奈落の砂時計気付けば、深い深い闇の中。周りを見渡せば、大小の砂時計。その砂時計の中に、ひび割れてしまったのもあるのか白い砂がこぼれ落ちているのもあった。白い砂を一掴みし、サラサラと砂を落とす。ほんのり暖かい感じがする砂を、自分の手からサラサラ・・・・・・サラサラ・・・・・・と落とす。
「砂遊びとは、なかなか肝が据わってるな」
ビクッと身体が跳ねた。そりゃそうだ気配を感じ無かった。慌てて振り向くと、フードを被った・・・・・・男? 女?
「え・・・・・・えっと?」
「ああ、気にせずに? そのまま砂遊びをしてても構わないぞ? どうせ、ここは深い深い奈落の底だからな。娯楽なんて何もないからな」
「・・・・・・奈落の底? どういう事だ?」
「言葉の意味そのままだ。ここは奈落の底。深い深い奈落のな」
唯一見える口元は、皮肉に歪ませる。全てを嘲り笑うような微笑みに、私は不快感を示す。
「まぁ、そこで砂遊びをしたいなら構わないが。アンタには、一仕事して貰わないとな」
「仕事?」
「そうさ。仕事。僕には出来ない仕事を、アンタがやるのさ。そのために、ここに呼ばれたんだからな」
「・・・・・・」
訳の分からないままで、その場に留まるよりかは良いだろう思いフードの君に着いていくことに。・・・・・・決して、砂遊びしてるのを揶揄されたからではない。断じて。
フードの君とも呼ぶのも面倒なのもあり聞いてみた。
「なぁ、名前は無いのか?」
「名前? んー? 合っても無いようなもんだ。呼ぶ奴は居ないから」
心底めんどくさそうに言うと、口元しか見えない顔をこちらに向けて笑う。
「アンタが呼びたいように呼べばいい。どうせ一時の話さ。アンタが呼びやすいように、呼べばいいさ。僕には名前なんて必要ないんだからな」
「・・・・・・必要がないなんて言うな。それは、とても寂しいことだろう」
「はっははは! こんな闇しかないのに、誰もいないのに、名前なんて付ける方がどうかしてると思うけどな。・・・・・・んじゃあ」
くるりと此方を振り向く。そして、チェシェ猫のようににんまりと笑う。
「僕の事は、シルベと呼んでくれ」
「シルベ?」
「そうさ。僕は案内人だからな。そして、ここは奈落の底。深い深いふかぁあい奈落の底。その深い闇の中を案内するんだからな」
何処に隠していたのか、ランタンを取り出して光を灯す。ようやっとフードの君-もとい、シルベの全容を知ることが出来た。薄らぼんやりと、顔は覆われてるとは思っていたが、身体全体を覆うようにポンチョみたいのを羽織っていた。ただ、袖も足元も見えないくらいの長さのだが。袖に隠れた手で、器用にランタンを持ち、身長は自分より少しだけ小さい位なのかも知れないと言う事しか分からない。シルベにとって、性別など関係ないのかも知れない。
「さて、行こうか。さっきも話したが、アンタには一仕事してもらわなきゃならない。そこまで案内してやるよ、何処か行かないようにキチンと導いてやるさ」
サクサク・・・・・・・・サクサク・・・・・・・・
砂が混じるので、そんな音を鳴らしながらシルベと共に深い奈落の底を歩く。景色なんて変わらないままで、壊れたものや大小様々な砂時計がある闇を、シルベが持つランタンだけを頼りに歩く。
目の前を歩くシルベの灯りがユラユラ揺れる。その後ろ姿を見ながら、ぼんやりと考える。
(何故、僕はここに居るのだろう? 気付けば、ここに居た。シルベの言う通りなら、奈落の底・・・・・・・・何故)
サクサク・・・・・・・・サクサク・・・・・・・・サクサク・・・・・・・・
思い出せない事を考えながら、変わらぬ景色と砂を踏む音、ユラユラ揺れる灯りを見つめながら歩き続けた。
「着いた」
「ここが?」
「そうだ。ここまで導くのが、ボクの役割だったからな」
スイッとランタンを掲げ、シルベは示す。そこにあったのは、今まで見てきた中で一番大きい砂時計だった。一定の砂が落ちきると、再びひっくり返して砂を落としていく。それを永遠に繰り返していた。そして、一際目を引くのは、その砂時計の中には、沢山の白い花が咲いていた。砂が落ちる度に白い花も落ちていく。
「・・・・・・・・綺麗だな・・・・・・・・」
「そうだろう。この花は人間の命だ」
「人間の命?」
