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    走れスガナミ のち くちなしのおとめの慈しみ菅波は困惑した。必ず、かの千代子の孫娘から言付かった買い物リストはコンプリートせねばならぬと決意した。菅波にはスイーツが分からぬ。菅波は、朴念仁である。勉強をし、ひたすら仕事をして暮らしてきた。けれどもスイーツやら流行に対しては、人一倍鈍感であった。今日菅波は登米を出発し、野を越え山越え、百十里離れた此の東京の駅にやってきた。菅波にはセンスも、オシャレも無い。エスプリも無い。二十一の、かわいい良い人はいる。このかわいい良い人は、登米のある森林組合の広告に登場し、菅波はその写真を近々もらえることになっていた。目的の達成は間近かなのである。菅波は、それゆえ、写真の持ち主の願いをかなえるためのクッキーやらマカロンやらを買いに、はるばる東京のデパートにやってきたのだ。まず、その品々を買い集める。それからそのかわいい良い人のところに訪ねてみるのだ。久しく合わなかったのだから、訪ねていくのが楽しみである。

    デパートの中を歩いているうちに菅波は、菓子売り場の様子をあやしく思った。あまりに混んでいてあちこちに行列ができている。もう既に日も落ちて、退勤後の人が多いのは当たり前だが、けれども、なんだか、時間の姓ばかりではなく、売り場全体がやけに賑やかしい。のんきな菅波も、段々不安になってきた。通路で逢った店員をつかまえて、何かあったのか、以前このデパートに来た時は、夜でもそんなに混んでいなかったのに、と質問した。店員は、あたりに響かぬ音量で端的に答えた。

    「限定品に、みなさま並んでいます」
    「なぜ並ぶのです」
    「限定ですから。誰も、それを買いたいと思っているのです」
    「そんなに限定なのですか」
    「はい。あちらのフール・セックも、それからラングドシャも、ガレット・エシレも、フィナンシェも、マカロンも」
    「驚きました。みな、本日限りですか」
    「いいえ、本日限りではありません。売る場所を限るというのです。この頃はここだけでしか売らないものが増えてきました。東京の中でも、ここだけ、というのが多いのです」

    聞いて、菅波は困惑した。「呆れた限定だ。一回では買いきれない」
    菅波は、単純な男であった。まずは一種購入できた菓子の袋を二つ提げたままで、のそのそと最初の行列に並びにかかった。

    +++

    やっとのことでリストの15種の内の2種の限定スイーツを入手した菅波は、そこでタイムアップとなって閉店の音楽が鳴るデパートから出てすぐ、改めて手元のリストを見た。リストには入手できる場所や条件も書かれている。登米からのはやぶさ車中で確認した際には、ロケーションだけ確認したものだが、改めて条件も読み込むと、朝イチに行かなければいけないものや、前日に電話の上、当日指定された時間に取りに行かなければいけないものなどもある。事ここに至って、菅波は課せられた条件の高さを理解したのであった。

    翌日、菅波は百音を自由が丘に誘った。百音にもちろん否はないが、なぜ?という疑問に、お使い物を頼まれていまして、と嘘ではない返事をするしかない菅波である。駅に着いて、スマホの地図を見ながらたどり着いたパティスリーでクッキー缶を購入する。カラフルにかつ精緻に組み立てられたクッキー缶に百音の表情も輝き、菅波が2個買い求めたそれを一つ百音に渡すと、百音は恐縮しながらも嬉しそうに受け取るのであった。

    自由が丘でお茶でもするのかと思いきや、東横線で渋谷にとんぼ返りをして、デパートをハシゴして、マドレーヌとチョコタブレットを、やはり2つずつ買い求める。マドレーヌもチョコタブレットも提げた百音は、しばらく美味しいものに困らなさすぎて困っちゃいます、と笑い、その笑顔が菅波には眩しい。

    やっとの休憩にコーヒーショップに入る。百音が、先生がこうやってお買い物するの珍しいですね、というので、菅波は登米の人たちは人遣いが荒いし、東京ってまるっとひとつだと思ってるんですよ、とやれやれという表情で答える。カフェラテのマグを両手で持った百音の、先生もすっかり登米の人たちに懐かれてますね、というにこにこ顔に、菅波はひたすらデレるしかない。

    結局、その後は怒涛の東京勤務で何か店が開いている時間、ないしは行列に並べるような時間に帰宅する余地は全くなく、菅波はなんとか買い求めた5種の限定スイーツを提げて登米の勤務に向かったのだった。千代子の孫娘に紙袋一式を渡すと、たいそうな喜びようで、単に菅波を困らせたい無理難題だったわけではなく、本当に欲しくて頼まれたのだということは分かり、残りもなんとかせねば…との思いを二重の意味で強くする。

    しかし、翌週の東京勤務は多忙を極め、木曜の休憩時間に病院を抜け出して、やっとのこと1種を入手するにとどまった。戻った医局の部屋でリストを眺めてため息をついていると、たまたま居合わせた医局秘書が、そんなご様子なのお珍しい、と声をかけてきた。どうされたんです?と年配の医局秘書が柔和に聞いてくる雰囲気に、菅波も自然と答える。登米の方からお使い物を頼まれているのですが、なかなか手に入らなくて困っています、という菅波の手許のリストを覗き込んだ医局秘書は、あぁ、これは大変ですね、と難易度を察して頷いた。

