サメ太朗 新婚ほやほやを目撃する次の日の朝、モネちゃんもスガナミもなんだか少しいつもと違った感じだった。なんだろ、ちょこっとキンチョー感、みたいな?うん、昨日の夜も仲良しだったみたいで、それもいつも通りだし、仲良く朝ごはん一緒に作って食べてるのもいつも通りなんだけど。モネちゃんもスガナミもなーんかソワソワしてるんだよね。
サメ棚のみんなも、昨日と空気違うね?ってひそひそお話してる。今日、スガナミのオトーサンオカーサンにモネちゃんがご挨拶行って、それで婚姻届を出すんだよね。婚姻届だしたら、フーフになるんだよね?なんか、新しい!
朝ごはん食べ終わって、さっそくお出かけみたい。モネちゃんはおめかしなワンピース!かわいーね!髪もふわってしてて、とっても素敵!変じゃないですか?ってモネちゃんはまたスガナミに聞いてるけど、いつもどおりの青チェックにチノパンのスガナミに聞いても、って感じじゃない?ダイジョーブ!素敵だよ!
てかスガナミはもうフツーにデレデレだし!ちゃんとキンチョーしてるモネちゃんを支えてあげろよー。デレてる場合じゃないぞー。知らんけど。
二人で持ち物もチェックしあって、忘れ物ないね?ないです!って言って、顔を見合わせて。じゃあ、行きますか。行きましょう。って手を取り合って。
なんだかんだ似た者同士の二人だよねぇ~。あ、スガナミがモネちゃんにちゅーした!モネちゃんが照れってれでなんかキンチョーはほぐれたっぽいけど、もー!ばくはつしろ!!はいはい、もう出かけなさい。いってらー!!
二人のおでかけを見送った後、モネちゃんと一緒にいるスガナミを見慣れなさ過ぎて胸やけと胃もたれを起こしたイタチザメくんとシュモクザメくんとネコザメさんを、サメ棚のみんなで応援してたら僕たちの一日は終わった。もー、ほんと、スガナミの波紋を呼びっぷりったら。スガナミがごめんねー。
そんな地味にハランバンジョーな一日を過ごしてた僕たちのとこにモネちゃんとスガナミが帰ってきたのは夕方ちょっと前、って時間だった。なんだか二人、朝とはうってかわって、ほわほわした空気が漂ってる。これは、ご挨拶成功だった、のかな?
二人でどさっとベンチソファに座って、あーっ!って大きなのび!
「疲れたねぇ」
スガナミの嘆息に、モネちゃんも「ねぇ~」ってお返事してる。
そーだよねぇ。あちこちのご用事をいっぺんに済ませてきたんだもんねぇ。
のびからぴょんって体を起こしたモネちゃんが、スガナミを見上げてる。
ん?って顔のスガナミにモネちゃんがにっこにこで。
「ご両親にきちんとご挨拶できてよかったです。あぁ、光太朗さんを育てたお二人なんだなぁってひしひしと感じました」
お、これはモネちゃんのご挨拶てごたえあった感じ?
「そういってもらえるとありがたい。ほんと、母親がはりきってしまって」
「いただいたお茶もお菓子もどれも美味しくって、ご準備くださったのうれしかったです」
「張り切りすぎるなと言っておいたんですけどねぇ。義姉の時もそうだったけど」
スガナミがチベスナ顔になって、そしたらモネちゃんがまた笑う。
「先生とお義父さんがおんなじ顔になってて、もうそれで緊張がほぐれちゃいました」
へー!スガナミのおとーさんかぁ。おんなじ顔って、おもしろいね!
そういや僕も、会ったことないやー。いつか会えるといいナー。
「でも、お二人とも、私の仕事のこともご理解くださって、応援してるっておっしゃってくれて、ほんとにうれしかった」
うんうん、ってうれしそうなモネちゃんに、スガナミもうれしそう。
「ね。大丈夫って言ってたでしょ」
「そりゃ先生のことは信じてますよ。でもやっぱり緊張はしますって」
「それもそうか」
って、ふとモネちゃんが思い出し笑いの顔。
「まぁ、挨拶に来るって時に、逃亡しちゃう父親をもつ私が言えることじゃないかもだけど」
あー!あったねー!コージがヒデさんとこで酔いどれたやつ!
コージが酔いどれで、ごめんねー!あんときのスガナミはよくがんばったよ、うん。見てないけど。二人で昔を思い出したのかくすくす笑って。あーもー!なんで今日こんなに雰囲気あまあまかなぁ!ばくはつしろ!
