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    水あそびゾウさんのふもとでシロナガスクジラに見送られた二人は、木のタイルの小径を抜け、閉門した美術館の庭に展示されているブロンズの『地獄の門』がライトアップされているのを植え込みの奥に見ながら、地下鉄の駅を目指す。前回、『サメ展』を見に来た時に昼食に立ち寄った会館の前を通って、ゆるりと下り坂に。

    何か言葉を交わすでなく歩く二人だが、ふと目が合っては、はにかんで繋いだ手がぶらぶらと揺らされる。そのやりとりをひそかに楽しみながら、石積みの横をかすめて坂を下り切り、最後に階段を降りれば上野の繁華街の入り口である。その先の信号を渡れば地下鉄駅の入り口、というところで、菅波が傍らの百音をみおろした。

    「永浦さん、今日は何時まで大丈夫ですか?」
    前回の『サメ展』の後に似た問いかけに、今回は百音も菅波の意図をすぐに汲み取る。
    「えっと、明日もお休みなので、20時ぐらいまで、ダイジョブです。22時ぐらいに寝られればいいかな、って」
    百音のその言葉に、菅波がフム、と頷くのと、さらに百音が言葉を重ねるのが同時で。
    「なので、えっと、せんせいとばんごはん、いっしょに食べれたら、うれしい、デス」

    自分が考えていたことと同じことを、百音から提示されて、菅波の口許が緩む。頬に朱を刷いて自分を見上げる百音に、菅波はもちろん、ぜひ、と笑いかけ、百音もそれに笑顔で応え、菅波は空いた左手で無意識に顔をこするのだった。

    「じゃあ」
    と菅波が言いながら頭を巡らせて周囲を見渡す。
    「どこで食べましょうか。ここで済ませてもいいし、築地まで戻ってもいいですが、おなかのすき具合は…?」

    菅波の問いに、百音が同じようにぐるりを見渡す。
    「そうですねぇ。今食べちゃってもいいかな、ってぐらいには」

    二人して周りを見渡したところで、同時に中華料理の看板が目に入った。モダンチャイニーズを謳い、小籠包やら麻婆豆腐・担々麺などが紹介されている。

    しょーろんぽー、と百音が呟いて、菅波に、食べたことありますか?と問うと、菅波はうーん、と首をかしげる。ない、と断言するには、似たようなものは食べたことがある気がしますし、ある、と断言するには、あれが小籠包だったという確信が持てる記憶がないですね…とぶつぶつ言う菅波の『菅波らしさ』に百音がはにかむ。その顔に、菅波が照れ笑いをして、「食べてみますか、小籠包」と言うと、百音がこくこくと頷いた。

    落ち着いた調度の店内に連れだって入ると、まだ早い時間ということもあってすぐに席に通される。小籠包に春巻、それにレストランの名物だという麻婆豆腐などの注文を通して、茶を出したウェイターが立ち去れば、適度に囲われた席に座った二人はふと、向かい合ってもじもじそわそわと、それぞれ手すさびをして言葉を探してしまう。

    その沈黙を破ったのは百音で、先ほどまで見ていたメニューをぱたぱたと広げて、そういえばこれ!と指さし、菅波がそれを覗き込む。
    「これ、気仙沼産フカヒレでした!」
    百音が指さすのは、フカヒレの尾びれの姿煮込みというメニューで、燦然と『気仙沼産』という文字が躍っている。2種あるその姿煮込みは、普通の方で1万円、600g以上の大きなものは8万円というなかなかの価格である。
    「おぉ、本当ですね。さすが気仙沼。というか、こっちの方、すごいお値段ですね」
    「東京だとこんなお値段になるんですね…」
    「地元だともっと安い?」
    「…地元でお金出してフカヒレ食べたことないかも…」
    「あぁ、なるほど…」

    訥々とメニューを覗き込みながら話をして、ふと同時に顔をあげた二人は、そこで小さくふきだした。くつくつと笑う百音に、菅波の頬も緩む。よかった、と菅波が呟いて、百音が首をかしげる。

    「あの、その、さっき…のことで、あなたに何か緊張させたりしていたら、と思って」
    菅波のその言葉に、百音はふるふると首を振り、その可愛らしさにまた菅波の顔がくたりと緩んだところで、小籠包と春巻が運ばれてきて、二人は改めて姿勢を正す。小籠包の食べ方を手短に案内してウェイターが去る後姿を見送って、二人はそれぞれレンゲと箸を両手に持った。

