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    文学少女メランコリー「一生のお願い! ロナ戦のサイン会付き合って!」

     通算十二回目になる友人の一生のお願いは、今を時めく吸血鬼退治人のサイン会の付き添いだった。

     ロナルドウォー戦記、通称ロナ戦。現役の吸血鬼退治人による自伝だ。オータム書店が猛プッシュするこの作品は、老若男女世代を問わず人気がある。作者であるロナルドは大層な美形らしく、特に若い女性からの人気は凄まじい。所謂ガチ恋勢という奴も少なくないらしく、今回サイン会に付き合ってと言ってきた友人も、御多分に漏れずそうらしい。作中での勇猛果敢な戦闘描写に心を撃ち抜かれたらしく、最近は暇さえあれば彼のSNSをチェックしている。そこでサイン会の存在を知り、どうしても実物のロナルド様を一目見たい、けれど勇気がないどうしよう、となって私が駆り出される羽目となった。

     サイン会に行くのに一度も読んだことがない、と言うのもどうかと思うので、友人から借りて出ている分は一応読んだ。現四巻。以下続刊。取り立てて特筆すべき特徴はなし。自伝と言うよりは冒険小説といった感じで、分かりやすい虚構だ。ノンフィクションと呼ぶにはいささか装飾が過ぎると言うか、嘘は言っていないのだろうが、きっと実際はこんな格好のつく退治はしていないんだろうなと容易に想像がついた。

     一巻は特にその傾向が強く、過剰すぎる装飾に若干の胸やけを覚えた。これが何故人気? と顔に疑問符を浮かべる私に、友人は読めばわかる読めばわかると繰り返すばかり。
     二巻からはロナルドと吸血鬼がコンビを組み、共に悪しき吸血鬼を倒すと言うバディ物に。なるほど路線変更か。容姿端麗な退治人の元にある日突然転がり込んできた、同性の吸血鬼。そう言うのが好きな層には受けるのだろう。彼らは別にそういう関係ではない筈だし、私には理解が出来ないが。

     吸血鬼ドラルク。真祖にして無敵と言う肩書とは裏腹に、その実態はすぐ死ぬ虚弱な男だと言う。共に退治に出向き、ドラルクが問題を起こし、ロナルドがそれを力技で解決する。相変わらず、嘘は言っていないけれどという感じで、過剰に装飾された冒険活劇はやはり鼻についた。けれど、なんとなくその文章全体から、彼がドラルクの事を憎からず思っていることは窺えた。

     三巻からはまた少し毛色が変わってくる。これまでは対吸血鬼の戦闘描写が主だったのが、ドラルクとの同居生活に焦点が当てられる。炊事や洗濯、掃除など、ロナルド宅の家事は殆どドラルクが担当していると言う。中でも料理は格別らしく、気合の入った描写から、その腕前が窺える。ドラルクに対しては当たりの強いロナルドだが、料理の腕だけはしっかりと認めているらしい。
     四巻からはそれがさらに顕著になる。ロナルドウォー「戦記」と言うには不釣り合いな、一般人の私小説を読んでいるような感覚になった。

     退治が終わり、事務所に帰ってくるとエプロン姿のドラルクが出迎えてくれる。それが眩しい、らしい。口元についた米粒を取って「五歳児」と笑うドラルクの視線に、心臓が締め付けられた、らしい。

     ――まだ一人で暮らしていた頃、退治を終え、誰もいない事務所の扉を開く度、心がずしりと重くなった。その重みは次第に増し、心に穴を開け、やがて何も感じなくなった。水を打ったように静かな事務所。静寂はもう染みない。
    だからあいつが来た当初は、煩くて不快でたまらなかった。折角慣れたこの静寂に、せっかく凪いだこの海に、あいつが喧騒を持ち込んだ。波が立った。音で溢れた。音だけじゃない、あいつの作る料理の匂い。あいつが増やした私物の数々。部屋に情報が、物語が増えた。
    不快だ。不快だ。不快だった、筈なのに。
    【ロナルドウォー戦記四巻一章】

     ――吸血鬼死の舞踏との死闘を終え、夜明けと共に事務所に帰った。空腹だが食べる気力もない。すぐにでも眠りたいと思っていたのだが、玄関の扉を開いた瞬間、ふわりとカレーの良い香りが身体を包んだ。
    「おかえり。カレー出来てるけど食べる?」
     途端、消え失せていたはずの食欲が沸き起こった。ネグリジェ姿のドラルクは、疲労困憊の俺を見て、ボロ雑巾みたいだなと目を細める。以前なら癪に障ったはずのその台詞が、妙に心地よく思えるのは何故だろう。
    「鍋にあるから温めてね。私は寝るから」
     そう言うと、ドラルクはさっさと棺桶に引っ込んでしまった。あと少し、もう少しだけでも、視界に入っていて欲しかった、なんて。何故そんなことを思うのだろう。
    【ロナルドウォー戦記四巻二章】

