好きだ好きだと言いながら ねえ、最近の若者ってみんなこうなの?
180歳年下の退治人と付き合うことになったのが約一月前。私がどこかに出かけようとする度、どこへ行くんだ、誰と会うんだと逐一確認してくるロナルド君。あまりの鬱陶しさに「なんだお前は、彼氏か?!」と声を荒らげたら、目からじゃばじゃば涙を流して「彼氏にしてください……」と言われ、何故か咄嗟に頷いてしまい、本日に至る。いや、なんか、自分でもよくわからないのだが、断れなかった。だって日頃私をクソ雑魚砂おじさんとかって馬鹿にしてくる男が、アホみたいに泣きついてくるんだもの。そんなの面白すぎて断れる訳がない。
しかし、今現在私は後悔している。あれは断るべきだった。ロナルド君からの束縛は、日増しに悪化の一途を辿っている。まず出掛けるときは必ず行先と誰と会うかを告げて、いってきますのキスをしてから(しないと機嫌が悪くなる)出かける。帰りが少しでも遅くなるとラインがぽこぽことんでくるし、キレ気味に迎えに来る時もある。そもそも私とロナルド君は生活リズムが違うのだから、私の行動の全てを把握するのは至難の業だ。それなのに彼は貴重な睡眠時間を削ってでも私を手元に置きたがる。
先日も、ほんの少し遅れて帰ってきただけで、ぶん殴られて殺されて再生したところを抱きしめられて顔中にキスされた。どんな精神状態なんだよといささか心配になってくる。
日増しに濃くなって行く目の下の隈。煙草の匂い。よくない、これは本当によくない。彼にとってもだし、当然、私にとっても。毎日鎖に繋がれたような生活。正直ちょっと、限界だった。
「ロナルドくんさぁ、禁煙中じゃなかったっけ?」
「あ?」
目の下にがっつり隈を作って、煙草を咥えながらキーボードを叩くロナルド君に話しかける。あまりにもガラが悪い。私じゃなかったらびっくりして死んでいるだろう。
「何でそんななっちゃったの」
「そんなって何だよ殺すぞ」
あたり強ーい。超絶キュートなドラドラちゃんが優しく声をかけてやってると言うのに、何だこの態度は。こんな空気の悪いところには居たくない。なので今日は、ちょっと出かけることにした。
「私ちょっと出かけてくるから」
そう言うと、ロナルド君はやっとこちらを見た。
「何処に誰と何時まで何のために」
「息継ぎして息継ぎ」
「何処に?」
「特に決めてないけど」
「誰と?」
「だから決めてないって」
「何時まで?」
「だから! 決めて! ないって!」
「何のために?」
「君が! ……いや、ちょっと、退屈だから」
「……じゃあ構ってやるよ」
小さく呟くと、ロナルドくんはのそりと立ち上がった。いい! いい! 重い腰を上げなくていい!
「いいよ! ロナルド君最近疲れてるだろ!?」
「遠慮するなよ……可愛がってやるから……」
「ワー! 求めてない! 求めてない!」
「なんだよ、俺の事好きじゃねえの……?」
「好きだけど、あんまり束縛すると嫌いになるぞ!」
そう言うと、ロナルド君は隕石が落ちたみたいな顔をした。えっその可能性を想像しなかったの……? 馬鹿なの……? 童貞パワーえげつないな……。
「とにかく! ちょっと出かけてくるから! 暫く放っておいてくれ!」
「ドラ、」
「連絡するなよ! 追いかけてくるなよ! さもなくば別れる!」
ロナルド君の言葉を勢い良く遮って、事務所を脱出した。やった! 久々の自由だ! せっかくだしスマホの電源も切っておこう。これで若造も少しは懲りるだろ……。
そして私は、久々の自由時間を噛み締めた。
「やあムダ毛フェチさん」
「その呼び方やめろ。……この時間に会うのは久しぶりだな」
「うん。ちょっと束縛系彼氏に捕まってて〜」
夜の新横探検を終えて、一息つこうとギルドにやってきた。ショットさんの言う通り、この時間に来るのは久々だ。早く帰ってこいと5歳児がうるさいから。でも、今日は自由なのでなんの問題もない。
「束縛系彼氏って……ロナルド?」
「そう。他に誰がいるの?」
「はー、ロナルドって、そうなのか、はー……」
「大変だよ。毎日毎日どこに行くんだ誰と行くんだって。行ってきますのキスとかおかえりのキスとかおやすみのキスとかしないと不機嫌になるし」
「うわー知りたくなかったー」
「俺のこと好き? って1日5回は聞かれるし、やたらと身に着けるものプレゼントされるし、使わないと不機嫌になるし、どれだけ構ってやってもなんか物欲しそうな目で見てくるし」
「き、聞きたくねぇー! ……っていうか、大丈夫なのか? 帰らなくて。心配してんじゃねえの」
「いいんだよさせておけば。これで若造も少しは反省するだろ。……しっかし、何がそんなに不安なんだろうねえ」
聞かれればちゃんと好きだと答えている。キスだってしている。棺桶だって置きっぱなしだ。私がどこかに行くなんてありえない。なのに、何がそんなに不安なんだか。
すると、すぐ近くにいたマリアさんが話しかけてきた。
「……ドラルク。お前、身体は許したのか?」
「ハ?!」
「よせよマリア、想像したくない……」
「だってよぉ、自分のものにならないから不安なんだろ?」
マリアさんの言葉に、思わず目を丸くする。お付き合いしますって言ったんだから、それはもうそういう事なんじゃないの……?