    「うまくできるでしょうか」
    緊張の面持ちの百音に、菅波も、まぁ、がっとやってみましょう、と、まだ中から湯気が立つせいろに箸を伸ばして、レンゲに小籠包を載せる。百音が、レンゲの上で小籠包の皮に穴をあけ、出てきたスープを口に含み、美味しい、と感想を漏らし、ふむ、と菅波も同じに口をつけた瞬間、あっつ!と半分以上、レンゲの上のスープを自身の手前にあった取り皿にこぼす。あぁあ、と菅波が情けない顔になるのに、百音は小さな笑いをかみ殺すしかない。

    「せんせいが猫舌なの、忘れてました」
    くすくすと笑う百音に、菅波は若干のチベスナ顔である。取り皿に小籠包がのったレンゲを置いて箸先で皮を完全に破いた後、取り皿を左手で持ち上げ、ひと口で小籠包の構成物を全て口中に納めると、片頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼してみせる。うまい、というように小さく頷く菅波に、百音も同じに頷いてみせる。

    しゃべれるようになった菅波が、ぬるくなった茶を一口飲んで、フム、と、あと2つ、小籠包が鎮座するせいろを眺めた。
    「思っていたより危険な料理でした」
    「きけんでしたね」

    菅波の言葉を復唱しながら、百音がにこにことこちらを見てくるので、菅波も苦笑するしかない。次は気をつけます、と菅波が箸を伸ばし、百音も気をつけましょう、と、動作をそろえる。少し時間が経った小籠包はひとつめよりは冷めていて、今度は案内通りの食べ方で菅波も食べることができる様子を、百音が口許を緩めながら見守っていて、見守られていたことに気づいた菅波が、もう、大丈夫ですから、永浦さんも早く食べてください、とせかして、百音ははぁい、と、箸とレンゲをつかった。

    春巻は、これは安全ですね、と百音が取り分ければ、菅波が大真面目に、安全です、と頷いて。二人して笑いながら食べていたら、麻婆豆腐と白飯、中華粥が運ばれてきた。白飯は菅波、中華粥は百音の前に、麻婆豆腐がとりわけ用の匙と共にテーブルの真ん中に置かれた。重慶式というその麻婆豆腐はぐつぐつとした様相を呈していて、これまた熱そうですね、と菅波が用心しいしい眺める様が百音には楽しい。

    菅波が、新しく添えられた小鉢に大きな匙で軽く取り分け、百音がありがとうございます、と受け取りながら、その赤さをしげしげと見つめる。これは辛そうです、と少しワクワクした様子に、さて、どんな辛さでしょうね、と菅波も笑う。口をつければ、ぐつぐつと赤い見た目そのままに、しっかり唐辛子の効いた味で、二人とも目をしばたたせる。

    「辛い、けど、うまい」
    「うん。おいしい、けど辛いです」

    白飯や中華粥と交互に食べれば、食も進む。しばし二人とも無言で食べ進んでいる中、ふと、百音が菅波を見ると、チノパンのポケットからハンカチを取り出して顔の汗をしきりに拭いている。百音が気づいたことに菅波が気づいて、ハンカチで首元を拭きながら、すみません、と身を縮めた。

    「香辛料が効いたものを食べると、汗がよく出るんです」
    「代謝?がいいってことですよね」
    ふむ、と百音が返事して、そこで、あ、と小さく声をあげて笑った。

    「先生、手もあったかいですもんね」
    「え?」
    「手を、つないでる時、あったかいなぁ、ってうれしくって」

    くすくすと嬉しそうに笑う百音を、菅波が上目遣いで見る。
    「あの、手、汗とか嫌じゃなかったり…しませんか?」

    その言葉に、百音はぶんぶんと首を振って、それに菅波がホッとした顔になる。
    「僕、平熱も37度ぐらいあって…」
    「それは、ちょっと高めですね」
    「そうなんです」

