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    サメサメわんだーらんど【サメサメわんだーらんど】

    「あぁ、永浦さん!まだいた!よかった!」
    Jテレ社会部のいつもの気象班のスペースで、百音が莉子たちと共に退勤の準備を整えているところに、Jテレ社員の沢渡がバタバタと入ってきた。沢渡の後ろには、もう一人、見知らぬ男性が肩で息をしながらついてきていた。百音と莉子がきょとんとしていると、沢渡がデスクに手をついて息を整えながら、自分の後ろの男性を紹介する。

    「この人、文化部で俺の同期の長谷川。今日、サメの番組の収録なんだけど、出演予定の人が一人、病気で出れなくなっちゃって。誰かいないか、ってバタついてたんだけどさ、永浦さん、気仙沼出身じゃん?そんで、出てくれないかなぁって」

    長谷川と紹介されたJテレ社員も、永浦さん、是非!と手を合わせてくる。もちろん、ちゃんと残業代はJテレから出すから!と必死の表情の成人男性二人に拝み倒され、百音は圧倒されるしかない。事態をいち早く理解した莉子は、バッグからスマホを取り出し、朝岡に電話をかけた。朝岡との数往復のやり取りを終えた莉子は、百音に『朝岡さんは、永浦さんがOKだったら出てもいい』だって、と伝える。

    会社の許可も出たことだし!という沢渡と長谷川の懇願に、百音は、はい…と頷くやいなや、よし、じゃあ行きましょう!こちらです!と長谷川が廊下に飛び出すので、百音も慌てて後を追い、莉子と内田がいってらっしゃーい、と手を振って見送った。

    長谷川の案内で303スタジオに着いた百音は、中継用のメイクを落としていなかったのでこれ幸いと、軽いメイク直しを請け、服装は私服だったが、青みがかったオーバーサイズのシャツは番組イメージにも合うし、このままでいい?と聞かれれば、百音はもう、お任せします、と頷くしかない。これ、サイズ合うかな、かぶってください、と渡されたのはジンベエザメの被り物で、頭にのせてみると危なげなく安定した。

    基本的に、相槌打ってくれたらOKです。あと、ご存じのことあれば、適当に挟んでもらって、お願いします!との指示に、分かりました、と百音が頷いたところで、スタジオに他の出演者が入ってきた。ハコフグの被り物をかぶった白衣姿の男性は見おぼえがある。ADが、こちら、急遽アシスタントに入ってもらいます、気象予報士で気仙沼出身の永浦さんです、と紹介してくれるので、百音も、永浦です、と頭を下げる。ハコフグをかぶった『魚類くん』が、よろしくお願いします!と元気に右手を差し出すので、ジンベエザメをかぶった百音も右手を出すと、ぶんぶんと握手が交わされる。

    結局、その日は、普段の退勤時間を6時間以上超えた18時にJテレを出ることになった。慣れない仕事にくたびれ果てた百音は汐見湯に帰ると、風呂に入り、菜津が支度してくれていた夕食をかろうじて食べ、自室に布団を敷くや否や、倒れるように寝たのだった。翌日はまた深夜2時起きの3時出勤で、莉子と、昨日どうだった?という会話は交わしたものの、その日は近畿地方で複数の竜巻注意報が発令されていたこともあり、前日の巻き込まれ仕事は百音の記憶の彼方に流れていく。

    +++

    その日の訪問診療を終えて帰宅した菅波は、帰宅ルーティンになっている手洗いうがい着替えを済ませ、そしてもう一つのルーティンになっている録画の確認にテレビの電源をONにした。百音は見なくていい、といつも言うものの、できれば見たいというのが『遠距離恋愛』中の片割れ気持ちというものであろう。はつらつとパペットを操る百音の様子に、疲れが癒えるのを覚えながら、再生が終わったところで、録画一覧に見覚えのない番組が入っているのに気が付いた。

    登米移住に際してテレビと録画機器を購入した際、キーワードを登録しておくと関連番組を録画するという機能に気づき(菅波は取扱い説明書を丹念に読むほうである)『サメ』を登録している。番組名が『サメサメわんだーらんど』だというので、フィルタに引っかかったのか、と、タイトルからして子供向けな響きがあるが、せっかくなので、と、それを再生する。

