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    袋の中のちいさな幸運精米したての米のおいしさをめいっぱい堪能した百音と菅波の、台所で並んで食後の片づけをしながらの話題はもっぱら、台所の隅に鎮座する残り27キロほどの米についてだった。菅波は、今日のごはんで、永浦さんが食べる分だけ精米するのがいいって言ってた意味がよく分かりました、としみじみ頷いている。

    「迅速に食べてしまわないとなぁ」
    と言いつつ、一人暮らしで一度に食べる量なんてたかがしれてるわけだけど、菅波が言えば、百音もそうですねぇ、と口を開く。
    「先生は朝ごはん、パン派ですもんねぇ」
    「派、ってほどでもないんですが、前の日に炊飯を仕掛けてようなこともなくて、結果、パンですね」
    「一膳分ずつ、冷凍しといたらどうですか?そしたらすぐ食べれますよ。炊き立てを冷凍したら冷蔵とか保温ご飯より美味しいですよ」
    「ナルホド」

    百音の案に、研修医時代からロクな自炊をしていない菅波が素直に頷く。一膳分って、どうやって取り分けるんですか、という素朴な菅波の問いに、百音は、そんなのお茶碗によそってはかればいいじゃないですか、と即答する。そりゃそうだ、と菅波は自分の問いに笑いを漏らしつつ、こうして百音と『生活』に密着した話を自分の家でしているということがたまらなく楽しく。

    風呂に入る間にひと炊きできる、ということで、百音が炊飯をセットし、その間に菅波が風呂を洗い。息の合った支度で家事がすすみ、二人が風呂を使い終わったところで炊飯が完了した。百音の指図に従って、菅波が水で濡らした茶碗で自分が食べる一膳分を装い、ラップにのせて、きっちりと均した高さに真四角に包み、という手順を繰り返す。菅波が作ったラップつつみに、百音が冷凍庫に放りっぱなしになっていた保冷剤をちまちまとのせ、菅波が首を傾げた。

    「こうやって粗熱とっちゃえば、早く冷凍庫に入れられますから」
    百音の言葉に、またナルホド、と菅波は頷き、無精で保冷剤捨ててなかっただけだけど役に立ってよかった、と笑う。使った杓文字や茶碗、炊飯器のパーツを洗う間にみるみると保冷剤は溶けて、ラップつつみが適温になる。たいして物が入っていない冷凍庫に並べて片付ければ、ひと仕事終了である。

    「なるほど、こうしておけば、朝でも簡単に米が食べれますね」
    これは便利だ、とくしゃりと笑う菅波に、百音がこくこくと頷く。
    「たまごかけごはんとか、食べれますよ」
    「たまごかけごはんか。いいですね」
    「先生、たまご好きだから」

    自分の好物を言ってニコニコと笑う百音に、菅波は照れて鼻先をかいた。
    「先生は、たまごは溶いてからかける派ですか?」
    「僕は直接割り入れますね。洗い物減らしたいし。永浦さんは?」
    「溶いてからが多いですね。実家で、溶いたたまごを分けっこしたりしてたから」

    ふむふむと、お互いのことを知りながら、こうして話をしているとたまごかけごはんが食べたくなるね、と、さっき洗ったばかりの炊飯器にまた炊飯をセットして、朝ごはんはたまごかけごはんに決まる。楽しみですね、と話しながら、二人で寝室へと向かうと、まだ2回目の百音の登米訪問という共寝の緊張もほぐれていくようだった。

    翌朝は、炊き立てのごはんに、めいめいのたまごかけごはんの流儀を披露して、直接割り入れ派の菅波がつくった”ごはんたまごポケット”がとても良い塩梅なことに百音がふむふむとその作り方に興味を示し、どちらかというと溶いてから派の百音が、先にごはんに醤油を回しかけてから溶きたまごをかけることに菅波が目を丸くし。家で食べるたまごかけごはん、という極めてプライベート色の強い話題を部屋着でテーブル越しに交わしていることが二人にとってはたまらなく楽しく。結局、二泊の百音の滞在中、二人は白米三昧で過ごしたのだった。

    百音の帰京後の月曜日、さっそく朝食に永浦家流の醤油を先にかけるたまごかけごはんを食べた菅波は、その写真を百音に送って百音を喜ばせた。一度習慣になれば、自炊習慣の乏しい独身男性なりに、米を炊いて冷凍庫に備蓄する程度のことはできるようになり、週に一度ぐらいは炊飯するようになった菅波は、持て余すかと思っていた米を順調に消費する。やっと溜まっていた梅干しとおかず味噌も消費できる、と安堵のメッセージに、また百音は汐見湯の自室でころころと笑い転げた。