モネちゃんが立ち上がって、着替えまーす、って隣のお部屋に入ってった。はにかんだスガナミが、モネちゃんを見送って、よっ、と自分も立つ。台所でヤカンを火にかけて、コーヒー淹れるみたい。マメをごりごりして、ヤカンとかセットしたとこで、着替えて髪をくくったモネちゃんがお部屋から出てきて、スガナミと交代。頼みます、って自分も着替えに行ったスガナミは、青チェックを脱いでズボン履き替えただけですぐに戻ってきて、モネちゃんの隣でマグカップ用意してる。ほんと、息ピッタリだよねぇ。
淹れたてのコーヒー持って、テーブルに向かい合って。マグカップで乾杯してるー。たのしそー。なんだかほっとした空気。いいねぇ。しばし無言で、でも居心地よさそうにコーヒー飲んでたモネちゃんが、あ、そうだ、ってバッグから何やら取り出した。紙?
「この婚姻届のコピー、どこに仕舞っておきます?」
「あぁ、そうですね。うーん、保険の証書を入れてるファイルがあるから、そこにでもいれますか」
「あ、それがいいかも」
ぺらりとテーブルの上に置いた紙を、マグカップ持った二人がしげしげと眺めてる。なんか、珍しい紙なのかな。食べられるとか?
「こうやってコピーとっておくのって、お義母さんに言われなかったら思いつかなかったです」
「あの人も義姉から聞いたって言ってたけど、確かにこの発想はなかった。提出してしまう書面を残すというのも、確かに記念にはなる」
モネちゃんがその紙をみて、ふふふって笑ってる。
「受理されちゃいましたねぇ」
それを見るスガナミの表情のゲロ甘いこと。そのコーヒー、僕にもちょうだい!
「受理されましたねぇ」
「先生がついにオットですよ」
「それを言うならあなたはツマですよ」
「へんなのー!」
えーっと、モネちゃんの飲んでたのもコーヒーでお酒じゃないんだよね?
もー、二人ともなんかテンションおかしいー。
ふわふわしたモネちゃんが、そういえば、って口を開く。
「区役所からの帰り道に鉄パイプ引きずって歩いてるおばあさんいましたけど、あれなんだったんでしょね」
「あれねぇ。なんだったんだろう。あんな鉄パイプを引きずる音、ホラー映画でしか聞いた事なかったよ」
ってなんでそんなイベントにでくわしてんの。おもしろいなぁ。まぁ、そのおばあさんがいきなり襲い掛かってきたりしなくてよかったよ。知らんけど。
って思ってたら、今度はスガナミが、それにしても、って言う。なんだなんだ。
「こうして字面で並ぶと、年の差の突きつけられ度合いが大きくて…」
眉を寄せながらスガナミが指で示したところをモネちゃんが覗き込んで小首をかしげる。
「昭和…と平成?」
「そう。1980年代生まれと90年代生まれ、と言う以上に、昭和生まれと平成生まれ、だと…」
「数字は変わんないですよ?」
「まぁ、そうなんだけど…」
あー、たまーにスガナミはモネちゃんとの歳の差気にしてるもんなぁ。モネちゃんの方は全然気にしてないけど。そんで、違いが分かりやすいなんかがあるんだな。まー、でも、事実だし、受け入れるしかないんじゃん?それこそ。
「そういえば、昔、登米夢想のお祭りで、昭和チームと平成チームができた時、先生は昭和チームでしたもんね。里乃さんと一緒になんか嫌そうだったの覚えてます」
「ありましたね、そんなことも。だって、昭和の記憶なんか全然ないですよ。物心ついた時には平成だったんだから」
「まぁまあ。今や令和で、昭和も平成も過去ですから、いいじゃないですか」
「もうこうして届も出せたし、いいんですけどね。いいんですけどね」
相変わらず最後はモネちゃんに言いくるめてられてやんの。なのになんかぶつぶつ言ってて、ほんと、そーゆーとこマジスガナミ。
その日の晩ご飯は、昨日モネちゃんが作り置いてたチキンライスでオムライスだってんで、コーヒー飲んでまったりしたあと、また二人で楽しそーに台所であーでもないこーでもないって卵を焼いて。あー、卵破けちゃった!って言う割に、それも楽しそうなモネちゃんに、スガナミの目じりも下がりっぱなし。コールスローもたっぷり作り置いてるから、ちゃんと私が帰った後も食べてくださいね、ってモネちゃんのやさしさが染み入りすぎるよ。スガナミのこのカホーモノめ!まぁ、モネちゃんとけっこんできたことで、スガナミの一生分の運はもう使い果たしてる。そう思う。知らんけど。
晩ご飯の片付けも二人で仲よく並んで終わったら、お風呂タイム。今日はお先にどうぞ、ってスガナミを先にお風呂に送り出したモネちゃんが、サメ棚に来て、僕のことむぎゅって抱っこして、ソファベンチにぼふって座った。わー!どしたのー!