    ハコフグの被り物で有名な魚類学者が各種サメを紹介する番組のようで、もちろん菅波には既知の情報ばかりだが、多様なサメが画面に映るのは見ていて楽しい。ふーん、とソファベンチに腰を下ろし、再生前に冷蔵庫から取り出した、残り少しの牛乳を行儀悪くパックから直接飲みながら見ていた菅波は、場面が切り替わったところで思わず牛乳パックを手から落とした。

    幸い、牛乳は飲み干したところで数滴の牛乳が床にこぼれた以外の被害はなかったが、ティッシュで慌てて床を拭きながらも、菅波の視線は画面にくぎ付けである。

    沖縄ロケから画面が切り替わり、キッチンが設えられたスタジオに魚類学者と共に映っているのは、まごうかたなき、百音の姿である。さっき再生した中継時の服装とは打って変わったラフな私服姿に、デフォルメされたジンベエザメの被り物を頭にのせていて、ちょっと緊張した様子だが、目の前に並べられたヨシキリザメやイタチザメを興味深そうに眺めている。

    え、え?百音さん?え?
    というか、そのジンベエザメの被り物、かわいすぎませんか。
    公共の電波にのせるには刺激が強すぎ…というか、もったいない…。
    え?というか、その服、こないだ持って帰った僕のシャツ…。
    え?どゆこと?

    菅波が事態を飲み込めないまま、番組は進行していく。『魚類くん』がサメ知識を披露し、それにジンベエザメをかぶった百音が相槌を打つのだが、その相槌がいちいちマニアックである。

    「では、ヨシキリザメちゃんのお腹を捌いてみましょう!わー、大きな肝臓がでてきましたね!」
    「大きいですね!サメは浮袋を持たない分、肝臓で浮力を制御するんですよね」
    「そうなんですよね~。ヨシキリザメちゃんは深海にすむサメちゃんなので、肝臓も大きいですね。他にも、ジョーズで知られるホホジロザメちゃんなんかも、活動の範囲が広くって、肝臓もおっきいんですよ!」
    「深海のサメでも、底生性のコイヌカサゴなんかだと、肝臓の体積小さいですもんね」
    「モネちゃんさん、よく知ってますねぇ!」
    「いえいえ、私なんか、聞きかじりで」

    聞きかじりというが、聞きかじりにはマニアックなサメ知識に、『魚類くん』も感心しながら、番組は進行していく。床を拭き終えた菅波は、そのまま床に正座して画面にくぎ付けである。

    「この肝臓から、たくさんの油が取れます。『肝油』って言って、栄養剤とか化粧品にも使われるんですね~」
    「私の友人でも肝油を加工する会社で仕事してます」
    「モネちゃんさん、地元が気仙沼ですもんね!珍しい使い方とか、聞いた事ありますか?」
    「そうですねぇ、木の防腐剤に塗ったりとか、釣り具に塗って錆を防止したりとかしてた、って習いました」
    「ひょえー!そんな使い方も!」
    「面白いですねぇ」

    『魚類くん』と百音のサメ知識の応酬を挟みながら、各種サメの調理が進む。出来上がったヨシキリザメの刺身や、イタチザメのフライに舌つづみを打つ百音もかわいらしく、おいしいですね!と『魚類くん』にきらきらの笑顔が向けられることに菅波は嫉妬を覚えていることを認めざるを得ず。

    各地のサメ料理を紹介する流れで、気仙沼は『モウカのホシ』が紹介される。もちろん、食べたことありますよね、と百音に水が向けられ、百音が頷く。

    「モウカザメの心臓で、酢味噌や、レバ刺し風にごま油で食べたりします」
    「心臓を食べるなんて、ドキドキしますね!」
    「美味しいですよ。この間、モウカのホシを初めて食べるって人と一緒に食べたんですが、全然血の味がしない、って感心してました」
    「初めて食べる人にはドキドキだったでしょうね~」

