隠していた後輩※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・インスパイア元が出てくる
・ユウ呼びあり
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
「なんだこの数は」
翌日の放課後。一人きりの自室で電源を落としていたスマホを起動すると、不在着信の表示が出ていた。その数二十件近く。全て監督生からの電話だった。昨夜は全く音沙汰が無かったというのに、今日の時点でこれだけ掛かってきたという事実に、ロロは少し恐怖した。
「何故、これほどまでに……」
そこまで呟いて、彼は一つの考えに行き着く。これはもしや、謝罪の電話なのではないかと。お人好しな彼のことだ。一晩考えて自分が悪いと思って、掛けてきたに違いない。通知を消そうと指を滑らせようとしたところで、またしても監督生から電話が掛かってきた。そのままの勢いで応対のボタンを触ってしまい、慌ててロロはスマホを耳に当てる。
「も、もしもし?」
「あ、やっと出てくれた! ロロさん、もしかして昼間は電源切ってるんですか?」
何とも間延びした呑気な声が聞こえてきて、ロロは拍子抜けすると共に少し安心した。すぐ後、監督生の声を聞いて安心したという事実にはっとして我に返る。安心する、など有り得ない。相手は魔力を持っていないとはいえ、あの悪党共と連むような人間だぞ。警戒を解いてはいけない。そう気を引き締め直してから改めてロロは応対する。
「昼間は生徒会の仕事もあるのでね。余計な用事に拘っている暇は無い故、電源を切るようにしている」
「そうなんですかぁ。どおりで通じない訳ですね」
それからもだらだらと他愛も無い話が続き、なかなか本題に入ろうとしない監督生にまたロロは苛立ち始めた。もう思い切ってはっきり言った方が彼には伝わるのかもしれない。
「それで、ユウくん。何か私に用件があるから掛けてきたのではないのかね?」
「え? ……ああ、そうでした。昨日、突然電話を切られちゃってからちょっと心配していたんですよ。ロロさん、何だかイライラしていたみたいだったし」
「いや、イライラどころじゃなかっただろう」と言いかけて、口を噤む。こいつは何だか一筋縄ではいかないのでは? と思い始めてきた。昨夜、あれだけ怒ったというのにここまで鈍感だとはある意味強い。それとも、分かった上でこういった姿勢で来ているのか。だとしたら、図々しいにも程がある。
また怒りがぶり返してくるが、監督生に悟られて嫌われでもしたら、マレウスの弱点を探る機会を永遠に失うことになる。それだけは避けねば、とロロは自分の内から込み上げる怒りを必死に押さえ付けた。この哀れな者との繋がりを持っておかねば、自分の使命は果たされない。そうだ、あのマレウス・ドラコニアを倒し、この世界から魔法を一切消し去ることこそが私の使命なのだからな。それとは別に胸に上るどす黒い想いを見て見ぬふりをして、ロロはそれを押し殺した。
「こほん。……昨日のことか。いや、なに。昼間、少し腹が立つことがあってね。私としたことが少し引きずっていたようだ。済まないことをした。卿には関係の無いことで当たってしまうなど、私もまだまだだな」
「ロロ先輩でもそういうことあるんですね。僕よりしっかりしてるから、あんまり精神面でコントロールが利かないなんてこと無いと思ってました」
「……まぁ、確かに卿よりはしっかりしているという自覚はある」
