たい焼きとコーヒーいつもの勉強会のため椎の実に訪れた菅波に百音が差し出したのは、何かの紙袋だった。いつもの席についてテーブル越しに差し出されたそれと百音を菅波が見比べる。
「あの、それは?」
「たい焼きです。サヤカさんからの差し入れで」
なるほど、言われればたい焼きが入っていそうなマチの広い薄手の耐油紙である。
「永浦さん宛ての差し入れなのでは?」
自分まで食べるいわれはない、とでもいうような菅波の言葉に、百音がぶんぶんと首を振る。
「先生にも、っていうか、先生にこそ。里乃さんから聞きました、今日、先生は訪問診療から遅くなって、椎の実のお昼食べてないって。それを聞いたサヤカさんが、街に出ついでに買ってきてくれたんです。どうせ、大したもの食べずに午後の仕事してるんだって」
すっかり行動が筒抜けであることは登米夢想においては避けられないなと菅波はこめかみをかいた。百音のいう通りで、今日は朝食以外は訪問診療からの帰りに車の中でチョコバーを一本かじっただけだ。東京勤務の折にも食事が不規則なことはままあるので気にしてはいなかったが、ことこちらに来ると、人らしい食生活というものに折々に巻き込まれる。百音が紙袋を開けて漂った香ばしさと甘さの混じる香りに、ふと菅波の腹が鳴った。
「ほら、先生、体は嘘つきませんよ。これ食べて、それから勉強会、お願いします」
紙袋をテーブルの上に置いて菅波の方に差し出した百音は、コーヒーも淹れておいてあるんです、とキッチンに踵を返す。百音が里乃に淹れ方を教わったと椎の実ブレンドを淹れるようになり、しばらく菅波は勉強会で出されるそれを黙って飲んでいたが、その分の豆は百音が自分で買っていると聞き、ひと悶着、いや、ふた悶着ぐらいして菅波も豆代を折半するようになったものである。
百音が、どうぞ、と木の輪切りのコースターにマグをのせ、菅波が礼を言って受け取る。たい焼き、どれでもお好きなのをどうぞ、と百音が言うので、中身に違いが?と菅波が聞くと、全部粒あんです、という。それならお好きなのもへったくれもないのでは、とぶつぶつ言う菅波に、端っこより真ん中にある方がしっとりしてそう、とかあるかもしれないじゃないですか、と百音はそれを意に介さない。
じゃあ、この端のをいただきます、と菅波が袋から一尾取り出し、百音もお相伴します、と言いながらその隣のたい焼きを取り出した。律儀に、いただきますを言った菅波が、たい焼きを半分に割ってしっぽ側に口をつける。チョコバーしか食べていなかった体に、しっかりめの焼き加減の皮としっかり詰まった甘めの粒あんが染み入る。思わずほっとした顔になりながら、うまいですね、とつぶやいてもぐもぐと食べる菅波を、百音がまるごとのたい焼きをしっぽからかじりながらなにやらニヤニヤと見ている。
最初に口をつけた半分を食べ終えたところで百音のその目線に気づいた菅波が怪訝な顔をする。
「なんですか?」
たい焼きを食べているだけなのに、とぶつくさ言いながらコーヒーに口をつけ、その馥郁な香りと程よい苦みで口をリセットしてもう半分に取り掛かろうする菅波に、百音がテーブルの上に腕を伸ばして、たい焼きの入った袋の前後をくるりと回して見せた。
そこには、文字と絵がプリントされていて、上部には『たい焼きの食べ方で分かる性格診断』と書かれている。眉根を寄せる菅波に、百音がある場所を指さす。
『半分に割って、尻尾から食べる人』
あ、と菅波の手が止まる。
百音はこれを見ていて、菅波がどう食べるか見守っていたということだ。
百音が身を乗り出して説明文を読む。
「『用心深く慎重。礼儀正しい優等生タイプ。自分の気持ちに素直になりたいと思っているが、いざとなるとその勇気がない』…ふむふむ、ナルホド」
なにやら納得して頷いている様子に、菅波は納得いかない顔をしている。
「そんな何の根拠もない診断をされても困るのですが」
文句を言いながら、残りのたい焼きをさきほどよりは乱暴にもしゃもしゃとかじる。
そんな菅波を見ながら、百音が言葉を重ねる。
「やー、でも当たってますよ。せんせい、用心深いとこありますし。雪道めちゃくちゃ気を付けて歩くじゃないですか。みんなより倍は歩くの遅い」
「それは単に僕が雪に慣れていないだけです」
「礼儀正しいし」
「世間一般的に社会人として求められる水準を維持しているだけです」
「優等生タイプだし」
「本当に優等生ならもっとソツなく仕事してますよ」
百音の読み上げにぴしゃりぴしゃりと返事をしながら、菅波はもう半分のたい焼きを食べ下してコーヒーを飲んだ。そんな菅波を面白がりながら、百音は最後の箇所を読み上げる。
「『自分の気持ちに素直になりたいと思っているが、いざとなるとその勇気がない』ってことあるんですか?」
「その聞き方は、その記載事項に一定程度以上の事実性がある前提ですが、それがおかしくないですか」
「えっと、漢字が多くてよく分かんなかったんですけど、そんなことあるのかなー?って」
「ありません」
立ち上がってキッチンで手を洗った菅波が、ハンカチで手を拭きながら戻り、残り2つのたい焼きが入った袋を診断が書いてあるのと反対向きにガサガサと丸めて、百音の両手の上にポンとおいた。
「こういう『診断』というのは、その場の話題作りをするためのもの、と言うのは分かります。ですが、『血液型診断』でよくB型の人が嫌な思いをするように、扱いには留意が必要ですよ」
ごちそうさまでした、ひとつで十分なので、あとはサヤカさんと食べてください、と付け足して自分の席に戻る菅波に、百音はぺこりと頭を下げた。
その様子に、菅波の口許がわずかに緩む。
「まぁ、僕は、自分の気持ちが何なのか掴みあぐねることが多いので、気持ちに素直になることも難しく、勇気が持てないのはそうかもしれませんね」
厳しい指摘をした後に、話題をもう一度拾う菅波のさりげないやさしさに、百音がうれし気に唇をむにむにとあわせる。はい、早く食べ終えて、K-indexの演習結果を出してください、と菅波に急かされて、百音はちょ、ちょっと待ってください、としっぽから食べて最後に残った頭を口に放り込む。
『尻尾から食べる人は、鈍感な一面もあり、異性に恋されていても気づかぬことが多く、片思いに悩むタイプ』とは、百音も菅波も読まずじまい。
たい焼きの食べ方で分かる性格診断の正誤が分かるのは、もうしばらく先のこと。