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    くちなしいろのおとめのはなしその日は祝日だったが、百音には午前中から昼過ぎまでの勤務予定があった。森林組合が市役所から請け負っていた仕事の納品作業である。登米市の成人式記念品は毎年木工品と決まっていて、登米市内の森林組合の持ち回りの、今年は米麻森林組合がその担当というわけである。会場設営の都合上、当日の搬入を依頼されたという作業に、やります、と手を挙げたのは百音自身だった。

    『そもそも永浦さんは新成人で故郷の成人式に出るもの』と思っていた佐々木は当初驚いたが、百音自身が出席しないといい、サヤカが『本人がいいと言っているのだし、納品にしたって年寄りが行くより同輩から届いたものの方がいいってもの』と口添えをしてそのような予定に収まっている。

    サヤカに早起きするように言われていた百音が、その日、いつもの起床時間より一時間早く起きて居間に行って見たのは大きなテーブルの上に一式揃えられた和装と千代子の姿である。
    「おはようございます。あの、サヤカさん、これは…?」
    「見てわがんないの?振袖。アンタが着るんだよ」
    「え?私、今日は成人式出るんじゃなくて配送に…」
    「だがら。いつものジャンパーでお祝いの会場に出入りなんてできないでしょ。それに、贈呈の様子とか写真撮ってきてもらいたいから、会場にいて溶け込んどいて欲しいのよ」

    有無を言わさぬサヤカの言葉に、はぁ…と百音が頷いたところで、千代子がはい、おにぎりと味噌汁を乗せた盆を差し出した。着付けの前に腹ごしらえをしろ、という。言われるがまま急いで朝食を食べ、千代子の指示通りに真新しい和装肌着を身につけたら、あれよあれよと二人の手によって和装が着付けられていく。

    大きな牡丹唐草の地紋が華やかな梔子の色無地の振袖に、帯は金糸銀糸も使った多色の青海波。帯結びは少し慎ましやかに片文庫の三枚羽。こうして着付けられて、初めて千代子が美容師の経歴をもつことを知った百音は、髪を上げられるのもされるがままである。まとめた髪に新田家の伝来物の大きな鼈甲の平簪があしられ、さらに紅もさされれば、今時のような派手さはないが、むしろクラシカルな趣向がしっくりと似合うおとめの姿が出来上がった。

    「うん、綺麗に支度できたね」
    と満足げなサヤカをモネが不安げに見上げた。
    「あの、サヤカさん、私、着物で車運転したことないんですが、大丈夫でしょうか」
    あぁ、それなら、とサヤカはこともなげに手をふってみせる。
    「私が運転してくから」
    「えっ?」

    はい、じゃあ行くよ!とサヤカが車を出し、百音が助手席に、千代子が後部座席に乗り込んで登米夢想まで。森林組合の事務所を百音が解錠すると、サヤカが記念品の矢羽材でできたペンケースを取り出して百音に持たせた。
    「はい、写真撮るよ」
    「えっ?」
    「今年はウヂの組合がこんなのを新成人に贈呈しました、って森林組合のホームページに載せたりしないと。モネ、せっかくの盛装なんだから、いい感じに持って撮られて頂戴。そのほうがペンケースだけ写すよりいいでしょ」
    「…分かりました。えっと、私のスマホでいいですか?」

    百音がサヤカから借りた巾着からスマホを出そうとすると、千代子の孫娘が顔を出した。田中のカフェで顔を見知っていた、田中の写真仲間だ。首からプロ仕様の一眼レフを提げている。
    「おばあちゃんのお迎えついでに来ちゃいました。モネちゃん、きれいに撮りましょうね!」
    後は、孫娘とサヤカと千代子の三人がかりで、あちこちで立ち位置を指示され、ポーズを取り、撮影大会の様相を呈している。孫娘の撮影の合間にサヤカも自身のスマホで写真を撮って、なにやら頷いている。

    そうして撮影が終わった頃合いで、会場への納品に向かってちょうどの時間である。孫娘とサヤカが車に記念品の段ボールをあっという間に積み込み、百音はすみません…と身を縮めるばかりだが、二人とも気にしない、気にしない、と百音をまた車の助手席に押し込める。千代子と孫娘に見送られて、サヤカと百音は成人式の会場の総合体育館に向かった。

    体育館の通用口にサヤカが車をつけると、中から市の職員とおぼしきスーツの男性が姿を現した。到着を待っていたと見えて、サヤカの身振りですぐに台車を持ってくる。スーツの男性が台車に記念品を下ろしたところで、サヤカの隣の百音に目を止めた。
    「今日、式にご参加される方ですか?」
    「ではないんですけどね。ウヂの職員で新成人なもんだから」
    「そうでしたか…」
    とサヤカの話を聞いたところで、男性がふと考えこんだ。ちょっとすみません、と断りを入れてどこかに電話をして、それを終えるとサヤカと百音に向き直った。

