イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    星に願いを仕事から帰宅した百音が、毎日のルーティンで郵便受けを確認すると、見慣れないサイズの封書が郵便物に混ざっていた。表にはPAR AVION AIR MAILと書いてあり、宛先はKOTARO, SUGANAMIとある。海外のジャーナルにも論文を出している菅波なので、なにかそれ関係だろう、と百音は他の郵便物と共に取込んで家に入った。

    菅波のデスクのキーボードにエアメールを立て、それ以外の郵便物を適宜仕分けした百音は、今日はいいカツオのあらが手に入ったから、具沢山のあら汁にして、それとご飯とメカブとろろかな、などと夕食の算段をしながらキッチンに足を向ける。一通りの調理が終わったところで、百音のスマホがメッセージの着信を告げた。

    見れば、菅波からで、急患のため帰るのが遅くなるという。簡潔に、分かりました、と返信して、百音は急患の人が大事ないといいな、と思いながら自分の夕食を済ませる。自分の分だけの簡単な片づけを終え、菅波の帰宅がいつになるかは分からないが、帰ってきた時に食べられるように、と、長ネギを1本、トントンとリズムよく刻む。菅波が、こういった汁物に薬味のねぎをたっぷりのせるのを好み、それを覚えた百音がどんどんねぎを増やすようになった。これだけあれば大丈夫、と満足げに、蕎麦猪口にたっぷりの刻みねぎを装った百音は、ふわりとそれにラップをかけて、ゆっくり風呂を使う。

    風呂上がりにスマホを見るが、特に菅波から連絡は入っていない。連絡が入っていない、ということも情報の一つだ、ということを重々知っている百音は、それに特に不満を覚えるでなく。菅波が登米に専従してすぐに買った思い出のドライヤーを使いながら、じゃあ、今日は寝ちゃおっかな、と髪に指を通す。ホヤぼーやのメモ用紙に菅波へのメッセージを書いた百音は、ダイニングテーブルに置き、サメ棚からサメ太朗を抱っこして、ほてほてと寝室に向かうのだった。

    救急患者の外傷性気胸の対応に奔走した菅波が、後を引き継いで帰宅したのは深夜2時。手洗いうがいを済ませてリビングに入ると、暗い部屋の中で隅に置かれたモザイクランプが柔らかな光を放っている。深夜に帰った時に、ぽっかりと暗いだけではないことが心をふわりを温める。

    部屋の照明をつけると、ダイニングテーブルの置手紙が目に入る。
    『おかえりなさい。
    晩ごはんは、カツオのあら汁とメカブとろろです。
    薬味たっぷりでどうぞ』

    簡潔なメモだが、隅に描かれたシュモクザメのイラストがかわいく、菅波の口許が緩む。寒さも厳しくなってきた頃、あら汁だけでも食べようかな、と思うと、急に空腹を自覚する。そういや16時間ぐらい何も食べてなかったな、と台所に向かい、コンロに置かれたままの鍋を火にかけると、ワークトップに置かれた、刻みねぎたっぷりの蕎麦猪口が目に入る。これまた、たくさんだ、と、蕎麦猪口を取り上げる菅波の手つきはどこまでも柔らかく。

    染みる…と、あら汁を大ぶりの椀で2度ほどおかわりをして、蕎麦猪口のねぎも全部食べ切った菅波は、満ち足りた表情でごちそうさまでした、と手を合わせた。手早く使った食器を洗い、風呂に入って早々に寝支度を整えたところで、リビングの隅に設えた二人の書斎エリアに目が留まる。自分あての郵便物が何かに紛れてしまったことがあって以来、百音ができるだけ見落とさないように、と気を配ってくれていて、いつしかキーボードのキーの間に立てるのが一番良い、という結論に落ち着いて久しい。

    何が届いていたかな、と封書を手に取って差出人を見ると、高校時代の同期からである。あぁ、言ってた手続きが終わったかな、と手近なカッターナイフで封を切ると、中にはCertificateという文字とIAUのロゴが書かれた印刷物と、手書きの便箋が入っている。便箋を読み、印刷物に目を通した菅波は、その印刷物に印字された文字列をいとおしげに指先でなぞり、うん、と一つ頷いて封筒に両方の紙を仕舞い、百音が立ててくれていたのと同じようにキーボードに封筒を立てかけて、足を寝室に向けた。

    百音はサメ太朗をだっこして静かな寝息を立てている。起こさないようにそっとベッドに入りながら、サメ太朗を百音の腕からとろうとすると、百音が無意識にむぎゅっとサメ太朗を抱いて放さない。サメたろうめ…と大人げなくサメのぬいぐるみに軽い嫉妬を覚えつつ、サメ太朗と百音をひとまとめに懐中に抱き込んだ菅波は、その柔らかさに仕事の緊張が完全にほぐれるのを実感しながら、眠りにつくのだった。