    って、その一緒に食べた人って、僕だよな…、と先日、気仙沼からの帰りに登米の菅波の元に寄った百音が、先生食べたことないって言ってたから、とモウカのホシを提げてきてくれたことを思い出す。その後もいくつかのサメの郷土料理が紹介され、では、また沖縄にレッツギョー!と『魚類くん』がスタジオから飛び出す流れになり、ジンベエザメを頭にちょこんとのせたままの百音が、いってらしゃーい、と笑顔で手を振って、画面は沖縄ロケに切り替わった。

    画面が沖縄ロケに切り替わり、世界最大級の水槽で泳ぐジンベエザメの映像になっても、菅波の意識は先ほどまでのスタジオでの百音の様子に頭が一杯である。

    百音さん、めちゃくちゃかわいかったな…。
    もぐもぐごはん食べる百音さんがジンベエザメかぶってるとか天才か。
    ヨシキリザメの肝臓をつついてる百音さんもかわいかった。
    というか、あの魚学者、百音さんが気仙沼出身ってなんで知ってるんだ。
    いやいや、多分百音さんから自己紹介で話したはずで。
    ん、そもそも、結局なんで百音さんがこの番組に出てたんだ?
    そしてなぜそれを僕は聞いてないんだ?

    しばし思考をぐるぐるさせた後で、時間を確認した菅波がスマホを取り出して電話をかけると、ちょうど寝る前のタイミングだった百音は果たして2コールで電話に出た。

    「先生!こんばんは!」
    「こんばんは」
    「今日はもうおうちですか?」
    「あ、うん。さっき帰ったとこです」
    「おつかれさまです」

    電話がかかってくる特段の用事があるとは露ほども思っていない百音の語調に、菅波はさっき見た映像は幻か…?と思いつつ、話を続ける。

    「あの、さっき帰って、たまたまなんですけど、サメの番組見たんです。『魚類くん』の」

    菅波の言葉を聞いて、百音が「あーっ!」と声をあげた。
    「今日でしたっけ?というか、あれ、私、先生に言ってませんでしたっけ?」
    「聞いてませんでした。たまたま、録画機器がサメをキーワードに録画していて」
    「あー、バタバタしてて忘れてました」
    「豪快に忘れてたね」

    余りにあっさりと忘れてた、と言う百音に、この人はこういう人だ、と菅波は口許を緩める。百音から、番組に出演することになったいきさつを聞かされ、そうだったんですか、と相槌を打つ。気仙沼に住んでいた頃も、サメの水産加工場に出入りすることはなかったので、緊張したけど、とっても面白かったです、と話す百音の声を聞いていると、番組を見ていた時の動揺が収まってくる。

    「それにしても、サメの知識がすごいですね、って『魚類くん』さんに言われちゃいました」
    「まぁ、いきなりコイヌカサゴとか言い出したら、そうでしょうね」
    「いつも先生がいろいろサメのお話聞かせてくれるから、つい」
    「これからは自重します」
    「え、やです。先生からサメのお話聞くの楽しいから、自重しちゃいやです」

    さらりと言われて、菅波は頬を染めて開いた片手で口許を覆わざるを得ない。

    「あ、そういえば、私服だったんですけど、『彼シャツ』だったね、って莉子さんに翌日言われたんでした」
    「あれ、やっぱりそうですか」
    「はい…。それに、ネックレスもいつも通りしてたから、莉子さんが、先生はいい虫除けになって喜んでるかもね、…って」

    あぁ、なるほど、と莉子の着眼点に菅波は頷きつつ、『虫除け』は望ましい一方、『彼シャツ』を着た百音は自分だけが見られればそれでよく…となかなかに心中は複雑である。

    「あ、それと、番組に来てたシェフの方から、美味しいヨシキリザメのレシピもらったから、今度一緒に食べましょうね」
    菅波の心中には気づかず、楽しそうに未来の話をする百音に、菅波は、「はい」と頷いて。

    じゃあ、おやすみなさい、と電話を切った菅波は、その後、番組の録画を3周見た後に外部メディアにバックアップを取得し、録画にプロテクトをかけてから、ようやっと夕食にとりかかったのだった。

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    2024/01/04 14:55:42

    サメサメわんだーらんど

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