モネちゃんは、僕のことむぎゅむぎゅして、そんでなんかジタバタしてる。
「サメ太朗、あのね、今日ね、先生のご両親のところに、光太朗さんと結婚させてください、ってご挨拶に行ったんだけどね」
あ、うん。知ってる。
「先生がね、おうちだと、なんだか『こども』の顔なの!だけどね、いっしょうけんめい、いつものせんせの顔しようとしててね、それがなんだかとってもかわいくってね、でもこれかわいいって言ったらヤな顔するんだろうなぁって思ったらそれもかわいくてね。ちゃんと私のことも紹介してくれてね、あぁ、ほんとに大切にしてくれてるし、大切だってご両親に伝えてくれるんだなぁっていうのもうれしくってね。それに、先生が高校生まで使ってたお部屋見せてもらったら、あぁ、ここでこうたろう少年は大きくなったんだなぁって。やっぱりね、お部屋にはサメポスター貼ってあったし、サメぬいさんもいたんだよ。サメ太郎っていうんだって。ほら、あの絵本の。お義母さん曰く、歴代のだっこして寝てたサメぬいさんのことをサメ太郎って呼んでた、ってめちゃくちゃかわいくない?それで、私が偶然、サメ太朗のことをサメ太朗って名前つけてたの、すごいよね!」
長っ!時々あるけど、モネちゃんのスガナミに関する心の声、長っ!でも、ほんとにいい時間だったし、ほんとにうれしかった、ってことはしみじみ伝わったよ。僕もいつかサメ太郎さんにも会えるといいナー。その後も、指輪買った時の話とか、ひたすらノロケられて、砂糖吐きそうになってたら、いうて早風呂のスガナミが出てきて。
はいっ!って僕をスガナミに渡して、モネちゃんがお風呂に行く。濡れた頭をわしゃわしゃってタオルで拭いてたスガナミが、僕をだっこしたまま、モネちゃんと入れ替わりでベンチソファに座る。
「サメ太朗、今日、一緒に百音さんと実家に行ったんだけどさ」
あ、うん、知ってる。あー、これスガナミのターンだ。いやもう、はい、聞きますけども!
「百音さんがさ、最初すっごい緊張しててさ。僕が亀島に挨拶に行った時も、何なら僕より緊張して口がへの字になってたんだけど、それとおんなじで、なんか2年半前にタイプスリップしたみたいで、でもあの時よりちょっと大人びた百音さんでさ、もう、なんだかんだその時点でかわいいんだよ。それでも両親に紹介したら、しっかり挨拶して、あっという間に母親と打ち解けて、ちゃんとしつつも楽しそうな百音さんのあの表情とか様子って、今まで見たことなくってさぁ。あぁ、こういう百音さんが見られるなら、もっと早くに紹介させてもらってればとか思うレベルでかわいいんだよ。その後、婚姻届けを出しに行った時に、係の人に張り切って『お願いします』って両手で書類差し出してるのもかわいいし、指輪を選びに行った時も、すっごく真剣に考えてる様子もあぁ、百音さんだなぁって感じだし、分からないことがあったら全部お店の人に質問するのもさすがだし。もう、今日はずっと百音さんが破壊的にかわいかった…」
長っ!モネちゃんも長いけど、スガナミの心の声も、長っ!うん、モネちゃんはいつもかわいいけど、今日は初めて見るモネちゃんがたくさんで、それがまたとってもかわいかった、ってことはよく分かった。うん。あー、ほんとに今日はトクベツな日だったんだな。スガナミにとってもモネちゃんにとっても。
今日から二人はフーフなんだもんね。フーフって、いいものなんだろうなー。こんだけ二人がうれしそうなんだもん。これからもまだしばらく離れ離れの二人だけど、フーフってことでなんかまた次への一歩なんだろなと思ったら、涙腺ないけど涙出そう。
お風呂から出てきたモネちゃんの髪をスガナミが乾かすのも、その後スガナミのをモネちゃんが乾かすのもいつも通りだけど、目が合っては、にこにこふわふわ笑ってる二人は、いつもよりこの時間が楽しそう。ベンチソファに座ってたスガナミの前に立ってドライヤーかけてたモネちゃんがドライヤーをスガナミの隣に置いたら、スガナミをぎゅってハグしたら、スガナミもハグを返して。モネちゃんがスガナミにキスしてるー。あ、立ち上がったスガナミがひょいってモネちゃんお姫様抱っこしたー!モネちゃんも嬉しそうにスガナミの肩に手を回すし!もー!やっぱりばくはつしろ!
そのまま隣のお部屋に入ってった二人を見送ったら、またサメ棚でイタチくんたちが胸やけを起こしてた。うん、あの、破壊力増してたからね…仕方ないね…。慣れよう!がんばろ!