    カーテンの隙間から溢れる朝陽に目をあけた百音は、眼前の夫の寝顔にふわりと顔を綻ばせた。こうして帰宅できているということは、ある程度、急患の容態にも目処がついたはずで、それが菅波にとっても何よりのことだろうと思う。いつ帰って来たんだろ、今日は休みだし、起こさないほうがいいな、と頭上の壁時計を見上げたところで、菅波がその気配に目をあけた。

    「おはよ」
    寝起きの掠れたその声が、耳に心地よい。百音も掠れた声でおはようを返し、まばらに無精髭がのびた菅波にちゅっと小さなキスを贈る。そのキスに、菅波は頬をゆるゆるに緩ませ、自分からも軽くキスを返した。

    「せんせ、おかえりなさい」
    「ただいま、百音さん。あら汁、うまかったです」
    「よかった。ねぎ、足りました?」
    「もちろん。十分すぎるぐらいでした」
    ありがと、と前髪にキスを落とされて、百音が、もー、と照れ笑いをするのもかわいらしい。

    二人の間でむぎゅっとつぶれかけたサメ太朗を菅波がよっと引っこ抜くと、百音が笑って両手で吻を撫でて形を整えてやり、枕元に置いた。
    「サメ太朗も、おはよう」
    と百音が吻を撫でるので、菅波も手の伸ばしてサメ太朗の背中を撫でてやる。

    「僕が遅く帰ると、必ずこいつが百音さんと一緒に寝てますね」
    「そりゃ、サメ太朗ですから」
    「それがこいつのお仕事で頑張ってる、とも思いますが、僕が帰っても、百音さんがサメ太朗を離さないのが納得いかないですね」

    菅波の言葉に、百音はクエスチョンマークを浮かべている。
    「サメ太朗をとろうとしても、絶対、百音さんが抱っこして離さないんです」
    「え、そうなんですか。というか、光太朗さんがサメ太朗抱っこで寝たいなら、奪ってくれていいのに」
    「そうじゃなくて」
    ぎゅっと百音を両腕で抱き寄せた菅波が、こうやって、百音さんを独り占めできない、と、さっきの挨拶のキスより深いキスを落とし、それに応える百音は頬が赤い。

    「まぁ、でも、サメ太朗はそれに資する寄り添いサメだったわけだから、それは認めないとですね」
    一緒にいる時はお邪魔ですが、と言いつつ、百音にめっと叱られて、菅波が笑って百音の頭をかきいだく。息苦しくなった百音が、じたばたとその懐中から逃げ出して、ひそやかな笑い声が寝室に満ちる。

    「光太朗さん、もうちょっと寝る?」
    「いや、結構寝たし、起きる。せっかく二人とも休みの日だし」
    百音が起き上がるのに合わせて、菅波も上体を起こし、ぐいっと伸びをする。それを真似して百音も伸びをすると、いてて、と声が漏れ、私は寝過ぎたぐらいかも、と笑った。

    二人でベッドを降り、菅波がサメ太朗を小脇に抱えてリビングに向かう。

    「朝ごはんどうしましょっかね」
    「昨日、支度してくれてた晩ごはん、あら汁しか食べなかったから、ご飯残ってます」
    「じゃあ、お雑炊にしますか。牡蠣も1パックありますし」
    「朝から贅沢だ」

    ご飯残しといてくれたから助かる~、と軽口をたたいてみせる百音に、朝ごはんの段取り狂わせてない?と菅波は気遣うが、百音は、牡蠣食べちゃわないとだったからちょうどですよ、と平気な顔で、菅波はさすが百音さん、と笑う。サメ太朗をサメ棚に戻した菅波は、一足先に台所に向かった百音を、牡蠣は僕が洗いますよ、と追いかけた。

    二人で並んで支度をした牡蠣雑炊を、二人でふうふうと食べると、久しぶりに二人そろった休日を過ごす実感になって楽しい。台所に立つ間も、食事の間も、日々の暮らしに紛れて話しそびれたような他愛のない話が弾む。食事の片付けも二人で手短に終わらせて、椎の実ブレンドを淹れて。

    ソファベンチに並んで座り、ほのかな熱伝導と懐かしい香りのコーヒーをゆっくり楽しむのも、休日ならでは。今日何しましょうかねぇ、という話をしながら、ふと、百音が昨日の封書のことを思い出した。

    「そういえば、先生宛にエアメール届いてましたよ。キーボードに置いといてます」
    「あぁ、うん、見ました。ありがとう」

    返事をした菅波は、ソファベンチの木の肘置きに持っていたマグカップを置いて立ち上がった。キーボードに立てかけていた封筒を手に戻ってくると、それを膝にのせて、何かを言おうとしつつ、もじもじとしているので、百音も肘置きに自分のマグカップを置いて菅波に体を向けた。その百音の仕草で、菅波は意を決したように顔をあげた。

