落落落落花流水脱稿ハイ「恋バナをしよう」
「……何? 突然」
徹夜明けの回らない頭で、ドラ公に話しかける。瞳の奥が破茶滅茶に重い。身体中のありとあらゆる器官が限界だと叫んでいる。反面、エナドリをキメまくったせいで脳みそはガンガンに起きている。瞼を閉じても「寝てる場合じゃねーだろ!」と頭蓋骨を内側からドンドン叩いて俺に発破をかける。やれる、やれるぞロナルド。今ならお前はやれる。
突然だが、俺はドラ公のことが好きだ。めちゃくちゃ好きだ。それも恋愛的な意味で。何故年上のえっちなお姉さんが好きなはずの俺が、こんなガリガリ砂おじさんに入れ込んでいるのか、それは自分でも分からない。まったくもってわからない。しかし恋とは落ちるものだ。落とし穴と同じだ。落とし穴に「あ! 落とし穴だ! 落ちよー!」と思って落ちる人がいないのと同じで、恋も落ちようと思って落ちる人などいない。気が付いたら、落ちていた。俺はこのガリガリクソ雑魚砂おじさんに、無茶苦茶に惚れていた。
「だから! 恋バナを! しよう」
「いや聞こえているが……何?」
「俺はお前と恋バナがしたいんだ」
「コミュニケーションって知ってる?」
「知ってる! 対話だろ!? お前の恋愛経験を聞かせろ!」
「なんなんだ一体……」
そうあきれ顔でため息を吐くドラルク。なんなんだって、だから、俺はお前と恋バナがしたいんだ。何故か? それは俺がお前に惚れているから。こいつの年齢は、確か200何歳。200年だぞ? それだけ生きてきたのなら、恋人の一人や二人や百人くらい居てもおかしくない。だってドラ公は可愛いから。世界一可愛いから、恋人の一人や二人や百人くらい居てもおかしくないというか居ないほうがおかしい。
「……なんで知りたいの?」
「いや、だって、それは――」
お前のことが好きだからだよ! と言えたら良かったのだがそんなこと言える訳がない。俺が何年童貞やってると思ってんだ。ぐっと口を噤んだまま言葉を探していると、ドラ公は何かを思い出すように宙を見た。
「……そりゃ、まあ、ない訳ではないけど」
「……聞かせろ」
「何その思い詰めたみたいな顔……」
思いの外低い声が出てしまい、ドラ公がまた怪訝そうな顔をする。いけない、これから行うのはあくまで恋バナであって、断じて聞き取り調査などではない。女子高生の修学旅行の夜みたいな感じで「えードラルクちゃんってどんな人が好みなの〜? えっいが〜い!」とかそういうピンクで黄色でキラキラポップな感じで進めなくては、あくまで好奇心で暇つぶしで聞いてまーすみたいな感じで進めなくては、ドラ公に怪しまれてしまう。俺がこいつの事を好きだと勘付かれてしまう。
「……パジャマパーティーを呼ぶか」
「は? なんで?」
もしかして既に怪しまれている……? いやきっと大丈夫だ。何故なら俺のポーカーフェイスは完璧だから。
「……めんどくさくなるし、呼ぶなら話さないけど」
「なら呼ばなくていい。聞かせろ、お前の渾身の恋バナを……」
「だから何その思い詰めたみたいな顔……」
好きな男の恋愛遍歴など正直微塵も聞きたくない。しかし俺は聞かなければならない。聞いて傾向と対策を考えてこれからに備えなければならない。そして、ドラ公を俺に滅茶苦茶に惚れさせるというミッションを絶対にクリアする。普段なら高難易度のそれだが、徹夜明けでエナドリをキメまくって最強になった今の俺なら難なくクリア出来るはずだ。
「……初恋は、どんなだったんだ?」
「……小さくて可愛らしい女性だったよ」
ドラルクは宙を見ながら過去の記憶を手繰り寄せる。小さくて可愛らしい女性……そうか、そういやお前ロリコンだったもんな。
「今何か失礼なこと考えてるだろ」
「 は? いいから続けろ」
「何なんだもう……いつだったかなぁ、城のすぐ近くに、三編みの可愛い女性が住んでいたんだ」
「……ほーん?」
うわっ、既に聞きたくねえ! ドラ公が手繰り寄せた美しい記憶は、針のように俺をチクチクと刺す。エーン聞きたくない聞きたくない……いやでもしかし俺は耐えなければならない。グッと堪えてこの試練を乗り越えてドラ公を滅茶苦茶に惚れさせなければならない。だから堪えろ、堪えるんだ俺。
俺の痛みをよそに、ドラルクは語る語る。その女性は人間で、貧しい農家の出身だったと言う。家の仕事を手伝いながら、毎日一生懸命生きている姿に強く惹かれたとかなんだとかで。
「……畑仕事のせいで、いつも手が荒れていてね、ハンドクリームを贈ったんだ。蜜蝋とオリーブオイルで手作りして。するとすごく喜んでくれて……」
「……もういい」
「何で?」
「もういい! 別の恋バナをしろ!」
ああもう無理だ耐えられない。ハンドクリーム手作りって何? どうやって作るの? そんなの俺にもしてくれた事ないじゃんなにそれずるいわクッソムカつくわ。
「別の恋バナって何……」
「ほかにもいただろ。好きな奴」
「まあ、そうねえ。いや、いたって言うか」
「……?」
「いる、かな」
そう言うと、ドラ公は俺を見てにやりと笑った。え、いる? 現在進行形で? be動詞+ingで?