    その後、一度、菅波が東京に出てきた以降は、梅雨が明けるまで百音の仕事の繁忙が立て込み、次に百音がくりこま高原駅に降り立ったのは暑さが体にまとわりつく頃だった。東京よりはマシとはいえ、暑さにも寒さにも弱い菅波は出迎えの駅のホームですでに暑さに萎れていて、軽やかにホームに降り立った百音は、あぁ、先生だなぁ、とくすりと笑う。こんにちは、の挨拶を交わした後、百音のひんやりとした手を取った菅波は、一服の清涼剤を得た顔で、ふわりと笑うのだった。

    菅波に連れられて、なんとか日陰に停められた車にたどり着いた百音は自分の荷物を後部座席に置こうとして、そこにいる先客に気づいた。

    「あれ、先生、これって」
    「ああ、うん。今日、あなたを迎えがてら寄りたいと思って」
    菅波の言葉に、はーいと返事をしながら、自分の荷物を載せた百音が助手席に乗り込むと、菅波はするりと車を駐車場から滑り出させる。先生、あのね、あのね、と百音の近況報告と菅波の相槌が止まらない中、10分ほど走った車は、二人が行きなれたスーパーの駐車場に入り、奥まった位置に停まった。

    助手席を降りた百音が、後部座席に鎮座していた米袋をひょいと抱え上げる。運転席から降りた菅波が慌てて持ちますよ、と車の屋根越しに声をかけるが、全然平気です、と百音が笑い、スタスタと歩き出すので、菅波もその後を慌てて追った。菅波が、『こめ太郎』の引き戸をカラリとあけると、10キロの米袋を抱えた百音が中にはいる。菅波も並んで入って引き戸を閉めると、一段と暑さが身に染みた。

    百音に初めて連れられてきた時は全く勝手が分かっていなかった菅波だが、今回は小銭を投入し、百音が玄米投入口に米を入れる傍らで精米度合いのボタンを選択し、と手順がとてもスムーズである。準備が整って精米開始スイッチを押すと、大きな音がして精米が始まる。畳一畳ほどの狭い空間で確認窓を飛んでいく米を並んで眺めながら、菅波が口を開いた。

    「こないだの米を食べきって、みよ子さんからまた30キロ玄米を買ったんです。くれるって言ったけど、それは悪いって言ったら、親戚価格だって雀の涙みたいな金額で。で、今度は10キロずつにしようと思って、一人で一度精米に来ました」
    「それでなんだか慣れた感じだったんですね」
    「永浦さんが手取り足取り教えてくれたのでひとりでもできました」
    菅波が胸を張ってみせるが、使い方など機械の前面に分かりやすく書いてあるわけで、百音から教わったからこそ、という菅波の言葉に百音はこそばゆく笑う。

    「永浦さんが来るときに精米したてを一緒に食べたいなと思って、ここ数日は米の食い方を調整してました」
    「それは、ありがとうございます」
    先生のごはんのお供になるかなと思って、牡蠣のしぐれ煮持ってきたんです、一緒に食べましょう、という百音の言葉に、それはとても楽しみだ、と菅波が相好を崩した。

    精米機の唸りが止まって、菅波が米袋に精米済みの米を落とし、百音の教え通りにバンバンと精米機を叩く。パラパラと引っかかっていた米が落ち終わったところで、米袋を覗いていた百音が、あ、と声をあげた。

    「どうしました?」
    「多分、これ、ラッキー米です」
    「ん?らっきーまい?みよ子さんとこの米は『ひとめぼれ』のはずですが」
    「ちがいます、違います。ほら、これ」
    と百音が指さした米粒は、他の米に比べると白色が濃く、その米粒が点々と散らばっている。

    「これ、前の人がもち米精米して、バンバンしないで帰ってるんですよ。それで、そのもち米も残って混ざってます。ちょっとだけでももち米が混ざるとよりおいしくなるので、ウチではこれをラッキー米って呼んでました」
    「あぁ、そういう…」

    一度自分でも使ってみて精米機のことは知ったつもりになったのに、百音と共に訪えば新たな発見がある事が菅波にはたまらなく面白く、本当にどこまでも世界を広げてくれる、と菅波は眩しく百音を見つめる。精米が終わって少しだけ軽くなった米袋をまた後部座席に乗せた二人は、じゃあ、晩ご飯はなににしましょうか、と話をしながら、仲良くスーパー本体へと向かうのであった。
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    2024/03/17 3:03:59

    袋の中のちいさな幸運

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