可愛い罪で串刺し死刑「ねえ私の事可愛くないの?」
「うるせー死ね!」
可愛い恋人は、そう言って私を殴り殺した。
幼少の砌より可愛い可愛いと言われ育ったこの私を、ロナルド君は可愛がらない。付き合い始めて早数か月、そろそろ甘い言葉の一つや二つかけてくれてもいいはずなのに、全くその兆しがない。それどころか頻繁に殺傷してくる。何故? 真剣に意味がわからない。完璧な存在である私を可愛がらない理由、そんなものこの世界中のどこを探しても見つからない。虚弱さを補って余りあるこの可愛さ。この特別さ。ヴェルタースオリジナルも顔負けのこの特別さ。そう、私は特別な存在なのだ。それなのにあの童貞サイコパスハムカツゴリラときたら、
「ねえ、私って可愛いよね?」
「は? 寝言は寝て言え!」」
「ウワー!!!!!!!!!!!!!」
そう言って拳を飛ばしてくる。向こうから告白してきて付き合っていると言うのに、だ。これが乙女ゲーだったら「ふーん、おもしれー男」とかってなるんだろうが私はならない。超絶可愛いこの私を可愛がらないこの男、赤の他人ならまだ一億歩譲って許せるが、驚くことに彼は私の恋人である。超絶可愛いこの私を? 恋人であるロナルド君が? 可愛がらない? 意味が解らない真剣に解らない全く面白くない。なのでちょっと、賭けに出ることにした。
「ねーえロナルド君」
「なんだよ忙しいんだよ殺すぞ」
あたりがつよつよのロナルド君はキーボードを叩く叩く。例のごとく締め切りに追われているようで、ドライアイまっしぐらな感じで瞬きもせず険しい顔でパソコンの画面を睨んでいる。もし私が理解ある良い恋人だったら、構って欲しいのをぐっと堪えて「頑張っていて偉いね。お仕事お疲れ様」とかって温かい飲み物でも差し入れするんだろうが、私を可愛がらない彼を理解する道理などないのでこれから彼を煽る煽るぞとネグリジェ姿で机に肘をつき上目遣い。
「……私のこと可愛くないの?」
「うるせー死ね!」
コンマ一秒の速度で拳が飛んできて即死即死即死。うっそありえない上目遣いの私可愛いでしょ意味わかんない。しかしめげない挫けないなぜならドラドラちゃんは強い子だから、DV彼氏になんか屈しないし絶対に可愛いと言わせてみせる。気合で再生しながらちょっと涙目で次の台詞を準備する。あめんぼあかいなあいうえお。さて童貞サイコパスゴリラはどんな反応を示すか。
「私別の人の所に行くよ」
そう言うと、ロナルド君はやっとこっちを見た。鋭い視線がぐさりと刺さる。ドライアイで血走った目と目が合って、わあ赤い目どうしお揃いだおめめが赤いなあいうえおなんて思ったけれど顔が怖すぎて咄嗟に言葉が出てこなかった。
「……今なんつった」
地を這うような声で言われて背筋に悪寒がぞぞぞぞぞ。しかしここで負けたらそれすなわち敗北なので、私は紫の薔薇が貰えそうな演技力で、とびきり悲しそうな声を出した。
「だって、ロナルド君、可愛いって言ってくれないんだもの……」
「……」
「知ってると思うけど、私ずっと可愛い可愛いって育てられてきたから、それがないのはちょっと、」
「……いや、俺が言わなくても親父さんとかが言ってくれるだろ」
「……君だから、言われたいんじゃないか」
「は?」
「いや、だから、恋人だから、特別な存在だから、可愛いって言われたいんだ」
涙で目を潤ませて上目遣いで眉はちょっと下げていつもより気持ち高めの声でそう言うと、ロナルド君は無言でのそりと立ち上がった。立ちましょらっぱでたちつてと。うわあ何何怖い怖い怖い私今から何をされるの? なんて思っているうちに唇を唇で塞がれた。
***
あー可愛い可愛い可愛いな俺のドラ公は。クッソ畜生なんでこんなことに……。
本当に何故自分でもこんな事になっているのか真剣に意味がわからないのだが、ドラ公が可愛い。あのガリガリクソ雑魚砂おじさんのどこに可愛い要素があるのかと聞かれたら返答に困るのだがとにかく可愛い。抱きしめて頬ずりして顔じゅうにキスしたい。けれどしない。何故ならそれすなわち敗北だから。そもそもは告白した時点で俺の負けなのだ。何故かうっかり惚れてしまって、ドラ公を目で追う日々日々日々。この気持ちは墓場まで持っていって無かったことにするぞと決めていたのに、何かの折に好きの気持ちが溢れて飛び出してついうっかり言語化してしまった。作家の悲しい性。好きだ、ドラ公、お前の事が。
