劇的劇薬激情劇場 お祖父様特製幼児退行する薬~! これを飲むと、見た目と記憶はそのまま精神だけが幼児退行しちゃーう! ってやつを若造に飲ませた。何故? 深い理由はない。ある訳ないだろ。面白いからってだけに決まっている。人間は学習する生き物だ。生まれてから成長するに従って、あれはやっていい、これはダメ、あれは言っていい、これはダメ、こういう時はこういう風に空気を読んで、こういう風に振舞うべき。そうやって色々学んで、自分の中にストッパーをかけて、人間は成長していく。それが無くなったら、どうなるか。いや気になるだろ。気になるよね? なので若造に薬を飲ませた。
うん飲ませなかったらよかった。私は今、滅茶苦茶に後悔している。ストッパーが外れた若造は、なんというか、もう、
「どらこー! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」
「わかった、わかったから、」
劇物としか言いようがない。ぐいぐいしがみついてくるのでぐいぐい押しのけようとするもゴリラパワーがそれを許さず雁字搦め。放せ放せ! あーもうなんでこんなことにってまあ私が薬を盛ったからなんだけれども!
「なあ、なあ、どらこう」
「なんだなんだなんだ」
「なんかさ、さっきからさ、それ飲んでからさ、おかしいんだよ、おれ」
いやうんまあそうだろうね薬盛ったからね。机の上には飲みかけのホットチョコレート。天才的な味付けで誤魔化したから五歳児は気づいていないみたいだけれど、その中にはガッツリ薬が入っている。お祖父様特製のこの劇薬は、ほんの一滴口にするだけで、この通り劇的な効果を発揮する。せっかくなのでいっぱい入れたらこの見事な効きっぷり。うーん流石私のお祖父様大天才だ助けてくれないかなでも呼んだらもっと厄介な事になりそうだしな。
「なんかこう、わーっ! ってなってて、それ飲んだら、うわーって、なんか、わかる?」
「うん、まあ、わかるよ、うん」
そういう薬だからね、うん、わかるよ。エーンバーカ私のバーカ!
「お前のこと好きーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
「そっかー」
名実共に五歳児と化したロナルド君はハイテンションで喋る喋る。さて困ったどうしよう。死んで逃れようにもキャッキャとお砂場遊びをされるのは目に見えているので叶わない。なに育児ってこんな感じなの? 知らないけど知りたくないけど。ロナルド君はさっきから私に頬ずりずりずり。うーん大根おろし鬼おろし。私が野菜だったら今頃見事なみぞれが出来てるよなんて。
「なあドラ公ぎゅーってして?」
「あーはいはい」
「好きって言って?」
「好きだよ好き好き」
「ふへへ……」
そう言ってへにゃりと笑う五歳児。うーん可愛い五億点! でもめんどくさい付き合い切れない私の体力は有限なんだ。なんとかして逃れようとするも、やはりゴリラパワーのせいで叶わない。ワンオペ育児か精神を病むわ!
「なあドラ公キスして?」
「あーはいはいほらちゅー」
「わああ……」
わああじゃないんだよわああじゃ。しかし困ったどうしたものか。まだ夜は始まったばかりで、事務所は休業で、ジョンはフットサルに出かけている。つまるところ誰も助けてくれない。なんだこのおあつらえ向きなシチュエーション。いやまあ全ては自業自得なんだけれども。
「あーねえロナルド君、私洗い物したいんだけど」
「手伝う!」
「えらいねー。じゃあ放してくれる?」
「なんで?」
「なんで?」
「おれドラ公のことが世界で一番すきなんだ」
「そっかー。じゃあ放してくれるかな?」
「なんで?」
「なんで?」
らちが明かない。ここは日本なのに日本語が通じない困った困ったスペイン語とかの方がいいかな?
