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    くちなしのおとめを求めて三千里不規則な年末年始の勤務を東京で過ごしたあと、1月4日に登米夢想の診療所に出勤した菅波は、登米夢想の入り口の掲示板に新たに貼られた掲示物に我が目を疑い、思わずその前で足を止めて立ち尽くした。晴れ着姿の百音が、森林組合の木工品を持ってあでやかにほほ笑むB2サイズのポスターである。百音の横には『新成人のお祝いに、とよまのペンケースはいかがですか』『成人式の記念品にも選ばれています』と文言が書いてある。

    菅波には『黄色』としか表現が見当たらないが、地模様だけのシンプルな振袖の鮮やかな色が百音によく映えている。ペンケースを持って静かにほほ笑む様子は百音の森林組合の仕事への誇りのようなものも感じさせ、確かに新成人への贈り物にも相応しいと感じさせる説得力があった。これはいつ撮ったものだ?と菅波は内心で首をかしげる。昨日会った百音と比べると少し幼さが残り、前髪も短い。まだこちらに勤務していた頃の…?と考えていて、隣にサヤカが立ったことに気づいたのは一拍遅れてからだった。

    「かわいいでしょ」
    ぽんと言葉を放り込まれて、「え、あぁ、はい、もちろん」と応答がつるりとでた。
    「あ、あの!」
    焦った様子の菅波に、サヤカは鷹揚な笑顔を返した。
    「どしたの」
    何を聞こうとしているかは大体察していながら菅波にすべて言わせよう、という腹にも気づかず、菅波は言葉を続ける。
    「これ、いつ撮った写真ですか?」

    「せんせ、新聞もウヂのホームページもろくすっぽ見てないでしょ」
    「へっ?」
    「去年。モネが成人の日に森林組合の仕事で着たのよ。ウヂが記念品納める持ち回りでね。結局、式典での贈呈にモネが壇上に上がったから、こっぢの新聞にも大きく載ったし、ホームページにも載せたのよ」
    「…知りませんでした」
    それを見逃していたのか、と忸怩たる思いでまたポスターを見る菅波に、サヤカが話を続ける。

    「モネの父親の耕治さんもそりゃあよろこんでねぇ。新聞、50部ぐらい買って取引先に配った、って」
    あぁ、あのおとうさんならやりかねない…。そして永浦さんと妹さんがやめてよと言ったに違いない…と菅波は心中で深々と頷く。

    「あの、この写真を使うことは永浦さんは?」
    「もちろん、モネには事前に許可もらってるわよ。成人式出なかったけど、あの日着せてもらってよかった、ってオトナに言ってくれてうれしかったわ」
    「そうでしたか」
    今すぐスマホを取り出してポスターを写真に収めたい衝動をサヤカの隣で我慢しながら菅波が頷く。

    「結構いろんな写真撮ったのよ。千代子さんとこのお孫さんも撮り甲斐があるって張り切っちゃって」
    百音がいた頃を思い出して嬉しそうなサヤカに、しかし菅波は大切な情報を聞き洩らさなかった。
    「これ撮ったの、千代子さんのお孫さんなんですか?」
    「そう。ほら、トムさんと写真仲間だったでしょう。ポートレートが上手いんだって言ってたから。この時撮ったモネの写真でどっかの写真展に入賞したって」

    千代子の孫娘も、登米夢想に折々に出入りしていて診療所も使っているので、菅波も顔見知りである。何やらの算段を頭の中でフル回転させている様子の菅波に、サヤカは口許を緩めながら「私の娘時代の着物がこうやって生きるんだからありがたいことだよねぇ」と肩を揺らして笑い、じゃ、とその場を離れていく。サヤカの姿が見えなくなったことを確認した菅波は、早速スマホを取り出し、目の前のポスターを写真に収めるのだった。

    診察室に向かいながら、去年の成人の日あたりのことを思い出す。3回目の予報士試験の直前で、祝日の午後も勉強会をやった。そういえばあの時に、珍しく髪を結っていて年代物とおぼしき簪を着けていた。振袖を着た、という話を流し聞きしていたがあれがそうだったか、と歯噛みの気分である。当時、百音に「見たかったですか?」と問われて「特には…」と答えたことは菅波の記憶にない。

    登米夢想には、入口の掲示板の他に、椎の実にも百音のポスターが貼られていて商品宣伝に余念がない。実際、普段より売れているらしく、佐々木の得意げな話がランチを食べる菅波の耳にも入っている。職場で、しかもとびきりのおめかしと表情のおもいびとの写真があちこちにあるということが、うれしいようなくすぐったいような気分でしばらく過ごしていた菅波だが、日が経つにつれて、ある思いがふつふつと湧いた。他の写真も見たいし、何ならデータで欲しい。