    「実はですね、記念品を贈呈する予定だった方がインフルで来られなくなって。他の式次第と合わせて市長から贈呈してもらおうかと思っていたのですが、せっかく晴れ着でいらっしゃるし、こちらの職員の方から新成人代表に贈呈いただけないでしょうか。実際に作ってくださった森林組合にお勤めの新成人から、というのもとても意義があると思いますし。そちら様さえよければこちらはOKと確認が取れました」

    サヤカと百音が顔を見合わせるが、サヤカの表情を見た百音は腹をくくった。組合のアピールにもなるチャンスをしり込みしてフイにするという選択肢はない。百音がぐっと頷くのを見て、サヤカはお願いします、と頭をさげた。

    「サヤカさん、これももしかして狙っていて?」
    式次第半ばの記念品贈呈にスタンバイした舞台袖で、百音はサヤカに小声で聞くが、さすがにこれは知らなかったわよ、とサヤカも苦笑する。贈呈にあたっては、記念品の説明もしてほしい、と説明を受けていて、百音は目録とペンケースを両手で大事に持っている。

    『続いて、記念品の贈呈です。贈呈には、米麻森林組合にお勤めで皆様と同じ新成人の永浦百音さんにご登壇いただきます』
    司会の声に、サヤカがいっといで、と背中を押すと、百音はうなずいて壇上に進んだ。

    「新成人の皆さん、おめでとうございます。今日、みなさまにお届けする木のペンケースは、矢羽材といって昭和57年に開発されたムクの集成材です。木目を丹念に継ぎ合わせ、そりや狂いのない素材を作り上げています。時間をかけて作った矢羽材を、さらに熟練の木工職人さんたちの技術で使い勝手もよいペンケースに仕上げました。山と技術の恵みの詰まったこのペンケースが、皆さんのこれからの学びや仕事の一助になることを願い、記念品としてお納めします」

    サヤカと突貫で作った挨拶を予報士試験の勉強で培った暗記力でたたき込んだ百音は、緊張しながらも頑張って挨拶を延べきった。向かいに立った新成人代表の二人に目録とペンケースを渡し、一礼して舞台袖にひっこむと、膝に手をついて大きく息を吐いた。サヤカは上出来だよ、と肩を叩いてねぎらう。

    同じく舞台袖にいた職員に挨拶をしてその場を辞した二人は、またサヤカの車に乗り込んで帰路につく。運転しながらサヤカが百音をねぎらった。
    「モネ、おつかれさま。壇上にまで上がってもらうと思ってなかったけど、上出来だったよ」
    「ありがとうございます。というか、私、ほとんど何もしてない…」
    「結果オーライでしょ。記念品の紹介写真を晴れ着のアンタで撮りたかったのは私だし」

    むむ、と百音が唇をよせつつ、そういえば、と百音が身に纏った振袖を撫でた。
    「これ、どなたの振袖なんですか?」
    「んー?私の。娘時代に作った振袖のいくつかでね。色無地だから結婚したら袖切ったらいい、なんて言ってたのに、袖切る前に離婚しちゃって、そのまんま。他の振袖は手放したけど、まぁ、これは色無地だし、って置いてたの。今回、モネが着せられてよかったわ。悪かったね、他の子たちみたいな華やかな柄じゃなくて」

    サヤカの言葉に百音が首を横に振る。
    「振袖着るつもりなかったから、こうして着せてもらえてうれしいです」
    百音の言葉に、そぅ、ならよかった、とサヤカが笑う。

    「午後は先生と勉強すんでしょ?そのままで行ったら?別に座っての勉強だったら着物でも関係ないでしょ」
    「でも、汚しちゃったら悪いし」
    「先生にも見せてあげたらいいのに」
    「試験まであと何日だと思ってるんですか、ってこんな顔で言われちゃいますよ」
    と百音がする菅波の顔マネに、赤信号で止まったサヤカが大笑いする。

    結局、そのままサヤカ邸に帰宅した百音は早々に振袖を脱ぎ、普段着に着替えて改めて椎の実に出向く。ちょうど同時に到着した菅波に、髪にさしたままのかんざしを指摘され、昼までの仕事の顛末を語って聞かせた。仕事とはいえ大変でしたね、とねぎらわれ、先生、振袖見たかったですか?と百音が聞くと、いえ、特には…という。ですよねー、と言いながら、百音が椎の実を解錠して、ラストスパートの勉強会が予定通りに始まった。

    翌日の森林組合のプレスリリースとウェブサイトに、ペンケースを持った姿と式壇上の百音の写真が載り、それは龍己を経由して亀島の目にも届いた。耕治と亜哉子の感動もひとしおで、サヤカの元には永浦水産の最上級牡蠣がひと箱届けられたという。椎の実で昼食をとる菅波の元には、百音の晴れ着姿のプリントを10ショットほど持った千代子が、ほれ見ろ、きれいだろ、と押しかけ、菅波のはぁ、黄色ですね、という生返事に、ダメだこりゃ、とサジを投げている。

    菅波が、その百音の晴れ姿の全ショットのデータを手に入れたのは1年後のこと。その折には、千代子の孫娘が書いた東京限定のスイーツの長いリストに奔走する姿があったとか、なかったとか。
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    2023/01/09 22:50:11

    くちなしいろのおとめのはなし

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