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    聞いたことない、阿吽の呼吸金曜日。登米勤務週の終わりに、思ったより早くカルテ整理を終えられた菅波が準備室を施錠していると、中庭越しにカフェ椎の実から声がかかった。振り返ると、里乃やサヤカ、常連のマダムたちがなにやらたむろしている。以前の菅波であれば会釈して早々にその場を離れていたが、数年の経験を経た今は、その手招きに抗わず、ウッドデッキをぐるりと回って椎の実の掃き出し窓に立った。

    「先生、今週もお疲れさまでした」
    「ありがとうございます」
    「明日東京戻んでしょ?これ、よがったら」

    みよ子が差し出すのは、登米の郷土色豊かな総菜が入った保存容器である。時々こうして声がかかることはあるが、保存に気を付けて持って帰るのも、保存容器を洗ってまた運搬するのも手間に感じて今まで受け取ったことはない。その割に諦めずにずっと提案してくるみよ子たちのメゲなさもなかなかのものであると改めて気づきつつ、今回の来登の前に会った百音のことが脳裏をよぎり、ふと菅波は受け取ってもいいな、と思った。多分、これをお裾分けしたら永浦さんには懐かしい味で喜ぶだろうな、と。

    「では、はい。いただきます」
    菅波の言葉に、皆が色めき立ち、先生にもって帰ってもらえるのうれしいねぇ、だの再来週はもっと用意しとかなきゃ、だのと盛り上がる。たくさんだと持ちきれませんからこれぐらいで、はい、と恐縮しながら、里乃がそれならばと早速に用意した紙袋にいくつかの保存容器が入れられた。

    「じゃあ、先生、また再来週、お世話になります」
    人懐っこく構ってくるが長々と引き留めらることもなく、総菜のはいった紙袋を提げて菅波は登米夢想を出た。近隣の仮住まいに足を向けながら腕時計を見れば、まだ最寄りの新幹線駅への最終バスまで時間の余裕がある。今週は早く帰ってしまうか…と提げた紙袋の重みを感じながら、必要な支度の段取りを頭の中で整えるのであった。

    最終バスでくりこま高原駅までたどり着き、新幹線で帰京すると雨が降っていた。八重洲口のバスターミナルでバスを待ちながら、そういえばとスマホを取り出す。それは昨日百音から届いていたメッセージで、週末に宮城・福島の荒天が予想されるので東京に戻る予定には気を付けてください、というものだった。あぁ、これも脳裏にあってのこの判断になったか、と思いつつ、この週末はその予報を受けて忙しいのかもしれないな、などと思考が飛ぶ。帰宅して総菜を冷蔵庫に入れ、いつもの登米からの帰京の片付けルーティンと終えれば、その日は早々に就寝するのだった。

    翌日、少し遅い朝に起床した菅波は、簡素な朝食をとりながら、昨日の帰りの新幹線の中でドラフトした論文の一節をPCで清書する作業にしばし時間を費やした。昼前の頃合いを見計らって、清書した論文のプリントアウトと、登米での洗濯物、それに持たされた総菜が入った紙袋を持って家を出る。道すがら、スマホを取り出してメッセージアプリを開くが、急な仕事かもしれないしな、とまたスマホをポケットにしまう。

    コインランドリーに着くと中は無人で、ちょうど洗濯乾燥機が1台空いている。洗剤のいらないという最新式のそれに洗濯物を放り込んで100円玉を投入していると、奥の勝手口のドアがガチャリと開いた。その方向に顔をあげれば、百音の汐見湯のシェアメイトの明日美である。

    「あ、菅波先生。おはようございます」
    「おはようございます」
    「モネですよね?今、リビングにいるんで、呼んできますね!」

    と、挨拶に挨拶を返しただけなのに、なぜか一方的に断じられ、菅波が戸惑っている間に、白いランドリーバッグをどさりとテーブルの上に置いた明日美はまた勝手口に引っ込み、戻ってきた時には百音との二人連れであった。

    「先生、こんにちは。もう登米から戻ってたんですね。雨大丈夫でした?」
    「こんにちは。えぇ、昨日の夜じゅうに戻ってました」
    「そうだったんですね」
    「あ、そうだ、これ。登米の皆さんから預かってきました。よかったら」