    「あの、これは、アリゾナ州にいる、高校の同期からなんです」
    「ありぞなしゅう…」
    「アメリカの南西部あたりです。まぁ、場所はともかく」
    場所の詳細には拘泥せず、菅波が話を進める。
    「その同期はアメリカの大学と大学院で天文学を修めて、今は天文台勤務なんです。たまに帰国したら会ったり、僕も何回か遊びに行ったりしたことがあって、友達付き合いがずっと続いていて」
    ふむ、と百音が傾聴のまま、菅波が話を続ける。

    「感染症禍のこともあったりで、しばらく会えていないんですが、結婚はメールで報告しまして」
    まぁ、そういうこともあるよね、と百音が頷くのに合わせて、菅波が両手でもてあそんでいた封筒を開けて、中から紙を取り出した。
    「そうしたら、結婚祝いだ、と言って、彼が発見した小惑星の命名権をやる、と」
    「え?」

    菅波がそっと広げて見せた用紙の真ん中あたりを指さすと、そこには『Momone』の文字。少し下のあたりには、Kohtaro, SUGANAMIの文字も見える。

    「あの、あなたの名前を勝手に使っていいか、悩みもしたんですが、審査によっては通らない可能性もあるし…、でダメ元で出してみたら、昨日、通った、という書類が届いた次第で…」

    おずおずと自分を上目遣いで見上げる菅波に、百音は事態をまだ呑み込めず、その書類を見つめている。

    「あぁ、やっぱり、きちんと意向も確認していなくて…」
    菅波が慌てるので、それでやっと百音はふわりと笑って首を振った。
    「ううん、うれしいです。びっくりしたけど」
    その言葉に、菅波がほっとした顔で笑う。

    「これ、ここに先生の名前もありますけど、これは?」
    「これは命名者です。で、こっちが発見者」
    菅波が指さす先には、もう一つの日本人名が菅波と同じくローマ字表記で書かれている。

    「というか、星に名前ってつけられるんですね」
    「色々ルールはあるようですが、一定の条件を満たせば。で、同期が、いくつか、名前を申請できる権利を有する小惑星があるんだそうです」
    「そんな貴重な権利を…」
    「高校時代の恩を返す時だ、って言ってくれました。僕は、一緒に勉強してただけなんですけどね」
    照れくさそうに首元をかく菅波に、きっと、その人のことも親身にサポートしたんだろうな、と百音は高校生の頃の菅波にあたたかく思いを馳せる。

    「この小惑星?は普通には見れないんですか?」
    「さすがに、そのレベルの天体はすでに命名済みのものがほとんどで、これも普通の天体望遠鏡などでは見れないものです」
    「そっか、そりゃそうですよね」

    ふむふむ、と頷く百音に、菅波は、驚かせてごめんなさい、と頭を下げる。百音は両手を伸ばして、菅波の頬をはさみ、顔を覗き込んだ。

    「先生が今までお友達のことを大切にしてきたから、こうして機会をいただいたんですよね。そして、それを私のために使ってくれて。うれしいです、とっても」

    百音のきっぱりした言葉に、菅波の相好が崩れる。
    「うん、よかった」

    うん、ともう一つ頷いた百音が、菅波の膝の上の紙を取り上げる。
    「それにしても、すごいですねぇ」
    「ね。まぁ、民間にもお金を払えば星の名前を付けられるというサービスもありますが、それはあくまで自称というようなものなので。逆に言うと、この機関は一定の公共性のある名前を付けるという基準もあるので、単なる人名と言うだけでなく、いくつかちょっとこじつけめいた由来や理由もくっつけました」
    「そこまでして」
    「せっかくですから」

    これから空を見る時には、向こうに先生が名前つけてくれた星があるんだ、って思うんですね、と百音が笑い、菅波は、うん、とはにかむ。

    「ところで、先生はこのお友達さんのところに遊びに行ったことがある、って言ってましたよね」
    「ええ。アリゾナ州のフラッグスタッフという都市です」
    「どんなとこなんですか?」
    「アリゾナ州そのものは暑い地域が多いんですが、フラッグスタッフは標高が高いので涼しいんです。大学も天文台もあるので、文化的な拠点といった感じですね」

    ふむふむ、と百音は頷きつつ、本棚から地図帳を持ってきて、どこかな、と開く。この、北アメリカ大陸の…と、一緒に菅波が覗き込み、穏やかな休日のくつろいだ時間が流れる。宇宙のかなたに名前を託された小惑星は決してそれを知ることはないが、こうして過ごす時間の一瞬ずつが大切なものだ、と二人は一緒に地図を覗き込む時間を慈しみ、時折にキスを交わすのだった。


    ねじねじ Link Message Mute
    2023/12/31 23:20:16

    星に願いを

    #sgmn

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品