    また先生の事、新しく一つ知れました、と嬉しそうな百音に、菅波が口許を緩める。

    食事を済ませてレストランを出た二人を、ふわりと秋風が包む。
    「あぁ、風が気持ちいいですね」
    と香辛料の効いた食事で汗をかいた菅波が気持ちよさそうに目を細めると、百音がその様子を好ましく見上げる。自分の手のひらをチノパンで拭いた菅波が、百音の手をさっと取ると、百音がそっと握り返す。その感触にはにかみつつ、菅波が歩き出すのに百音もその歩を合わせる。地下鉄の駅に向かいながら、百音が菅波を見上げた。

    「先生、お昼も払ってくださったのに、さっきのも…」
    「あぁ。うん、その、手洗いに立ったついでだから」
    「ついで、って…」

    繋いだ手を不満げにつんつんと引く百音に、菅波が笑って目を合わせる。
    「明日は、昼飯、ごちそうしてくださるんですよね」
    「はい」
    「楽しみにしてます」

    科学博物館の中で食事をした際にも、菅波が昼食代をまとめて払ってしまった。不服気な百音に、「じゃあ、明日、昼飯食べに行けるなら、永浦さん、お願いします」と、百音の不服にかこつけて二日続けてのデートを取り付けるという、菅波に似つかぬ芸当を成し遂げている。

    なーんか、はぐらかされたような、と百音が唇を尖らせつつ、菅波が気のせいです、と笑って、二人は地下鉄で汐見湯の最寄り駅である築地まで。駅からゆっくり歩きながら、話をするのは明日の予定。菅波の当直入りの前に昼を食べようという、慌ただしい約束だが、明日の予定がある事がうれしい。

    ゆっくりゆっくり歩いても、歩いていれば目的地に着く。明日も百音は休みとはいえ、普段の勤務を考えたら生活リズムを大きく変えることは望ましくなく、寄り道はせずに到着したのは汐見湯のコインランドリー前。繋いでいた手を、名残惜しく離して二人が向き合う。

    そわそわと首元や鼻をこすりながら菅波が言葉を探していると、それを見上げていた百音がふわりと笑う。
    「今日、楽しかったです」
    その笑顔に、菅波もつられて笑みをこぼす。
    「よかった」

    うん、と頷いて、菅波が言葉を続ける。
    「明日も、楽しみです」
    それに、百音も、はい、と頷く。

    「じゃぁ…」
    と菅波が、おずおずと百音の右頬に左手を伸ばし、一瞬の逡巡の後、百音の形のよい額にそっとキスを落とす。百音の頬にぱっと朱が指し、菅波の耳元も赤い。

    「おやすみなさい」
    「…はい」

    百音がこくりと首を縦に振り、菅波が名残惜しさの残滓を払うように、早く寝てくださいね、と言いながら歩き始める。百音が、その姿に、先生も、と声をかけると、はい、と返事しつつ、二度三度振り返って菅波が路地を去っていく。

    菅波の姿が見えなくなるまで見送った百音は、コインランドリーから銭湯のバックヤードに入って、リビングの菜津に、帰りました、と声だけかけて自分の部屋に直行する。部屋にどさりとリュックを置いて、窓際にすとんと座って窓ガラス越しに夜空を見上げた。先ほどの別れ際、またキスされるのかなと思ったところに、額にキスが落ちて、ほんの少しの寂しさを感じたことに自分で気づいていて、自分がそんなことを思うようになるなんて、と両手で顔を覆ってしばし動けないのであった。

    重要文化財にも指定されている橋を渡った菅波は、自宅に帰りついて、さして広くもない居室のベッド際にへろへろとへたりこむ。背負っていたリュックをずるりと脱いで、デスクの上の気象予報士試験のテキストを見上げた。改めて本人の承諾を得たとはいえ、夕陽に淡く照らされた百音に、吸い寄せられるように気づけばキスをしてしまい。まだデートらしいデートも2度目だというのに。ついさっきは、かろうじてこらえて額にキスをしたが、それはそれで調子に乗っているようではなかったか?とも思うし、いやいや、あそこでただおやすみなさいで帰るのもそれはそれでどうなのか?とも思う。しかしなー、もう一回キスしちゃったらなー。これもう、絶対俺、次会った時に自制できる自信ねぇなー、と両手で顔を覆って動けないでいる様子は、しっかりと組手什の棚の上のサメたちに目撃されているのであった。
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    2023/09/24 22:53:08

    水あそびゾウさんのふもとで

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