    菅波が東京に戻る日、準備室から中庭に出て施錠していると、人気のない森林組合の作業場の様子を写真に撮っている人物がいた。千代子の孫娘である。菅波が出てきたことに気づいて、カメラから顔をあげて会釈する。
    「菅波先生、こんにちは」
    「こんにちは」
    菅波も会釈を返し、一瞬の逡巡の後、意を決して顔をあげた。
    「あ、あの!」
    「はい」
    孫娘は、菅波が何を言おうとしてるか内心大体察しつつ、きわめて普通に相槌を打った。

    「えぇっと…」
    何かを言い出しかけて止まる菅波に、孫娘が口角をあげて言う。
    「モネちゃん」
    「えっ?」
    「モネちゃんの晴れ着の写真、ですよね?」
    「どうしてそれを…」
    「おばあちゃんから、菅波先生がポスター見たらしいって聞いたから。いつか頼まれるかなと思って」
    「あぁあ…」

    恥ずかしそうに右手で顔の下半分を覆う青年医師を、アマチュアフォトグラファーがにまにまと見つめる。
    「モネちゃんからは、いいよ、って言われてるんです」
    「へっ?」
    「私が信用できる人にだったら写真のデータを渡してもいい、って。私は菅波先生をもちろん信用してるし、っていうかそもそも菅波先生とモネちゃんの関係だし」

    「あの、じゃあ…」
    と菅波が器用に上目遣いで孫娘を見て、言いかねて言い出せなかった一言をひねり出そうとしたところで、孫娘からの一撃が放たれた。
    「嫌です」
    「へっ?!」

    さっきまでの話と文脈がつながらなさすぎて、また菅波はぽかんとしている。仕事の時は猫背なりにきりっとしてるのに、モネちゃんのことになったら、まぁ、と孫娘は千代子たちがつい菅波を構いたくなる気持ちをしみじみと理解しつつ、言葉を続けた。

    「一年前、私、おばあちゃんに言われて、モネちゃんの写真の中でもよく撮れた10枚を厳選してプリントしたんです。お澄ましのも、満面の笑みのも、はにかんでるのも。ちょっと憂いげなのとか、照れくさそうな顔も」
    「はぁ」
    「だのに。だのに!」
    キッと自分を見つめる孫娘の視線に、菅波はたじたじである。全く身に覚えがない。そんな素敵な写真が?

    「おばあちゃんが菅波先生に見せたら、先生、何て言ったか覚えてます?」
    …全く覚えていない。
    「『はぁ、黄色ですね』…って!『黄色ですね』…って!」
    孫娘の言葉に、菅波は自分の頭を両手で抱えた。

    覚えていない。まっったく覚えていないが、一年前の自分がそんなコメントをしたであろうと判断する材料には事欠かないので、その通りなのだろう。あの、晴れ着の百音の写真を見て、『黄色ですね』というコメントをしたという一年前の自分を思い切りハタきたい衝動にかられている菅波を孫娘がすこし楽しそうに眺めている。

    「あのモネちゃんのかわいさを分かってない人に、渡すデータはありません」
    きっぱり言い渡してくる孫娘に、菅波は素直に「すみませんでした」と深々と頭を下げた。溜飲を下げた孫娘の様子に、菅波は若干の希望を抱く。

    「交換条件があります」
    孫娘がぴっと人差し指を立てた。
    「あ、はい。なんでしょう」
    菅波も姿勢を正して、話を聞く姿勢を見せる。とにかく、誠意を見せてデータをもらわないことには始まらない。

    「東京限定のスイーツ、いろいろ買って来てください。あ、お金は出すので。再来週、リスト渡します。」
    なんだ、そんなことなら、と菅波は安堵して、分かりました、と頷く。じゃあ、と孫娘が帰っていく背中を見送り、再来週リストをもらって、それから東京に戻って調達して、登米に来て…少なくともデータがもらえるのは来月か、と心の中で予定の算段をつける。

    いずれにせよ目途はついた、と足取り軽く宿舎へ向かう菅波は知る由もない。

    東京限定のスイーツなるものの入手難易度がモノによってはエベレストより高く、病院にカンヅメがちの菅波がすべてを集めきるのに二か月かかる、ということを。そして、すべてを集めきった時に、そもそも、百音からデータをもらえばよかったのでは、ということに気づく、ということを。
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    2023/01/10 22:11:40

    くちなしのおとめを求めて三千里

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