3月9日【3月9日】
この近所で立ち退き工事が行われるらしい。
この辺りは桜の名所で、春になると花見のためにたくさんの人が訪れる場所である。中でも一際大きな桜は、老若男女全ての近隣住民から親しまれていた。
その桜も全て切り倒されると聞いて、子どもたちはどうか桜を守ってくださいと毎晩祈り続けていた。
ある晩のことだった。桜色の髪をした背の低い少女が、一本の若い桜の前に立ち、それを愛しそうに眺めていた。
「この若木、大桜の子なのよね。子ども達の願いを叶えるために、この子だけでも守ってあげましょう」
そして、大きな桜を振り返った。
「じゃあ、あちらは要らないわよね」
大桜に歩み寄ると、彼女は手を上に翳す。夜空を青い光が一閃して、激しい音を立てた雷が桜に落ちた。
少女は満足げな顔をして、どこかへ消えた。
偶然にもその一部始終を見ていた私は、すぐさま近くの家の人々を叩き起した。そして、火事が起こったから早く逃げろと伝えた。人々は取るものも取りあえず逃げ出した。
轟々と燃える桜の炎は近隣の家へとあっという間に燃え移った。避難所へと向かう人々に混じって、私は流れに逆らって反対方向へと走った。
「どうして逃がしてしまったの?楽しもうとしていたのに」
背後からびりびりとした圧倒的な気配を感じて、振り向く。あの少女がいた。
「神の邪魔をするなんて、言語道断よ」
少女がこちらに手のひらをこちらに向けると、あのときと同じ光が瞬いた。
逃げようがない。
「燃えてしまえ!」
目を開けていられないほどの光に包まれた。