昨夜、突如自分の胸の内に湧いた感情を隠す為、咄嗟にロロは嘘を吐いたが、監督生は特に気にしていないようだった。それが却ってまたよく分からない苛立ちを呼び起こしたが、何とかロロは密かに溜息を吐いて気持ちを落ち着けた。その後、二、三言他愛の無い話をしてからロロは通話を切る。この後、すぐビデオ通話に切り替えていつもの勉強会を行うことになったからだ。本棚からいつも通りの魔導書を出してきて机に広げる。今日はここからだったなと今までやった内容を思い返していると、ふと、背後に何かの気配を感じた。何となく人のような気配だ。この部屋には今、自分しかいないのにと警戒しつつも、振り返る。
一見、部屋に異常は無い。しかし、何かが違う。目だけで周囲を見回していると、『それ』は唐突にロロの前に現れた。
「何だ……これは……?」
すう、と彼の前に音も無く現れた『それ』は、真っ黒い影に見えた。部屋の隅から現れたようにも見えるし、初めからそこにいたような気もする。幻だろうか、余程疲れているのかと思っていると、監督生から電話が掛かってきた。一瞬、出ようかどうしようか迷う。もう一度、影を振り返るとやはりまだ見える。しかし、魔力は欠片も感じない。この影はそこにいるように見えて、実体は無いのだ。なんだ、疲労が見せる幻覚か。そう結論を出して、ロロは気にせず電話に出た。すぐに画面に監督生の顔が映る。
「あ、ロロさん。こんばんは。今日もよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく。――ユウくん、今日はもう寝るのかね?」
よく見ると、監督生は寝間着のような服装で、ロロの言ったことは当たっていたらしく、「あ、はい」と返事が返ってくる。
「明日、ちょっと早いんです。だから、今日は勉強が終わったらすぐ寝ようかなって」
「それは賢明なことだ。今日だけでなく、いつもそう――」
後に言葉は続かなかった。突然、あることに気付いたロロは、瞠目し、スマホの画面のある一点を食い入るように見つめる。不本意だったが、彼が気になったのは監督生の胸元。いつも制服に包まれているそこには、確かに丸みを帯びた膨らみがあった。浮かんだ疑問を殆ど無意識に口にしてしまう。
「ユウくん」
「はい? 何ですか?」
「その……非常に失礼な質問をしてしまうのだが、良いかね?」
「大丈夫ですよ」
「き……きみ、は、その…………女性、だったのか……?」
「え? あ、はい」
あっさり。あまりにもあっさりと監督生は肯定した。ロロが何故、自分の性別に気付いたのかについては特に思い至っていないのか、「何を今更」とでも言いたげに不思議そうな顔をしている。では、何故自分のことを「僕」などと言っているのかと訊くと、「周囲に女だと疑われないようにする為」だと答える。普段は魔法が掛けられたさらしを巻いていて、それを着ている間だけ男性の体になる、ということらしい。監督生が、女性。その衝撃的な事実を頭に直接叩き込まれたロロの耳に、背後から言葉が入り込んできた。
この魔女め。
「……え?」
ばっと振り返ると、そこには自分より遥かに背の高い人のような形になった影が立っていた。先程、幻覚だと断じたものだ。まだいたのか。影は徐々にこちらへ近付きながら呪詛のような呟きをロロにぶつけてくる。
その女は悪魔だ。今までお前を騙していた、小賢しい女だ。色香で周りの男を惑わせる下等な存在。真実を歪めるものだ。あってはならない者。お前の使命の邪魔になる。
「何を言っている」
異常だ。こんな現実味を帯びた幻覚は見たことも聞いたこともない。いや、それともこれが幻覚らしい症状なのか? いくら毎日よく眠れていないとはいえ、流石に医者にかかるべきだろうか。不気味な影と距離を取りつつも、ロロが頭の片隅でそう考えていると、次の瞬間、ある言葉がするりと彼の中に入ってきた。
だが、フランム。お前はその女が欲しいのだろう?
どきり、と心臓が跳ねた気がした。今まで感じたことの無い感覚に思わず、ぎゅっと胸を押さえる。冷や汗がどっと出て心臓に痛みを感じる程だ。こいつは、この影は何を言っている……!?