「ああ。花が枯れるとき、その人間の命が尽きた時。枯れた花は、そのまま砂へと変わる。そして、新たな花が芽吹き、再び花が咲く。この中で永遠に繰り返されるのさ」
「魂じゃないんだな」
「そんなもんじゃないさ。これは人の命の道標、それぞれの寿命を表しただけの花であり、砂時計だ。それだけだ」
シルベがくるりと、此方に向き直る。ランタンを目線まで掲げ、口元はチェシェ猫のように歪めていた。
「さて、ここからアンタにしか頼めない仕事だ」
「・・・・・・・・・・何をすれば良いんだ・・・・・・・・・・?」
「なぁに、何も難しいことをさせようとしてる訳じゃないさ。至極簡単な事だ」
巨大な砂時計の前で、祈りを捧げるようにと言われたので、何に対して祈れば良いのかと問うと・・・・・・・・。
「なんでもいい」
「なんでも? 流石に、無責任じゃないのか?」
「神に祈る訳じゃないんだ。だから、何に対して祈っても問題はない。祈る、そのポーズが大切なんだ」
シルベは「ほら、さっさと祈る」と急かすので、言われたとおり形だけ祈るポーズを取る。
(何に対しても・・・・・・・・か。なら、私は)
脳裏に浮かぶのは、私が愛した人。誰よりも誰よりも愛しい人。愛しくて、愛しくて。私だけの愛しい人。
(あぁ、アナタに会いたくて仕方がない。アナタは、何故側に居ないんだ)
祈る手に、力が入る。気付けば、奈落の底とか訳の分からない場所で、シルベと名乗る訳の分からない人間に連れてこられた先は、花が咲き乱れる巨大な砂時計の前で、愛しい人を思い浮かべて形だけの祈りを捧げる。滑稽だなと思いながらも、愛しい人への想いは募る。
「頃合いだな。もう、やめていい」
どの位祈っていたのか。シルベのその一言で、やっと姿勢を崩せた。腕も膝も、同じ体勢をしていたから、少し痺れてる上に痛い。
「これは何の意味が合ったんだ?」
「意味なんて無いと言ったはずだが?」
「本当に? ただ、無意味に祈らされただけか?」
「疑り深いな」
「同然だ。目覚めたら、訳の分からない場所で、シルベ。君の案内でここまで来た。それで、形だけの祈りを捧げた・・・・・・・・何もかもが意味が分からないだろう」
「意味ねぇ。・・・・・・・・くく、意味はあるさ」
シルベの持つランタンが、顔の近くまで近付けられる。ランタンの中で揺らめぐ炎、それは何処か青白く見える。
「この炎は、アンタの命。そして、炎の色が青白く燃えている。アンタの命は、ここで尽きる」
「・・・・・・・・は・・・・・・・・?」
そう呟いた瞬間。足首に何かが絡まり、引き倒された。
後ろを振り向くと、砂時計の中から、黒い影のようなものが伸びていた。それは複数に分かれていて、此方に手を伸ばしていた。
「なんだ! なんだ、これは!! シルベ!! シルベ!! どういう事だ!!!!!」
「どういう事も何も。これが“アンタの仕事”だよ。アンタは、この砂時計に捧げられたんだよ。おめでとう、生贄君」
シルベは心底楽しそうに、笑っていた。それは純粋に喜んでいる弾むような声で。
「アンタが祈ったとき。愛しい人間を思い浮かべただろう? その愛しい人間が、こうなることを望んだんだ」
砂時計の方に身体を引っ張られる。掴めるものが無いかと砂をかきむしりながら、「離せ! 離せ!! 嫌だ!!! 嫌だ!!!!」と力の限り叫んでいる所に、シルベの声が届く。
「アンタは利用されただけ。この砂時計は、生贄と引き換えに願いを叶えるもの。そのために、アンタは選ばれたんだ。消えても支障がないやつだとな。そして、これが最後の生贄」
その言葉を最後に、意識は途絶える。
最後の生贄を取り込んだ砂時計は、ひときわ大きな花を咲かせた。
「くく・・・・・・・・ふふ、ふは・・・・・・・・はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その花に負けじと、シルベは両手を広げて笑い声を上げた。今までのチェシェ猫のような道化た笑いではない。心の底から嬉しいと言わんばかりの声で。
「やっと! やっとだ!!! やっと願いが叶う!!! はっははははははははははは!!!」
砂時計に近付き、硝子に頬をくっつけて恍惚な笑みを浮かべる。
「あぁあ、やっと逢える。やっと逢えるよ・・・・・・・・これで、一緒になれる。もう、これからは離さないよ。永久に一緒にいよう」