霖雨 寒の雨が夜に降り注ぐ。開け放たれた窓からは、刺すような空気が入り込み、ぽつねんと窓際に立つドラルクは、薄汚れた夜の空をじっと見つめている。その表情はこちらからは見えないが、背中は分かりやすく言葉を話している。そんな寂しい背中に、冷えるだろ、こっちに来いよと声をかけると、少しだけ間を置いてから、しょんもりとした顔がこちらを向いた。
「ほら」
ソファに座ったまま両手を広げると、ドラルクはのろのろと窓とカーテンを閉め、諦めたようにこちらにやってきた。俺に背を向けて座ったので、後ろからそっと抱きしめて、青白い頬に頬を寄せる。元々低い体温が、冷気のせいでより下がっているような気がして、体温を分け与えてやるとばかりに頬をぐりぐりと摺り寄せた。
「くすぐったいよ」
そうやって身をよじるドラルクをぎゅっと抱きしめて、耳元に唇を寄せる。
「残念?」
「そりゃあね」
本当なら今日は、2人で映画を観に行く予定だった。ドラルクがどうしても観たい映画があると言うから、じゃあ明日晴れたらレイトショーで観に行こうか、なんて約束をしていた。雨でも大丈夫だよ、とドラルクは言ったのだけれど、雨だと普段より死にやすいだろとか、濡れた砂の回収だなんてごめんだとか、適当に言い訳をして誤魔化した。最終的にはドラルクも納得して、わかった、じゃあ晴れたら、約束ね、なんてそんな会話をした。本当は雨が降ると、知っていたのだけれど。
天気予報は嘘を吐かず、案の定空は厚い雲で覆われ冷雨が夜を冷やした。ドラルクは俺の腕の中で、尚も退屈そうに窓を見る。
「また今度、な」
「うん」
小さく返事をしながらも、視線はまだ窓の外に向けられていて、赤い瞳は俺を映さない。それがなんとなく面白くなくて、少しだけ温かくなった頬に唇を落とした。
「そんなに行きたかった?」
「だってさぁ、」
「何?」
「もうずっと何処にも行ってないから」
「そうだっけ?」
白々しくそう言うと、ドラルクはやっとこちらを見た。少しだけ怒気を孕んだ目線。それでも無いよりかは断然良いと思えて、思わず口元が緩みそうになるのを、ぐっと堪えた。
「退治にも連れて行ってくれないし、家にいろって言うし、つまらないんだけど」
「積みゲーがあるだろ?」
「そうだけど。もう私長いこと、ここから出ていないよ」
「そうだっけ」
「そう! 買い物すら連れて行ってくれないじゃない」
「俺、一人で買い物できるようになったんだよ。凄くね?」
「あーはいはい凄い凄い。大人になったんでちゅねーガキルドくん」
「そうそう大人になったの。褒めて」
「意味がわからん」
そう言うとドラルクは俺から視線を外して、拗ねるように足元を見た。それがなんだか可愛く思えて、もう一度頬に口付けをした。
「また今度」
「うん」
「……嫌?」
「何が」
「俺といるの」
「……嫌、じゃ、ない」
そう言って黙り込むドラルクがまた可愛くて、思わずふ、と声が漏れた。
「何笑ってんだよ」
「かわいーなと思って」
「ガリガリ砂おじさんが?」
「自分で言うなよ。お前は可愛いよ」
「まー知ってるけども」
「そうそうそれでいいんだよ」
もう一度頬に唇を落とす。しかしドラルクは相変わらずこちらを見ようとせず、それが少し、じれったくて、気を引きたくて、何度も頬に口づけをした。
「なあ、こっち見て」
「いや」
「なんで?」
「怒ってるから」
「何を?」
「ねえ、わざとだろ」
「何が?」
「全部」
「わかんねぇな」
「それでいいと思ってる?」
「どうなんだろうな。お前は?」
「私?」
「もうこれでいいって、思ってるんだろ? 本当は」
「思って……ない」
「どうだか」
そう言うと、ドラルクは黙り込んでしまった。何か考えているのだろう。何も考えなくて良いのに。
何も考えさせたくなくて、ドラルクのシャツの中に手を伸ばした。そのままつ、と冷たすぎる体温を指先でなぞっていくと、ドラルクがもぞもぞと身体を揺らす。その反応がなんだか嬉しくて、そっと肋骨のくぼみを指でなぞる。ドラルクは小さく息を漏らした。
「どらこう」
ドラルクは答えない。ただ体温がじわじわと上がっていくのがわかって、思わず口元が緩んだ。そのまま手を下へ下へと滑らせて行って、トラウザーズの上から、内股をなぞる。そうするとドラルクはびく、と身体を震わせて、やっとこちらを振り返った。涙で膜を張った瞳が、もの言いたげに俺を見る。ああ、この目、この目だ。咎めるような、諦めたような、それでいて俺を求めるような、熱を孕んだ目。
「キスして、お前から」
そう言うと、ドラルクは目を閉じて俺に触れるだけのキスをした。薄く冷たい唇の感触が心地良くて、もう一回、と強請ると、またすぐ唇が重ねられる。それを何度も繰り返しているうちに、どちらからともなく、舌を絡めた。時間をかけて互いの口内をまさぐり、唾液を交換する。ドラルクが顔を離すと、唾液がつうと糸を引いた。
ああ、今、繋がっている。そう思うと、とぷとぷ、と、何かが満たされる感覚がした。