四月馬鹿ずっと馬鹿 四月一日。今年こそは何を言われようと絶対に信じない騙されないぞと俺は硬く決意する。エイプリルフール。嘘をついてもいい日。あの享楽主義者がこんな一大イベントを見逃す筈がない。まず間違いなく、あのクソ砂はクソしょうもない嘘を俺に矢継ぎ早に浴びせてくる、はずだ。現に去年はそうだった。あいつの繰り出すほら話を、馬鹿正直に信じてしまった俺はそれはもう笑われた。げらげらげらげら笑われた。あまりに不快だから殺傷に殺傷を繰り返し何度も塵にしたがあいつは腹を抱えながら再生し俺を見て涙を浮かべて笑うばかり。
だから今日は、あいつのいう事は何一つ信じない。絶対に騙されないぞと硬く決意決意決意。退治依頼を終えた俺はそっと居住スペースの扉を開ける。視界に飛び込んで来たドラ公は、俺を見るとニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ねーロナルド君、私ほかに好きな人できちゃった」
俺は泣いた。
***
「えっ、えー……」
ロナルド君が泣いている。私のしょうもない嘘に騙されて声もなくはらはらと涙を流している。今日はエイプリルフール。嘘をついてもいい日。去年は吸血鬼の嘘マナーを教え込んで信じ込んだところで「嘘でーす」とやって五億回くらい殺された。めちゃくちゃ面白かった。なので今年は趣向を変えて……と思ったのだが良くなかった。ほかに好きな人ができちゃった、と私が言うや否や、ロナルド君は大きな目を丸くして、ぽろりと一滴の涙を流した。
「や、やっぱり……」
「やっぱり……?」
「い、いつかそうなるんじゃないかって」
「ロナルド君……?」
「お、俺が、俺なんかが誰かの一番になれる訳がないって、お前が、みんなから好かれてるお前が! おれを一番にするわけがないって、」
「ロ、ロナルド君ってば……」
「わかってたんだよぉお!」
そう言ってぼろぼろと泣き始めたロナルド君。いやいやいやそんな事ある? いくら馬鹿でお人よしのおもしろ人間だからってそんな事ある? 普通まず聞き返すとかしない? ノータイムで信じて泣いちゃうってそんな事ある……?!
適当な嘘で揶揄い倒してやるつもりが、まさかの事態に困惑を隠しきれない。流石に良心の呵責に苛まれる。ふと視線を感じて振り返ると、ジョンが咎めるような目でじっと見てくる。うわあ! やめてそんな目で見ないで! わかってるよ! これは流石に私が悪いってわかってる!
「ご、ごめんねロナルド君、嘘だから」
「うそ……?」
「うそ、全部嘘。ごめんね。エイプリルフールだから」
宥めるようにそう言うと、ロナルド君はきょとんとした顔で私を見た。
「うそって、どれがうそ……?」
「え? いやだから」
「おれのこと好きなのが?」
「え、いや、」
「お、おれに好きっていってくれたことが? おれが、特別だって、だいすきだって言ってくれたこと? なあ、全部って、」
「わー! 違う違う違う!」
ぽろぽろと言葉を溢しながら、青い両目は再び涙を溢し始める。思いが溢れて止まらないといった様子で、ロナルド君はしゃくり上げながら言葉を溢す。
「全部、全部?」
「違う! 違うってば! 私が好きなのは君だけ!」
「でも、だってさっき、他に好きな人が出来たって、」
「だーからそれが嘘なの! あとは全部本当! 私が好きなのは君! ロナルド君!」
大きな手をぎゅっと握って、顔を覗き込みながら言い聞かせる。しかしロナルド君はふいと視線を逸らすと、蚊の鳴くような声で言った。
「……信じらんねえ」
「何?」
「ど、どうせそれも、嘘なんだろ?」
「何何何何なんでそうなる?!」
「だって俺! おかしいと思ってたんだよ! 俺が、俺が好きになった相手が、お前が、ドラルクが! お前もおれのことが好きって! そんな都合のいいことある訳ないって、ずっと、ずっと思ってて! これは夢なんじゃないかって、幻覚なんじゃないかってずっと!」
「く、草でもキメてたの?」
「キメてねぇ! だって、お前が、俺なんかの事好きになる訳ないって、う、えあ」
そう言ってまたぼろぼろと泣き始めたロナルド君。いやいやいやいや何何何何なんでそんな卑屈なの?! これどうしたらいい何が正解?!