    菅波が傍らの椅子に置いた紙袋をおずおずと差し出し、百音と明日美が中を覗き込む。登米のマダムたちのお惣菜と分かった百音がぱぁっと顔を輝かせる。

    「わぁ!油麩も、茄子の炒め物も、ずんだも!」
    とてもうれしそうな百音に、菅波が口許を緩めると、その二人の様子を明日美は見逃さない。
    「じゃあ、二人でリビングで食べたら?ほら、さっき菜津さんがお米炊けたって言ってたし。私はこの洗濯物入れたら遅番の前にあの用事済ませたいから後で食べるし。」
    「あぁ、確かに。あ、先生、今大丈夫ですか?なにかやることあったんじゃ…」

    百音の目線がテーブルに置かれたボールペンと書類に落ちるが、これは滞在時間の埋め草のようなもの。
    「あ、いえ。急ぎではないので、気にしないでください」
    菅波が言うと、じゃあ、もう二人はリビング行ってなさい、ね。と明日美が二人を押しやる。菅波が百音に続いてリビングに入ると、ちょうど菜津が財布を片手に正面玄関にでようとしているところだった。

    「あぁ、菅波先生、こんにちは。モネちゃん、私ちょっとおつかいに出てくるね。ご飯は炊けてるから」
    軽やかに言って、菜津が出ていくのを見送り、百音は菅波に席を勧めた。菅波が座ると、百音が紙袋からあれこれと総菜を取り出し、皿を並べ、箸を取り出し、とくるくる動く。あの、何か僕もできることは…と菅波が申し出ると、一瞬考えた百音は、じゃあ、ご飯を二膳よそってもらってよいですか?と言う。

    菅波が炊飯器から炊き立てのごはんをよそっている間に、百音は食卓の準備をすっかり整えた。登米の総菜を菜津と明日美の分を取り分けて皿に盛り、どうやら支度していたと思しい他のおかずも別の皿に盛られ、なかなかにご馳走である。菅波の向かいに座った百音が、うれしそうに食卓の彩を眺める。

    「登米の油麩も、茄子とニンニクの炒め物も、すっごく久しぶりでうれしいです。ご飯はみよ子さんちからのお米なので、相性もばっちりですね。あ、あと、これは今日のお昼に食べようと思ってた、コールスローと鶏肉の醤油煮です。ずんだはデザートですね」
    百音の解説を菅波がふむふむと頷き、ちらりと腕時計を見て「あと30分で洗濯も終わります」と律儀に告げる。
    「じゃあ、急がないとですね。いただきます!」
    「いただきます」

    二人で手を合わせて、食べ始める。私は油麩丼にしちゃいます!と百音が茶碗のご飯に油麩をのせて一口たべ、あぁ懐かしいみよ子さんの味です!と弾んだ声をあげる。届けて良かったな、と思いながら、菅波も思い思いに箸を動かし、普段の週末に味気なく食べるコンビニ飯との違いをかみしめる。登米勤務では土地の物を食べさせてもらうのが当たり前になってきているが、東京で改めて登米の食べ物を食べると、油麩も茄子の炒め物も、土地の滋味に満ちていることに気づかされた。

    登米の皆さんはおげんきですか、といつもの会話を交わしつつ、そういえば自分で親子丼作ってみたんですけど、やっぱりお店のようにはとろとろにできなくて、など百音のとりとめのない話に菅波が相槌を打ち、電話で聞いた新企画案の進捗はどうですかと菅波が問えば、百音がそれなんですが、と口を開く。資料を用意しようとして、プリントアウトの設定を盛大に間違えた話を百音が話すと、その内容と話しぶりに、思わず菅波が笑い、百音が拗ねた顔になり、すみません、と菅波がなおも笑いながら謝る。

    ご飯のあと、ずんだ餅をお供に熱いお茶を飲み終わる頃合いに、菜津が帰ってきた。菅波が時計を見ると洗濯終わりの時間である。洗濯物とってきます、と立ち上がる菅波に、百音が容器洗っちゃうので、預けていいですか?と声をかける。分かりました、と菅波が頷くのを見て、百音がすぐにランドリーに持って行きます、と腕まくりをした。

    菅波が乾燥の終わった洗濯物をばさばさとランドリーバッグに入れ終わり、テーブルに置いたところで、百音が勝手口から顔を出した。菜津さんが拭き上げ手伝ってくれたので、お待たせせずにすみました!と笑顔である。急がなかったのに、と菅波が言うと、百音が一生懸命に首を横に振るのもまたほほえましい。紙袋を受け取り、ランドリーバッグ片手に、では、と辞する菅波を百音が見送って外にでる。