「なあなあどらこう、ちゅーしよ」
「さっきしただろ……」
「えっちなちゅーしよ」
「ええ……」
「していい?」
「ダメって言ったら……?」
「お、おれ、泣くぞ……」
「あーもうわかったわかった! ほら好きにしろ!」
そう言って目を閉じると、すぐさま唇に温かい感触がした。ロナルド君の舌先が、あけてあけてと言うように唇をくすぐる。その熱さに観念してそっと唇を開くと、熱い厚い舌がぬるりと侵入してきた。何を焦っているのか激烈に口内を蹂躙される。うわあっつ、そして甘い。甘い……? そうださっき薬入りのホットチョコレートを飲ませたから、その味だ。そう薬入りの。お祖父様特製の、せっかくなのでいっぱい入れた、ほんの一滴飲んだだけで、劇的に効いてしまうその劇薬の――
「あっ、や、やら、や……」
「ん、ドラ公……?」
「いやだぁ……」
「えっ、どら、え?」
「なんで、なんでそんなことするん、ですか……?」
気づけばわたしの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
***
なんかわかんねーけど気分がいい! さっきドラ公に貰った、チョコレートを溶かしたやつ、あれを飲んでから気分がいい。なんかわかんねーけど全部がキラキラしてる。きらきら、きらきら。その中で一番キラキラしてるのが俺のドラ公! なんかさ、わかんないんだけどさ、いつも好きなんだけどさ、なんでかいつもは好き好き言えないんだよ。なんでかわかんないけど、こう、心の中にストッパーがかかってる感じで、でも今なら言える! って言うか言いたい! だからドラ公をぎゅって抱きしめて逃げらんないようにして、さっきからずーっと好き好き言っている。だって好きだし!
ドラ公はなんかうんざりした顔をしてるけどたぶん気のせい。きっと気のせい。だって俺の事振り払わないし! ちゅーしてくれたし! それって俺の事好きってことだろ? わかんねーけど! えっちなちゅーもしていいって言ってくれたし! 言ってくれた! 言ってくれたよな……? そのはずなのに、何故かドラ公は俺の腕の中でぴすぴす泣いている。
「ど、どらこう……?」
「ひ、ひどい、なんでこんな、」
「どら、」
「なんでこんなひどいことするんですか?」
「ひ、ひどい……⁉」
ぽろぽろと涙をこぼしながらぴすぴす抗議してくるドラ公。えっ、何、何? 突然劇的に雰囲気が変わった。ていうかなんで敬語? そういうプレイなの?
「だ、だって、していいって言っただろ」
「言った! けど! もっとやさしくしてくれないと……」
「やさしくしてくれないと……?」
「びっくりしちゃう……」
「それはよくないな……」
ああそうか、俺がいきなり舌を入れたから、びっくりしちゃったのか。なんだそれ! なんだそれなんだそれなんだそれ! 心の奥から温かくてわくわくしてうずうずする何かが溢れて溢れて、俺はドラ公をぎゅっと抱きしめた。
「やっ……!」
途端、砂になって崩れ落ちるドラ公。え、あ、ああそっかそっかびっくりちゃうんだよな。やさしく、やさしくしないと……。
「ご、ごめんな……?」
「……」
砂のままぐっと押し黙るドラ公。あれ、なんで再生しない? なんで何も言ってくれない? あ、あ、も、もしかして、
「怒った……?」
「……」
「き、嫌いになった……?」
するとじわじわと再生するドラ公。もの言いたげな瞳でじっと無言でこちらを見てくる。なに、なに、なんだよその目! なんで何も言ってくれないんだよ! そ、そんな、そんな目で見られたら、俺、
「う、あっ……」
「な、なんで? なんで泣くの?」
「だって、だってどらこうが、うえ、」
「な、泣きたいのはこっちの方なのに……う、あ、うえええ!」
俺が爆発するより先に、ドラ公が激しく泣き始めた。あ、え、え、俺どうしたら、俺どうしたら!
「あ、ご、ごめんな?」
「ろ、ろなるどくんは、いつも急なんだよ!」
「え、え、」
「そんな、わたし、はじめてなのに、ぜんぶ、全部全部初めてなのに!」
「どらこう……?」
「もっと、やさしくしてよ……?」
そう上目遣いで言うドラ公。赤い瞳が涙で濡れて揺れている。今すぐ抱きしめてぎゅってしてちゅーってしてぐちゃぐちゃにしてやりたい。しかし人間は学習する生き物だ。俺は今、学習した! それはやってはいけない事! と、急に脳内がクリアになった。
「……あれ?」
目の前で、ドラ公が子供みたいにぴすぴす泣いている。何これどういう状況……?