     ――ドラルクにとってジョンは特別だ。あいつがジョンに向ける視線は、何処までも優しく陽だまりのように温かい。一人と一匹の間には誰も入れる余地はなく、それは当然俺もそう。羨ましいな、と思った。俺は一体、どちらに妬いているのだろう。
    【ロナルドウォー戦記四巻四章】

     ――あいつが待っていると言うだけで、事務所に向かう足取りが軽くなる。かつては寝るためだけに帰っていた場所。それが今では、本当の意味で帰る場所になった、と言う気がする。生活に色がついた。世界はこんなにも鮮やかだったのかと、この歳になってやっと気づいた。
    【ロナルドウォー戦記四巻五章】

     こんなの、恋じゃないか。ロナルドは男で、ドラルクも男。ドラルクは吸血鬼で、ロナルドは吸血鬼退治人。けれどそんなことは関係ないらしい。恋だ。これは、恋だ。ロナルド本人は無自覚のようだが、彼がドラルクに惹かれているのは明らかだった。私は一体、何を読まされているのだろう。恋愛小説を読んでいるのかと錯覚した。頁が進むにつれ詳しくなるドラルクの描写。加速して行く想い。三巻まではそうでもなかったのに、急激に世界に引き込まれ、のめり込むようにして読んだ。まるで私が、その場にいるようだった。その場にいて、ドラルクという男に恋をしているかのような気持ちになった。そしていつの間にか、ロナルドの目を通して、私は会ったこともない吸血鬼ドラルクに惹かれていった。

     そして今日、ロナルドウォー戦記の五巻が発売された。本屋に走り、急ぎ足で会計を済ませ、自宅に駆け込んで早速本を開く。会いたい、早くドラルクに会いたい。
     けれどそこに、ドラルクの姿はなかった。恋愛小説のようだった四巻とは大違いで、これまでのような冒険小説に逆戻りしていた。ドラルクは、殆ど出てこない。数話に一度、取ってつけたように一緒に退治に行く話が入る。けれど以前のような詳しい描写はなく、そこにドラルクは生きていない。読者が、あるいは編集が望んでいるから一応登場させはしたが、と言った感じで、強烈な違和感に襲われた。
     ドラルクは、今どこで何をしているのだろう。会いたい、どうしても彼に会いたいと、強く強く思った。

    ***

    「ごめんね付き合わせちゃってー。どうしても一人で来る勇気がなくてさぁ。整理券ないとサインして貰えないから、近くで見ててくれたらいいから」

     数日後。私は件の友人とロナルドのサイン会に来ていた。ロナルドウォー戦記五巻発売記念のイベント。最初は彼女の言う通り、付き添いだけのつもりだった。けれど今私の手には、しっかりと整理券が握られていた。

    「いや、私も整理券あるから」
    「え、ロナ戦買ったの?」
    「買った。読んだ。……あんたはどう思ってんの?」
    「何が?」
    「ロナルドのリアコでしょ? 四巻と五巻のアレ、どう思ったの」
    「アレ? なんのこと……?」
    「ほら、四巻ってやたらドラルクのことばっか書いてんじゃん。恋愛小説かよーみたいな」
    「あー、まあ確かに仲良いなぁとは思ったけど、でも恋愛小説って! 二人とも男じゃん!」
    「そりゃそうだけど……」
    「これが女だったらさー、一緒に住んでて胃袋まで掴んでて、もう勝ち目ないーって感じだけど、でも男だし。あ、で、五巻のアレって?」
    「ああ……いや、なんか四巻ではあれだけドラルクのこと書いてたのに、五巻では急に書かなくなったから、なんか変だなって」
    「ふーん? まだ読んでないから知らないけど、喧嘩でもしたんじゃない?」
    「だったら喧嘩の話書きそうじゃん、いままでのロナルドなら。でもさ、なんか」
    「えーなに、もしかしてあんたもロナルド様のこと狙ってんの?」
    「いやそういう訳じゃ……ただドラルクが全然出てこないから、心配になって」
    「なにそれ。ドラルク狙いってこと?」
    「狙い、狙いっていうか……」