    「あ、そうだ。先生、この、こっちの道をちょっと行って、角の2階にハンバーグ屋さんを見つけたんです」
    百音が、コインランドリーの入り口を背に、右手を指さす方向を菅波も見る。
    「先生、椎の実のロコモコお好きだし、今度行ってみませんか?」
    ハンバーグ屋を見つけた時に百音が自分を想起した、という事実に、なにか暖かいものを感じながら、菅波が頷くと、百音がにこりと笑った。

    「そういえば今週は当直何回なんですか?」
    「日曜夜からと、火曜、水曜で3回ですかね。急な肩代わりがなければ」
    「お疲れ様です。ないといいですね、肩代わり」
    「祈っておいてください」
    「祈ります」
    菅波の軽口に、百音が真剣にこくこくと頷く。その様子に、ありがとうございます、と菅波は微笑み、今度こそ、と、改めて「では」と挨拶をして左手の角を曲がって去る。見送った百音は、ぴょんとサンダルで入口の桟を飛び越え、先生の次のお洗濯は木曜日なのかなぁ、と無意識に考えながら、菜津のいるリビングに戻るのだった。

    翌日の菅波の当直は、入った当初はバタついたものの、比較的凪いだ時間が多い勤務になった。医局の部屋で、一緒になった同僚と登米での訪問診療の話などをしているうちに、段々と雑談にシフトしていく。さすがに中性脂肪値を無視できなくなってきた、とぼやく同僚が公言している趣味が食べ歩きなことを思い出し、そういえば、この辺でうまい店知ってる?カジュアルなとこでいいんだけど、と菅波が水を向ければ、定食屋にインドカレー、ビストロに天ぷらと立て板に水で店が出てくる。必死に思われたくなく、脳内でメモを取りながら、永浦さんが行ってみたいところあるかな、などと考えてみるのだった。

    結局、その週の木曜午後にコインランドリーで出くわした二人は、遅い昼を食べにハンバーグ屋に向かうも、肉タネが切れたという早期閉店に出くわし、菅波が同僚から聞いたというインドカレーに足を伸ばしている。
    百音を汐見湯に送りがてらの帰り道、百音が、ハンバーグはまた今度ですね、とナチュラルに言い、菅波もシンプルにそうですね、と相槌を返した。
    翌月曜、登米に出勤した菅波は朝一番に椎の実に顔をだし、里乃に保存容器の入った紙袋を託している。里乃が食べきれました?と何気なく聞くと、菅波がお裾分けできましたので、と返事をする。里乃はそれ以上は詮索せず、お預かりします、と紙袋をカウンターに置き、では、と準備室に戻る菅波の背を中庭越しに見送った。先生がお惣菜をお裾分けする先…ってまぁ、一択よね、と心の中で思いつつ。

    登米勤務も半ばの水曜日、ぽんと百音からメッセージが届く。休憩時間に開くと、いかにもレトロな店構えの洋食屋の写真である。追送のメッセージには「汐見湯から2本裏の路地にこんなお店がありました。創業67年でクリームコロッケが売りだそうです」との付加情報が。奇しくも、その日の昼は椎の実ミックスフライスペシャルだったので、その写真を返送すると、「おなかがすきました!」という返信が届くのだった。

    金曜。菅波の退勤を待ち構えるように、登米のマダムたちが総菜を準備して椎の実でたむろしていた。先生!と呼ばれ、おとなしくそれを受け取る。里乃が言い含めてくれたのか、不用意に大量の総菜には膨れ上がっていないことに安堵しつつ。受け取ってふと、椎の実の入り口に展示されている焼き菓子とコーヒー豆が目に入った。里乃に声をかけ、コーヒーのドリップパック5個入りとクッキーのアソート袋を購入する。会計を済ませながら、東京の家に何もないので、と聞かれてもいないことをいう菅波に、里乃は特に何も言わずほほ笑んでお釣りを渡すのだった。

    書きかけの論文を仕上げてしまいたく、その日は仮住まいで遅くまでPCに向かった菅波が東京の自宅に戻ったのは土曜の夕刻だった。洗濯物をまとめ、荷造りの時にしくじって数枚割れてしまったクッキーのアソートと椎の実のコーヒーパックも総菜の紙袋に突っ込んで、帰宅のその足でコインランドリーに向かう。1台も稼働していない静かなランドリーで洗濯物をセットし、隅の椅子に座ってプリントアウトしてきた書きたての論文の誤字脱字チェックに目を走らせているとしばらくして勝手口が開いた。顔をあげると、汐見湯の店主の菜津である。