「い、いるって……」
「うん、好きな人、いるよ。その話する?」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ聞きたくない聞きたくない聞きたくない! ドラ公が現在進行形で誰かに惚れているだなんて、そんなの解釈違いもいい所だ。いやそりゃ確かに俺は恋バナをしようと言った。でも俺が思っていたのは、もっとこう、ふわっとした、好きなタイプとか過去の恋愛の話で、いやそんなまさか現在進行形で好きな相手がいるだなんて思わないだろ!? え、何? 俺には既に倒さなきゃならない敵がいるってこと? どうしたらいい? 頭を撃ち抜けばいい? でも女性に手を出すのはちょっと……。
「……ロナルド君?」
「……聞かせろ。お前の好きな奴の話を……」
腹の底から地を這うような低い声が出る。ドラ公は一瞬顔を引きつらせたが、すぐにニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「……綺麗な男性なんだ」
「男性ィ!?」
思わず声が裏返る。だだだだだだだだだだ男性!? 女性じゃなくて!? まてまてまてまて話が違う。いや何も話してない訳だが話が違う。焦りまくる俺をよそに、ドラルクは愉悦を隠しきれないといった様子で話す。
「青い目の綺麗な男性でねぇ、年下なんだ」
「と、年下……」
「なんでだかやたらと私を馬鹿にしてくる子でね。今で言うところのツンデレってやつかな?」
「つ、ツンデレ……」
「私が死にやすいのをいいことに、毎日毎日何度も殺してきてねぇ」
「待てよそいつ、最低じゃねえか!」
「あ、やっぱそう思う?」
「思うに決まってるだろ! DVじゃんかそんなの!?」
「まあ、そうだね、そうなのかもしれないね……。でも好きなんだ」
「その、青い目の年下の男が……?」
「うん」
ドラルクは頷くと、何故か俺の目をじっと見てニタリと笑った。目の奥がいたずらっぽく光っている。なに? なにそれどんな感情なの?
「もうね、めちゃくちゃ好きなんだ。初めてを捧げていいかなって思うくらいに」
はははははははじめてを捧げたいィ……!? ドラルクの声で、絶望の底に突き落とされる。落ちる、落ちる、深淵に。そうか、好きな男がいるのか。それは青い目の年下の男で、俺の大事なドラルクはそいつに初めてを捧げたいと……。
「そ、そんなに好きなのか……?」
「うん、まあ、そうだね、好きだね」
「……どのくらい?」
「……ジョンの次くらい?」
ドラルクはにやにやと続ける。ドラルクの中でジョンは愛しさランキング永遠の第一位だから、その次くらいという事はそれはもう滅茶苦茶に愛されているという事だ。きっとそうだ。もうおしまいだ。
「……具体的にどこがどう好きなんだよ」
「そうだねえ……」
ドラルクは口角を吊り上げたまま、宙を見上げる。脳裏に浮かんでいるであろうその具体的な誰かを、今すぐにでも撃ち殺したい。
「まずね、顔がとっても綺麗なんだ」
「ほう……?」
「白銀の睫毛がとてもきれいでね、寝顔を見ていると、いつもついつい数えてしまうんだ」
「……」
「青い目はどこまでも澄んでいて美しくてね。ちゃんと見たことはないけれど、きっと青空ってこんな感じなんだろうな、って思うよ」
「……」
「口は悪いけど性格は悪くなくてね。優しすぎる性格で、いつも自分が損ばかりしている。でもそんなところも、愛しいと思うんだ」
「……うえ、」
「え、なに?」
落ちる、落ちる。両の目から涙が。いやめっちゃ好きじゃん。どらこうそいつのことめっちゃ好きなんじゃん。もう傾向と対策とか言ってられないじゃん。エーン好き、でも好き、好きなんだ……!
「え、ごめん、それどんな感情……?」
「おまえ、そいつのこと、めちゃくちゃ好きなんじゃん……」
「まあ、そうね、好きだね……」
「エーン勝てない……!」
「……勝てない?」
「だって、俺、お前のこと好きなのに、お前そいつのことめっちゃ好きなんじゃん! 俺だって目は青いけど、そんなに綺麗じゃないし、睫毛も別にそんなだし、優しくもないし……」
だらだらと涙が落ちる落ちる。あー最悪だ最低だ。変な形で告白してしまった最悪だもう終わりだ世界はおしまいだ。でもこのまま終わらせるのは嫌だ。癪だ。ちゃんと告白しなければ、きっと俺は一生後悔する。
「……ドラ公、好き、好きだ」
ドラ公はぽかんと俺を見る。
「お前がそいつのこと滅茶苦茶好きで、初めてを捧げたいってのは分かった。わかった。わかったけど! でも! 本当は! ……俺が貰いたかった」
まだまだ涙が落ちる落ちる。横隔膜が痙攣する。視界は滲んでドラ公の表情はもうまったくわからない。
「なあ、お前の好きな人って、」
「君だよ」
「え?」
「いや、私の好きな人、君だよ」
「は?」
「日本語わかる?」
「は?」
「え?」
「は?」
「キスしてあげようか?」
「してください……」
それから俺は、ドラ公に抱きしめてもらって、めちゃくちゃキスしてもらった。目が覚めたら朝だった。え、何? 夢? 夢だよな流石に。どこからどこまでが夢……!? ハッとして上半身を起こすと、俺の隣ではドラルクがあられもない姿で寝ていた。
「……どらこう?」
「ああ、おはよう、わたしのロナルド君」
ドラ公はそう言うと、愛おしそうに目を細めた。えっ何それエッロ! なに!? なんなの!?
「わー!!!!! えちおねじゃん!!??!?」
気が付けば、俺はドラルクを殺していた。殺さざるを得なかった。もう、ダメだ。ドラ公に突き落とされた、この恋の深淵からは、永遠に這い上がれる気がしない。
END