     ドラルクに会いたい。本を読んでいた時のような高揚感を、また感じたい。その一心で、今日はここまで来た。けれどドラルク狙いかと言われると返答に困ってしまう。確かに私は、彼に惹かれている。彼に会いたい。けれど私が知っているのは、ロナ戦の中のドラルクだけで、そして今ロナ戦の中にドラルクはいない。会いたい。また私の心臓を高鳴らせてほしい。心臓をぎゅっと締め付けて欲しい。本の中で会えないなら、現実で。その為に、ロナルドに聞かなければならない事がある。

    「……そうかも」

     ぽつりと呟くと、友人はまじかーと意外そうに言った。

    ***

    「次の方―」
    「はい! はいはいはい!」

     スタッフに呼ばれ、友人が揚々と返事をした。ぎこちない動きで買ったばかりのロナ戦五巻を取り出し、ロナルド本人と対面する。友人はいつもより高い声で、大好きです、ヌイッタ―もいつも見てます、ほんとにほんとに大好きですと似たような台詞を何度も言う。友人の背が邪魔でロナルドの姿はよく見えないが、そんな俺なんてとか、いつもありがとうございますとか、感じの良い返答が聞こえた。
     何度も何度も握手をし、友人は満足げにその場を離れた。途端視界に入る真っ赤な衣裳。白銀の髪。青く透き通った宝石のような目。綺麗という言葉を絵に描いたような男が、そこにはいた。

    「次の方、どうぞ」

     スタッフの気の抜けた声で、現実に引き戻される。はっとして鞄から本を取り出し、お願いしますとロナルドに差し出す。綺麗な退治人は人当たりの良い笑顔を浮かべ、ありがとうございますと本を受け取った。

    「あ、名前とか入れますか?」
    「結構です。それよりあの、質問いいですか」

     慣れた手つきでサインペンを走らせるロナルドに、意を決して話しかける。ロナルドは律儀に手を止めると、はいと返事をしてこちらを向いた。

    「五巻、読ませていただいたんですけど」
    「え、もう? ありがとうございます……!」

     そう言って、ロナルドは照れたように笑った。想像していたのと違う。一巻二巻のような、世間がイメージするロナルド様像。そして四巻で見せた、ドラルクへの強烈な感情。もっと傲慢な男だと思っていた。しかし今目の前にいるのは、人の良さそうなただの青年。これなら勝てるかもしれない、と、その時私は、愚かにも思ってしまった。

    「あの、私ドラルクさんのファンなんです」

     ロナルドの瞳が、わずかに揺れた。

    「そう、なんですか? はは、珍しいですね……」
    「四巻。拝読しました。私もドラルクさんの事、好きになりました」
    「私、も」

     ロナルドの口角が、少し、ほんの少しだけ下がった。

    「五巻。どうしてドラルクさん、出ないんですか?」
    「……えーと」

     斜め下に視線を落として、ロナルドが言葉を探す。

    「会いたいんです。ドラルクさんに」

     意を決して、言った。息を詰めて、ロナルドをじっと見つめる。すると一瞬の沈黙の後、ロナルドの青く透き通った瞳が、私を真っすぐ貫いた。

    「俺だけが、知っていたらいいんです」

     氷のような瞳だな、と思った。

    「やってしまったと思って、あなたみたいな人、多いんです」

     依然として口角は上がっている。けれど瞳の奥が、笑っていない。

    「だから、俺だけが知っていたらいいんです」

     人当たりの良い笑みを浮かべて、そう言い放つロナルド。青い視線に貫かれて、私は氷漬けになったみたいに動けなくなった。背筋に冷たい物が走る。勝てるかもしれないだなんて、そんな馬鹿。

    「あの、そろそろ……」

     スタッフが気まずそうにロナルドと私を交互に見る。ロナルドはスタッフに小声で謝ると、サイン入りの本をぱたりと閉じて私に差し出した。

    「名前、書いてあるんで。ロナルドって」
    「は……」
    「名前、書いてあるんで」

     そう繰り返し、ロナルドはにこりと微笑んだ。
     ああ、勝てるかもしれないだなんて、馬鹿。

    みりん Link Message Mute
    2022/09/02 21:12:33

    文学少女メランコリー

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    #ロナドラ
    ドに片思い中のロが、ロ戦に執拗にドの描写をして、それを読んだモブがロの目を通してドに惚れる話。
    明るくない。モブ失恋アンソロ掲載分。

    表紙はらこぺ様からお借りしました。
    https://www.pixiv.net/artworks/100733744

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