    「あら、先生こんにちは。今日、モネちゃんは朝岡さんに呼ばれてイベントのお手伝いにピンチヒッターなんですって」
    「こんにちは。そうなんですね」
    「いつ帰ってくるか…」
    「あ、いえ、特にこれといった約束をしているわけではないので」
    菅波は言いながら、テーブルの上に置いていた紙袋を菜津に渡す。

    「また登米から総菜を持たされまして。僕だけでは食べきれないので、汐見湯の皆さんでどうぞ。あと、永浦さんの登米での勤め先に併設のカフェの物です。渡していただけますか」
    菅波が猫背に差し出した紙袋を菜津が笑顔で受け取る。
    「ありがとうございます。この間いただいたお惣菜もとってもおいしくって!あ、そうだ、先生、お夕飯にこれ召し上がっていきます?」
    菜津の柔らかな誘いにしかし、菅波は仕事もありますし、と消極的である。モネちゃんいないのにそりゃちょっとまだ窮屈よね、と菜津も心中でそれに理解を示して、じゃあ、モネちゃんに渡しておきますね、と勝手口の向こうに姿を消した。

    洗濯が終わるまで、という集中で論文のチェックが進み、終了のブザー音がちょうどキリの良いタイミングで鳴った。ランドリーバッグを大きく開きつつ、会えなかったが紙袋を菜津に預けられてよかった、と複雑な心境を洗濯物と一緒に青い袋の中に詰め込む。

    その週は結局、百音が2回空振り、菅波が1回空振りして、金曜日に二人はコインランドリーで邂逅している。自分より先に洗濯を始めていた菅波を見つけた百音は、返す用意万端の保存容器入りの紙袋を自分の部屋に飛ぶように取りに戻り、そんなに急がなくても、と菅波が笑うと、ハンバーグ屋さんに行く時間なくなっちゃいますから!と百音が張り切って言う。リベンジに訪った店で、今回こそありついたハンバーグは確かに粗挽きの肉の食感も美味しく、食べれてよかったですねぇ、と百音が嬉しそうにほおばるのを、菅波も笑顔で頷くのだった。帰り道、椎の実のクッキーとコーヒー、ありがとうございました!すっごく久しぶりでうれしかったです、とニコニコと百音が礼を言う。菅波は割れてしまってすみません、と詫び、食べる時には割れますから、と百音の慰めにこめかみに手をやるのだった。

    翌月曜。また菅波が朝一番に椎の実の里乃に保存容器を託しに顔を出すと、そこには里乃だけでなく山の主おサヤカの姿があった。

    「あら、センセ、おはようございます。今週もよろしく」
    「おはようございます。よろしくお願いします」
    「で、モネは喜んでました?椎の実のおやつ」
    ポンと言われた言葉に、特に考えずに返事が出る。
    「久しぶりでうれしかった、と」
    と言ったところで語るに落ちたことに気づくと、サヤカと里乃は目を合わせてふわりと笑いつつ、そりゃよかったよかった、とこれ以上追求しない構えで、菅波は胸をなでおろす。
    「まぁ、今週末も持ってってやってくださいよ。今回は私がおごります」
    サヤカが重ねて言うので、菅波もそれは辞退せず、サヤカさんからだとよりうれしいのでは、と言い残して、準備室に去っていく。

    その後ろ姿を見ながら、サヤカが里乃にいう。
    「モネに聞いたけど、あれであの二人、待ち合わせしないんだって。コインランドリーにいたら会う、って」「コインランドリー?」
    「モネの下宿先の。そこを先生も使ってんだって」
    「会う約束する間柄じゃない、ってこと?」
    「先生の遠慮に、モネの無自覚のコンビネーションだろうね」
    「そんな阿吽の呼吸あります?」
    里乃の言葉に、サヤカも思わず笑う。
    「それが二人のペース、なのかねぇ」
    「乱さず見守らないとですねぇ」
    「だねぇ」

    サヤカと里乃が語らいながら、在りし日の二人の様子を思い出す中庭には、登米の秋の陽光がふわりと降っているのだった。
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    2022/10/24 23:27:01

    聞いたことない、阿吽の呼吸

    「電話、心、かさねて」 #sgmnの続きに当たるお話です。汐見湯耕治襲来から、「先生、テレビ見てまた笑うんでしょう」までに、さらにどんな時間を過ごしていたのかなぁ、という。

    ツイッタでねぎこさんやぽんぽこさんが、登米から総菜をもらって帰るようになった先生がいるに違いない・椎の実で何か買ってく先生もいるに違いない、というところから、許可をいただいて書かせてもらいました。とても楽しかったです。ありがとうございます。

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