは出来ないのだ。
     最終的に病室のひとつに身をひそめた吉常は、部屋に陣を敷くように札を配置して空が自分を認識できないように、近寄れないように結界を張った。下手に移動して空と交戦状態になるよりも、救助を待つ方が現実的だと判断したのだ。
     窓の外を見るに恐らくここは二階のどこかで、一階から順に探していくとすればここの調査は遅れるだろう。長期戦を覚悟した吉常が腰を降ろそうとしたとき、不意に廊下の方から声がした。
    「吉常さあん」
     己を呼ばわる彼女の声。移動しながら発せられているだろうそれに、だが、吉常は動かなかった。
    「吉常さあん」
     繰り返される呼び掛けは徐々に近付いてきて、扉のすりガラスの向こうをなにかの影が通りすぎていく。それでも吉常はじっと息をひそめ、険しい表情で扉を見ていた。……廊下から感じるのは人間の気配ではない。もっと不吉で不愉快なそれは、……空の発するものだ。
    「吉常さあん」
     そもそもこんなに早く彼女が捜索に来る筈がない。発見した被害者の救助を優先してしかるべきであるし、医療班が到着するまで被害者から離れることも出来ない。距離を考えると──緊急車両で飛ばしたとしても──到着まで一時間以上はかかる。
    「吉常さあん」
     彼女、カタリナは状況により極端に衝動的になる人物ではあるが、平時は冷静な判断も出来る。要救助者から離れたりはしないだろうし、本部から下るだろう「応援が来るまで動くな」という指示に従う筈だ。
    「吉常さあん」
     遠ざかってゆく声に細く息を吐き出した吉常は、結界の調整をしてから今度こそ腰を降ろした。
     擬態、模倣。
     空は本能で動く存在ではあるが、タコでも擬態はするし、ある種類の鳥は道具を使う。それを考えれば空が人間を補食するために多少狡猾な行為をしてもおかしくはない。今の声はいわば疑似餌、人間を釣って食べるための戦略だろう。なかなか貴重な事例である。帰投次第報告書にまとめるか、などと考えながら待機する吉常は状況に反して落ち着いていた。
     イレギュラーなら何度も経験してきた、その度切り抜けてきた、だから彼は今生きてここにいる。
     ……しばらくして、吉常はふと顔を上げた。そのまま音もたてずに立ち上がる。廊下を複数の影が通りすぎてゆく。扉まで近付き気配を探ると、空がある方向へ向かって一斉に移動しているようだった。
     完全に周囲から気配が消えたところで病室の扉を開け、廊下に出る。空はいない。気にはなるが監察官単独で空をどうこう出来るわけでもない、脱出を優先させるべく移動を始めた吉常は途中、空の気配が近付いてくるのに気付いて素早く身を隠す。
     小型の空が吉常に気付かず通りすぎてゆき、向かう先を確認すると非常階段があり、その踊り場に空が何体か集まっているのが見えた。……何かを取り囲んでいるように見える。空の合間になにかが光るのを見て、吉常は苦い顔をした。
     刀だ。
     刀の軌跡と、ほぼその場から動かない人影。仁王立ちのような状態で、最低限しか動かず──動けず?──空を切り続けているのは、千々輪カタリナ捜査官そのひとだった。……援護があるようには、見えない。
     ──追加の監察官を待てなかったのか……!
     想定の範囲内ではあるが好ましい状況ではない。吉常は走り出した。まだ距離がある、どころか高度も違う。現在吉常がいるのは二階、カタリナがいるのは二階と一階の間にある踊り場だ。なんとかその場を切り抜け広い場所へ出たい様子のカタリナだが、囲まれ進路を塞がれてはそれも叶わない。
     あの場を切り抜けさせるのが監察官の仕事だ。
     吉常は非常階段へ踏み込み、カタリナの目がこちらを確認しただろうタイミングで札を投げた。ばちん、と空の一体がその攻撃を弾かれて怯む。その一瞬の隙を突いてカタリナは一気に非常階段を上って二階へと飛び込んだ。
     そして振り返り様に追ってきた空を切り捨てる。
     きちんとした足場と刀を振るえる間合い、そして監察官の援護さえあれば押し負けることはない。先程までの劣勢が嘘のように空は散らされ、一息つくとカタリナは吉常を見て目を細めた。
    「見付かってよかった、大事ないですか?」
    「見ての通りだ。……それよりカタリナ、どうして一人なんだ」
    「ええと……院内に吉常さんがいるんだから、単独行動ではないですよね?」
    「屁理屈を言うな」
     冷静に詰問され、カタリナはしゅんとした様子で眉を下げた。吉常はひとつ溜め息を吐いてから頭を振る。
    「まあいい、反省は帰ってからだ。最後に全体をクリアリングしてから戻るぞ」
     吉常が通信機を弄ると、今度は問題なく動いた。どうやら空の影響だったらしい。そこから本部へ連絡を入れる。
    「加藤吉常監察官だ。千々輪カタリナ捜査官と合流した。空はある程度散らしたが、再度敷地内を調査してから帰投する」
     通信を終えてから、行くぞ、と促されて慌てて歩き出すカタリナの後ろ姿はどこか犬に似ていた。


      ※  ※  ※


     K病院跡地連続失踪事件について、空の犯行であると断定。千々輪カタリナ捜査官と加藤吉常監察官を派遣する。
     現地で発生していた空は知能が高く、捜査官の声を真似する、被害者の一人を捜査官たちへの餌として使うなどの行動を確認。数はおよそ十、形状は小型~中型、二足歩行タイプも少数存在。
     一時加藤監察官が空によって隠され単独行動を強いられるが、129分後に千々輪捜査官と合流、空の掃討を完了。
     発見された生存者一名は回復傾向にあり、空による汚染も洗浄可能なレベル。病院跡地については取り壊しを要請中。
     以上をもってK病院跡地連続失踪事件の捜査は完了とする。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/06/28 19:44:39

    課外秘資料第一架三段の四:空の知能について

    #小説 #Twitter企画 ##企画_帯刀課
    とある廃病院を捜査する帯刀課の話。

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