    菅波先生はただでさえ東京にいらっしゃらないですから、と同情の表情に、まぁ、なんとかします、と菅波が頼りなく笑うと、医局秘書がトン、とリストのある個所を指さした。これ、ウチの近所なので、買ってきましょうか?という神のごとき申し出に、菅波は一瞬戸惑うが、背に腹はかえられぬ、と頷いた。二つ、お願いします、と差し出された必要金額を預かって、医局秘書はそのリスト、写真撮っていいです?という。数人、頼めそうな人がいるから、各種声掛けをしようという申し出に、菅波は平身低頭である。

    医局秘書ネットワークの力も借り、菅波も一番遠くて多摩まで足をのばして集めきった残りの限定スイーツを、登米夢想で千代子の孫娘に渡すと、孫娘は深々と頭を下げた。
    「菅波先生、めっちゃくちゃお手間いただきましたよね、これ。ありがとうございます。弟がパティシエやってるんですが、最近悩んでて。普段手に入らない東京の限定ものに触れられると刺激になるかなと思ってお願いしてしまったんです。この間買ってきてもらったのも、すごく喜んでました。ありがとうございます」

    孫娘の食い意地だけでない理由を知って、いえいえ、と菅波が頭をさげ、これ、明細とレシートとお釣りです、と封筒を差し出した。孫娘はそれを受け取って、代わりに、というように、角2の封筒を差し出した。菅波が中を見ると、USBメモリが1本と、何やらブックレット。ブックレットを取り出すと、百音の晴れ着のフォトブックだった。

    「これは?」
    「せっかくなので私編集で、フォトブックにしました。データだと見づらかったりもするでしょう。印刷もちゃんとしたとこでやりましたから、いいモノですよ」
    「ありがとうございます…」

    表紙の写真はオランダ風車を見上げる百音の後姿の全景で、書棚にあっても悪目立ちのないようにという配慮か。孫娘の心遣いに菅波は改めて深々と頭を下げて礼を言うのだった。

    やっとのこと写真のデータと、あと孫娘心づくしのフォトブックを手に入れ、東京に戻る菅波の足取りは軽かった。汐見湯のリビングで明日美に詰め寄られるまでは。
    「先生、ここ最近、モネにあれこれ届けてたスイーツ、あれ、ホントはなんなんですか?」
    百音がもう、すーちゃん、いいよぅ、と止めようとしているが、明日美の勢いは止まらない。
    「だって、先生があんなにセンスいいスイーツばっかり買うハズないじゃん!一個や二個ならたまたまかな?って感じだけど!」
    「いや、まぁ、それはそうなんだけど…」

    同意する永浦さんもまあまあひどくないですか?と思いつつ、菅波はかさばる体を小さくするしかない。
    「あの、ほんとに、登米の人から頼まれて…」
    「でも、ちょっとした知り合いに頼まれて手に入れるってレベルは超えてますよね?」
    「写真が…」
    「え?」
    思っていなかった単語が出てきて、明日美と百音が首をかしげる。菅波が百音を見上げて言う。

    「千代子さんのお孫さん」
    「あぁ、はい」
    「あの方が、あれを全部買って行ったら、あの…永浦さんの晴れ着の写真データをくれる…というので…」
    もぞもぞと言う菅波に、百音の頬がそまり、明日美のあきれ顔が大きくなる。

    「で、買いもとめたのですが、やはりそれだけ美味しいものなら永浦さんにも食べてもらいたいなと…」
    それを聞いて、明日美はもういいや、という顔になった。
    「モネ、それ心当たりあるんでしょ?」
    「うん。去年、成人の日の式典、市のは出なかったけど、サヤカさんが振袖着させてくれたの」
    「あー、言ってたね。その写真を撮っもらてたんだ、え、後で見せて!」
    「うん!」

    すっかり女子同士で盛り上がっている二人の言葉を聞いていた菅波が、ふと口を開いた。
    「あの」
    「はい」
    「永浦さんは、撮ってもらった写真を全部持っていらっしゃる…?」
    「はい」

    その返事を聞いて、菅波が両手で頭をかかえ、明日美がウソ!と声をあげる。
    「え、モネがもってるか確認しなかったんですか?」
    「しなかった…です…」
    頽れる菅波に明日美が追い打ちをかけ、百音がまあまあ、となだめる。
    「お孫さん、スイーツを喜んでくださったんですよね?」
    「えぇ、それはもう」
    「じゃあ、いいじゃないですか。私も自由が丘行けたし」
    嬉しそうな百音の表情に、菅波はひどく赤面する。

    そっと明日美は二人の傍を離れて、菜津が見守るキッチンに引っ込む。
    先生、がんばりやさんねぇ、と笑う菜津に、あれはただのトンチキだよ…と明日美はツッコミを入れ続けるのだった。

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    2023/01/11 22:27:58

    走れスガナミ のち くちなしのおとめの慈しみ

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