黙っていると、私の意思を汲み取ったのか、マリアさんが注釈を加えた。
「やっぱさぁ、手籠めにして初めて自分のものにした、みたいなのはあるだろ。付き合ってるっつったって、そんなふわふわした関係のままじゃ、お前がどっか行っちまいそうで不安なんじゃねえの」
「ええ、でもロナルド君が好きなのって、巨乳のお姉さんなんでしょ? 自分で言うのも何だけど、こんなガリヒョロのこと抱きたいと思うかね?」
「知らねーけど、ロナルドが好きになったのはお前だろ。好きだと抱きたいって思うだろ。そういうもんだろ」
そういうもんなのか。目から鱗が落ちる、とはこの事かもしれない。マリアさんとショットさんに短く礼を言うと、私はギルドを後にした。
居住スペースの扉をそっと開けると、ロナルド君はソファの上でしょぼしょぼと丸くなっていた。
「……ロナルド君?」
「ど、どら?!!!?!」
私の姿を認めると、ロナルド君は両目から滝のように涙を流しながら飛びついてきた。当然死んだ。
「ゴリラタックルやめろ!!」
「だ、だって、もう帰ってこないかと、」
塵を抱き締めながらえぐえぐと泣きじゃくるロナルド君。棺桶は置きっぱなしだし、ジョンもいるのに、帰ってこない訳ないじゃないか。そんな事もわからないのか。そんな事もわからなくなるくらい、私が不安にさせてしまったのか。
なんとなく罪悪感を覚えて、その背中に手を回す。どらこう、どらこうとしゃくり上げる大きな5歳児。その広い背中を、安心させるように撫で擦った。
「ごめんね、不安だったね」
「……お、おれのこと、きらい?」
「もー、好きだっていつも言ってるだろ」
「だって、おればっかり、いっつも俺ばっかり、お前から、言ってくれたことないじゃん」
「……そうだっけ?」
「そうだよ! お、俺が勢いで告ったから、いやいや付き合ってくれてるだけなんじゃないかって」
そう言ってぐしょぐしょと泣き続けるロナルド君。自己肯定感が低い低いとは思っていたが、まさかここまでとは。
しかし確かに、ロナルド君の言う事にも、思い当たる節があった。告白されて、何か面白そうだから付き合う事にしたけれど、彼に対する自分の思いについては、あまり考えたことがなかった。聞かれるままに好きと答えて、求められるままにキスをした。私は彼の事を、どう思っている?
暫く無言でいると、ロナルド君が不安げに見つめてきた。涙で潤んだ綺麗な青い瞳。そうか、これはもう、私のものなのか。そう思うと、心臓がきゅっと締め付けられた。
「……い、一度しか言わないから、よく聞けよ」
濡れた頬に両手を添えながら、青い瞳と視線を合わせる。心拍数が上がるのを感じる。200年以上生きてきて、初めての感覚だった。悪くない。悪くない感覚だ。やっぱりロナルド君は、いつだって私を楽しませてくれる。
「好きだよ、ロナルド君。大丈夫。私は君のことがちゃんと好きだ」
「……ほんと?」
「本当だとも。君のその青空のような瞳も、抱き寄せてくれる太い腕も、優しくキスしてくれる唇も、優しすぎる性格も、不器用すぎる所も、何もかも全てが愛おしい。……初めてだよ。私の200年の人生で、こんな風に思える相手と出会ったのは」
口から流れ出る言葉を聞きながら、自分の想いを再確認する。うわあ、私って、こんなにも君のことが好きだったんだ。
ロナルド君は顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせた。おそらく、私も同じくらい真っ赤なんだろう。あー、恥ずかしい、恥ずかしい。もうダメ、これでおしまい!
「……と言う訳で」
「?」
ロナルド君がきょとんとした顔でこちらを見る。あー、可愛いな。私の恋人はなんて可愛いんだ。
「えっちしよルドくん!」
「ほあ?!??!?」
「私が完全に君のものになったら、もう不安じゃないでしょ?」
「えっ? えっ?」
「あれ? 違った? したくない?」
「……する」
すると突然、ロナルド君が低い声で言った。硬い床の上に押し倒され、熱の籠もった青い瞳で見下される。さっきまでの可愛い彼はどこへやら、その眼差しは、完全に獲物を前にした獣だった。
「ろな、」
「お前、分かってんだろうな」
「な、なにが」
「お前が煽ったんだからな」
「え、いや、」
「どうなっても知らねえからな!」
「ま、まっ――」
それから私は、ロナルド君にバチボコに抱き潰された。ちょっとしたことですぐ死ぬ私なのに、抱かれている間は不思議と死ななかった。ただ回数が増すに連れ、手足は少しずつ塵になって行ったし、最終的には普通に死んだ。もう何回死んだかわからない。
何度デスリセットしても消えない倦怠感と共に、ベッドでぼんやりしていると、ロナルド君が私の前髪をそっとかき分けた。
「ごめん、無理させた」
「ホントだよ性欲ゴリラ馬鹿アホカス死ね」
どんなに罵倒しても、いつものような拳は飛んでこなかった。代わりにロナルド君は、私の額に口付けると、トロンとした口調で言った。
「可愛い」
「ヒェ」
「なんでもっと早く気づかなかったんだろ。お前、ほんと、めちゃくちゃ可愛いな。……どうすっかな」
「な、何が」
「こんな可愛いのに、誰にも盗られない訳がねえじゃん。お前、もうずっとここから出るなよ」
「わ、私の自由が尊重されない……」
「俺がいればそれでいいだろ? ほら、舌出して」
ロナルド君はそう言うと、私に深く口付けた。エーン、変な自信をつけさせちゃった……。重過ぎる愛に胸焼けを起こしそうになりながら、私はそっと目を閉じた。