そうだ、原稿を書いていたら、ドラ公が差し入れだとかってチョコレートを溶かしたやつをくれて、それを一口飲んだら頭の中がうわーってなって、それで、俺、
「うわああああああああああああああああああ!」
「ひあ!?」
途端死んで砂と化すドラ公。いや死にてえのはこっちだよ! 何? え、何? さっきの俺何? いや全部記憶ある。全部記憶あるぞ勘弁してくれ。俺、ドラ公に、好きって、好きって死ぬほど言った! 畜生出来るだけ言わないつもりだったのに! あいつの事だから言えば言う程調子に乗って、俺の事を揶揄うのは目に見えていた。だからす、好きとかそう言う所謂愛の言葉的な奴は出来る限り言わないようにしていた。のに! 最悪だ一生分くらい言ってしまった。
「ろなるどくん……?」
いつの間にか再生していたドラ公が、おずおずと俺を見上げる。
……状況を整理しよう。俺はドラ公に薬を盛られて? 精神が子供みたいになっていた。そしてドラ公にべろちゅーした時に、口の中に残っていたそれがドラ公にも効いて、この状態。つまり今のドラ公は、見た目は大人、頭脳は子供、
「名探偵じゃん……」
「はい……?」
いや違うそうじゃない。とりあえず、今ドラ公は幼児退行している。なんだっけな、そうだ、びっくりしちゃうんだっけか。俺がいつも急だから、ドラ公は全部初めてなのに、全部初めて……?
「ドラ公……?」
「なんですか……?」
「お前、俺が初めてなの……?」
「だから、そう、言ってるじゃないですかぁ……!」
そう言ってまたぴすぴす泣き始めたドラ公。涙の激流に飲み込まれ、上手く言葉が出てこない。だってだってだってお前違うじゃん! いつも経験豊富ですよ感出してくるじゃん! そんな、え? 初めて? 俺が?
「だから、だからもっと、やさしくして……」
「無理抱き潰すわ」
「ヒィッ!」
思わず漏れ出た本音に恐怖して三度崩れ落ちるドラ公。いけないいけない。そうだ、そう言えば俺は人間だ。人間は学習する生き物だ。この生意気な吸血鬼に、俺がいかに大人で人間かという事を身をもって教えてやらないと。
しかし涙目で怯えるドラ公は正直滅茶苦茶滅茶苦茶滅茶苦茶ぐっと来る。駄目だいけない俺は大人だから大人だから大人らしく接してやる!
「……じゃあ、やさしくするから」
「……」
「死ぬほどやさしくしてやるから」
「……うん」
「キスしていい……?」
そう言うと、ドラ公は言葉を探すように視線をさ迷わせて、ぽつりと呟いた。
「でんき、電気消してください……」
「電気? お前にはどうせ見えるだろ?」
「み、見られたくないんだ! きみに……」
「な、なんで……?」
「だってはずかしい……」
「ウッ……いや、恥ずかしいなら、仕方ないな」
世界で一番大人な俺は激情をぐっと飲み込むと、ドラ公をそっと抱き上げ、ソファベッドに寝かせた。電気を消して、細い体にゆっくりと覆いかぶさる。よく、見えない。こんな時ばかりは、夜目が利く吸血鬼が羨ましい。と、両頬にひんやりとした感触がした。
「……ロナルドくん、こっち」
夜を導くように、ドラ公が俺の顔を引き寄せる。なん、なんだお前、世界一可愛いな……! いつもなら舌をぶち込んで無茶苦茶にぶち犯すところなのだが、今日の俺は宇宙一大人なので、ぐっと堪えてそっと優しく触れるだけのキスをした。
「……どらこ、」
「ろなるどくん、すき」
ぷつんと何かが切れた。
激情の激流に飲み込まれ、気が付いたら夜明け前だった。言うまでもないがバチクソに抱き潰した。ドラ公は俺の横であられもない姿で寝息を立てている。いや、大人になるのって、難しくね……?
俺は遮光カーテンをしっかり閉めると、ちょっと寒そうにしているドラ公をそっと抱きしめ、二度寝を決め込んだ。大人、大人ね。まあいつか、なれるだろ……。
END