「違う、違うよロナルド君。私は君が好きだ」
「……」
「本当、本当に君が好きだ。愛してるよ」
「……どこが?」
「え?」
「……俺のどこが好きなんだよ」
「え、えー……声も顔も、お人好しな性格とか、優しすぎる所とか、私の一言で一喜一憂して、馬鹿みたいに泣いちゃう所とか……ねえ、好きだよ、ロナルド君」
「ドラ公……」
「……ロナルド君」
「それも全部嘘なんだろ?!」
「いやこの流れで!?」
「だってだってだって普段のお前なら絶対そんなこと言わねえじゃん!」
「ええ? いやそれはそうかもしれないが、」
「やっぱり俺のこと嫌いなんじゃんかぁ~!」
「何で何で何でそうなる?!」
エーンもうどうしろって言うんだ! ハイパー疑心暗鬼モードのロナルド君には私の言葉が届かない。思わず頭を抱えてしゃがみ込む、と、背中に何かが触れた。
「なに……?」
振り返ると、ジョンが見覚えのある小瓶を持って立っていた。
「ヌイ」
「そ、それを飲めって……?」
「ヌイ」
「えー、いや、でも、」
「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌヌイ」
「ウッ……はい……その通りです……」
小瓶を受け取り、ロナルド君に向き直る。キレイな顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。あーあ、なんでこんなことにってまあ私が悪いんですけれども……。
「ロナルド君、私これ飲むから」
「……?」
「ほらいつぞやの。お祖父様特製素直になる薬。嘘がつけなくなるやつ。これ飲むから」
「……」
「そしたら全部、信じてくれるね?」
「で、でもさ……」
「でも何!」
「それも嘘かもしんないじゃん。もしかしたら嘘が上手になる薬かもしんないじゃん!」
「ダーーーー!!! じゃあもうお前が飲め!!」
それ以上何も言わせないとばかりに、瓶のコルクをきゅぽんと引き抜き、中身を口に含んでロナルド君に口付けをした。
「んっ、ふ?!」
「……」
口移しで薬をロナルド君に流し込む。苦い、苦い! 途中自分でも少し飲んじゃった。ぷはあと口を離すと、ロナルド君ははあはあと苦しげに息をした。
「はッ……、どらこう」
荒い息を整えながら、涙で潤んだ青い瞳が私を捉える。この薬は即効性。口を開けば、その瞬間から本音でしか離せなくなる。さあ、ロナルド君は私にどんな言葉を向けるのか。
「……嫌だ」
ロナルドくんは私の手をぎゅっと握ると、ひどく情けない、しかし熱を帯びた表情で言った。
「お前が俺以外の誰かの物になるなんて、嫌だ、絶対嫌だ」
「ロナルド君、」
「そりゃ、俺なんかよりいい男はこの世にいっぱいいて、そいつらの方が、ドラ公を幸せにできるのかもしれない。そっちの方が、お前やジョンの為を思ったらいいのかもしれない。でも、嫌だ……!」
「ろな、」
「手放してやれない!」
そう言うと、ロナルド君は私をぐっと引き寄せた。広い胸の中にぽすんと収まる。とくとくと聴こえる鼓動が心地よい。ロナルドくんは私をぎゅっと抱きしめると、またえぐえぐと泣き始めた。もう、本当に君は、
「馬鹿だなぁ……」
「うるせえ……」
「ねえ、好きだよロナルド君」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。薬、効いてるだろ君にも」
「……うん」
「今日のは私が悪かったね。ごめんね、嘘ついて」
「……うん」
「好きだよ、ロナルド君。好き、すき」
「おれも」
「うん」
「好き」
「うん」
それから私とロナルド君は、薬の効果が切れるまで、一晩中互いの思いを確かめ合った。思い出すだけで顔から火が出そう。しかしそれも全て、身から出た錆という奴で。
いつの間にやら、ジョンは空気を読んで居なくなっていた。なんだか今日は、気を遣わせてばっかりだな。あとでケーキか何か作ってあげなきゃ。
泣き疲れて寝てしまったロナルド君の頬をそっと撫でる。涙の跡が痛々しい。本当にこの男は、何処までも馬鹿で純粋で、痛いほどに真っ直ぐだ。だからこそ私も、同じように思うのだけれど。
「……手放してやれない」
なんて。
END