「ロロさん? どうしました? 大丈夫ですか?」
はっと心配そうな監督生の声で我に返る。気が付くと、あの影は消え失せていた。苦しくなった呼吸を整え、流れる汗をいつものハンカチで拭く。何だったんだ、あれはと考えながら「何でも無い」と返事をしてロロは自分の椅子に座り直した。
監督生との勉強会をしている間にもロロは、先程の言葉の意味を考える。私が彼女を欲している、だと……? そんなこと、今まで考えたことすら無かった。ただ、マレウスへの足がかりとしての存在としか思っていなかった。この女のどこにそのような要素があるというのだ? 魔導書の内容を互いに確認し合っていると、不意に監督生と目が合う。彼女は穏やかにロロへ微笑みかける。今まではその笑顔に何とも思っていなかったが、女性だと知ってからは、何だかその笑みが輝いて見えるのだ。同時に、この笑顔があの悪党共にも注がれているのかと思うと、どす黒い感情が燃え広がるような心地がした。そんなことは許されない。許してなるものか。
悪魔め。先程の言葉が脳裏に蘇る。これは、そう。救いが、救いが必要なのだ。私にも、この女にも。ああ、正しき判事よ。どうかお導きを。自然と目は艶やかな唇へ吸い寄せられる。弧を描くそれは、まるでロロを誘惑しているように見えて、彼は慌てて頭を振った。とんでもない女だ。たった一度の笑顔でこうも私の心を乱すとは、なんと罪深い。
「ロロさん、ここなんですけど、ちょっとよく分からなくて……」
「――何だね? …………ああ、そこか。そこは前のページでやった術式を応用するのだよ」
「あ、そっか。じゃあ、こっちも一緒ですね」
「あ、いや、そちらはまた別の組み方だな」
「え~? 難しい」
困ったようにこてんと首を傾げる監督生。何だこの可愛らしい生き物は。他の男の前でもそんなことしてみろ。絶対に許さんぞ、この妖婦め。まさかこの世にこんな罪作りな生き物がいたとは思わなかった。
「はぁ……」
私のものにしたい。危うくそっくりそのまま言葉を紡ぎそうになって、思わず閉口する。監督生には呆れて物も言えないという風に伝わったのか、やはり困ったように苦笑するだけだった。このような邪な気持ちを抱くなど、やはり今宵の私はどこかおかしい。私も今日は少し早めに休んだ方がいいだろうか。いや、どちらにせよ眠れないのだから、変わりはしない。
そんな感情を抱かれているとも知らずに、監督生は至っていつも通りの勉強会を済ませた。その間ロロは何度か目眩にも似た恋情を身をもって思い知らされることになり、益々監督生への想いを募らせていった。彼女が頭を動かす度に靡く黒髪に触れたいと思い、少し伏せられた長い睫毛に縁取られた目蓋を開けて見て欲しいと願い、艶やかな唇で愛を紡いで欲しいと欲望が頭を擡げる。そんな普段なら決して抱かない汚らわしいとさえ思っている感情を、彼女を見る度、否が応でも突きつけられる。そして、そんな気持ちを悟られまいと必死に押し殺しながらの勉強会はいつも以上に疲れた。通話を切った頃にはロロはすっかり疲弊し切って机に突っ伏してしまっていた。
「疲れた」
それだけ言って、少しの間身動ぎすらしないと思うと、手早く入浴の準備に取りかかるのだった。
翌朝、いつものように朝食を摂ろうと大食堂へ向かう。自分の分だけ買って、どこか落ち着ける場所で食べるのがロロの日常だ。中庭に面した通路を歩いていると、何となく正しき判事の像を眺めてみる。そこでふと、何か違和感のようなものを覚えたロロは一度立ち止まり、じっと像を凝視する。そこは丁度像が正面からよく見える立ち位置で、いつも見ている景色と何ら変わりは無い。けれど、彼は気付いてしまった。さっと青ざめ、ロロはその場から逃げるように立ち去る。昨夜見たあの影。あの影の形は、正しき判事に似ていなかったか? と。