情けない俺を育ててくれ「バーカバーカロナルド君のバーカ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよバーカ!」
「エーンなんで電源抜いたんだよぉ!」
「間違えたって言ってんだろ! わざとじゃねえよ!」
「回線落ちは負け扱いになるんだぞ! ランクマッチは遊びじゃねえんだぞ!」
「何言ってるかわかんねえよ!」
「開幕マジックミラーでやどりぎ跳ね返せて超気持ちよかったのに!」
「だから何言ってるかわかんねえって!」
という訳でドラ公と喧嘩をしている。スマホの充電をしたくて適当にプラグを抜いたら、それが触っちゃいけないやつだったらしくて、ゲーム中のドラルクにブチギレられたのだ。いやそんなの知らねえしわかんねえし、だいたいランクマッチって何だよゲームは遊びだろ。
「あーもう! 何回同じ失敗をすれば気が済むんだ!? これで何回目だ? ええ? ドラドラちゃんのゲーム妨害RTAでもやってるのか!?」
「うるせーな! まっじで何言ってるのかわかんねぇ!」
「ウワーンもう知らない! 出てってやる!」
「清々すらぁ! 二度と帰ってくんな!」
「言ったな! 後悔しても知らないからな!」
「おーおー出て行けるもんなら行ってみろや! 今更俺なしじゃ生きていけねえ癖によぉ!」
「ファー! 自己肯定感高すぎ高杉君か? 育て方を間違えたわ!」
「てめえに育てられた覚えはねえよ!」
「はい嘘~! 私が育てました~! 私が毎晩毎晩抱きしめながら耳元で『ロナルド君は偉いよ、ロナルド君はすごいよ、ほらすぐに俺なんかって言わないの、愛してるよ愛してるよ』ってよしよしちゅっちゅしてあげたおかげです~」
「そ、その節はありがとうございましたァ! 今後ともよろしくお願い致しまいや今それとこれ関係ないだろ!?」
「だいたい私に出ていかれて困るのはアホルド君の方だろぉ!? 今更私なしで生きていけるのぉ!?」
「い、いけるし! 余裕だし!」
「ふーん。じゃ私今日から別の男の家に泊るから」
「は?」
売り言葉に買い言葉でここまでまくし立ててきたが、流石に看過できない発言に言葉を失った。体温が急激に下がる。別の、別の男ォ……?
「……誰だよ」
低い声でそう言うと、ドラ公は一瞬顔を引きつらせたが、すぐに馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ヌイッタ―のフォロワーさんの所だよ。いつもロナルド君にいじめられててかわいそうだから、いつでも泊りにきていいよってDMをくれたんだ」
「ほーう……?」
脳内がしんと静まり返る。ドラ公は続ける。そいつはドラ公が城に住んでいた時からのフォロワーで、配信なんかも熱心に見ていてしょっちゅうコメントもくれて、とにかく仲が良いらしい。ただ実際に会ったことはないらしく、いい機会だからと。
「いい機会ィ……?」
「そう。いい機会だから! ロナルド君もこの機会に、ドラドラちゃんのありがたみを噛み締めたらいいよ!」
そう言うと、ドラルクはくるりと俺に背を向けた。まて、まだ話は終わっていない! 言葉より先に、気づけば細い手首を捕まえていた。
「……」
ドラルクが無言で俺を見る。……ああクソ、最悪だ! そうだよ、知ってるよ、俺が悪いんだよ今回は! 今回に関しては! でもしょうがねえじゃん、知らなかったんだし、わざとじゃないし、それに俺は謝る気がなかった訳でもなかったのに、こいつが一方的にキレ散らかして煽り散らしてくるから……!
あれこれうんうんと考え込んでいると、それまでじっと俺を見ていたドラルクが、長い溜息をついた。あれ……? もしかして今のが最後の謝るタイミングだった……?
「今日の分の夜食は冷蔵庫に入ってるから」
「え」
「朝食は作ってないから、あるもの適当に食べて」
「おい」
「あと洗濯洗剤切れかけだから買っておいて。私がいない間は自分でやってね。色柄は一緒に洗っちゃダメだから」
「まって」
「……私がいなくなった後の部屋は、いつもより広く感じるだろうね。狭い事務所なんだし丁度いいんじゃない? じゃ、」
「すみませんでしたァ!!」
「……狭くねーわって言わないんだ」
ジャンピング土下座をキメた俺に、ドラルクがあきれ声で言った。そうだな、昔の俺だったらそう言ったかもしれない。でも今は流石に分かる。ここで煽っても何一つ良い事はない。誰も幸せにならない。
「……勝手に電源抜いてすみませんでした。次回からは必ず確認してからにします。本当にすみませんでした」
「……それもっと先に言えなかった?」
「全ては私の不徳の致す所です」
「やだ素直」
「なので出て行かないでください」
ぐっと床に頭を擦り付ける。プライドなんかあったって仕方がない。土下座だろうが何だろうが、ドラルクに出ていかれるよりかは遥かにマシだ。
ドラルクは何も言わない。今どんな表情をしているのか、怖くて顔も上げられない。
「……俺は一週間出し忘れていた生ごみ……」
思わずそう呟くと、細い指が俺の頭に触れた。
「そういうこと言わないの」
目の前にしゃがんだドラルクが、両手で俺の頬に触れる。諭すようなその口調に、思わず涙腺が緩む。
「だ、だって、前も同じ失敗したし、俺なんか……」
「それ禁止にしたよね?」
「あ、あ、」
ちょっと怒ったような口調で言われ、思わず言葉を失う。「俺なんかって言うのやめて」もう何年も前に、自分を卑下するのが癖になっていた俺に、ドラルクがそう言ったのだ。自分の恋人を悪く言われているようで不快だから、と。
言葉を探してあわあわしていると、ドラルクはしょうがないなぁとため息をついて、俺の額に口付けた。
「……よしよしが足りなかった?」
「う、お、あ、」
「ゴリラ語やめてくれる?」
「よしよししてください……」
そう言うと、ドラルクは満足そうに微笑んで、腕を広げた。
「ほら、おいで」
「ふええ……」
「いっぱい褒めてあげようね。いっぱいちゅっちゅしてあげようねぇ」
「おああ……」
それから俺は、ドラルクに優しく抱きしめられて死ぬほどよしよしされてちゅっちゅされた。脳みそが溶けるかと思った。生まれてきてよかった。……俺って、こんな情けない奴だったっけ……? まあ、いいか、いま幸せだし!