するとドラ公はさして驚きもせず、まあそうだよね私完璧な存在だしなんてクソムカつく台詞を吐きつつ、いいよ付き合おうなんて殺傷力の高い台詞で俺を串刺しにした。吸血鬼なだけある。完全敗北だ。
だからこれ以上負けは重ねられない。好きとか愛してるとか可愛いとか、ちょっと気を抜くと甘い言葉が無限に溢れ出るから常に眉間にしわを寄せて集中集中。話しかけられる度心臓が跳ねて言葉が零れそうになるから、そうなる前に奴を殺す。殴って殺す叩いて殺す投げ飛ばして殺す殺す殺す。それで万事オーケー何の問題もないと思っていたのだが問題しかなかった。
「ねーえロナルド君」
地獄の原稿執筆中、寝間着姿のドラ公が可愛らしく話しかけてきた。ねーえって何だよ可愛いな。しかし視界に入れると気持ちが溢れて止まらなくなるので俺はあえて画面を睨む睨む睨みながら「なんだよ忙しいんだよ殺すぞ」と早口で言う。こっちは二徹してんだよふざけんな。するとドラルクは俺のすぐ傍に肘をついて、上目遣いで「私のこと可愛くないの?」なんて宣った。いや可愛い可愛い可愛いが? 世界一宇宙一可愛いが? 上目遣いって何だよずるいわ無理だわ殺すわと反射的にドラ公を撲殺。これで事なきを得た。
事なきを得ていなかった。ドラ公はゆっくりと再生すると、お通夜みたいな声で「私別の人の所に行くよ」なんて呟いた。なんてなんてなんて? このまま無視を決め込むつもりだったが流石に顔を見ざるを得ない。……うわ、ドラ公が視界に入った。可愛い無理好き。
反射的に殺しそうになったが今それをやると流石に洒落にならないと分かるのでぐっと堪えて静かにドラ公に問いかける。
「……今なんつった」
「だって、ロナルド君、可愛いって言ってくれないんだもの……」
「……」
「知ってると思うけど、私ずっと可愛い可愛いって育てられてきたから、それがないのはちょっと、」
「……いや、俺が言わなくても親父さんとかが言ってくれるだろ」
「……君だから、言われたいんじゃないか」
「は?」
「いや、だから、恋人だから、特別な存在だから、可愛いって言われたいんだ」
そう言って目を潤ませるドラ公。そしてやっと気づいた。天啓天啓天啓! そうか! 恋人は! 殺しちゃいけなかったんだ! いやまあそりゃそうかっていうか実は薄々わかってたんだけど悔しかったんだよ! ドラ公に可愛いって言うのが! なんかあいつの手のひらで踊らされてるみたいで!
しかしすべては間違い大間違い。俺はのそりと立ち上がると、ドラ公の顎を持ち上げキスをした。
「……ろ、ロナルド君?」
ゆっくりと唇を放すと、これまで押さえつけていた感情が次から次に湧き出してきて、全身を駆け巡った。ドラ公、ドラ公、ドラ公、好き、好き、好き、可愛い、可愛い可愛い可愛い可愛い――
「……かわい」
「え?」
「可愛いよ、ドラ公、ドラルク」
そう言いながら頬に額に首筋にキスをする。溢れる溢れる感情が流れ出して止まらない。青白い首筋は唇を落とすとひんやりとして心地が良い。舌先でちろりと舐めるとドラ公はひゃっと可愛い声を出して身をよじった。可愛い。
「ちょっと、やだ、何する、」
「……嫌?」
右手を絡め取りながら真っすぐ視線で貫くと、ドラ公は見たことのない表情で目を泳がせた。可愛い。
「いや、じゃ、ないが、」
「可愛いな」
「うえ、」
「可愛い、好きだよ、ドラルク」
そう言ってぎゅっと抱きしめると、ドラ公はきゅうと猫みたいな声を出して死んだ。それすら可愛い。
「……」
「……」
「……なんで死んだ?」
「……恥ずかしくてだよ! バーカ!」
「可愛い。可愛いなぁ! ドラ公!」
一度決壊したダムは無限に感情を吐き出し続ける。ドラ公、可愛い、可愛い、可愛い。塵に手を突っ込んでこねくり回す。さらさらした触感。それすら可愛い。
「あっ、ちょ、やめ、やめろ! やだ、どこ触って……!」
塵のままぴすぴすと抗議の声を上げるドラ公。喘ぎ声みたいで可愛いなこのままブチ犯してやろうか。なんて思っていたら、突如とんでもない殺気が俺を突き刺した。
「!?」
「お楽しみの所申し訳ありませんー。原稿を頂きたいのですがー」
死んだ。俺は死んだ。原稿遅延罪ではりつけ死刑。恋人も死んでるんだから、これでお揃いだなんて笑いたかったが漆黒の編集者がそれを許すわけもなく、俺は亜空間に引きずり込まれた。良い人生だった。合掌。
END