あなたに夢中 ふと気づけばその人のことを考えていて、笑顔が見られれば嬉しくて、その人が頑張ってたら、自分も頑張ろうという気になる、それってどういう気持ちだろうとポロッと零したその悩みは、友人によって華々しく解決された。
「おめでとう!深町、それはな?深町に、『推し』が出来たってことだよ。推し活ってめっちゃ楽しいよな!応援してるからな!」
言うだけ言って、友達に呼ばれてるからじゃあな!とどこかへ駆けていった難波の背中を見つめながら、尚哉は誰に言うでもなく自分の中でその「答え」を噛み締めていく。
最近良く耳にするようになった「推し」という単語に、推しに翻弄される人々に、どういう感情なのかと不思議に思っていたのだが、やっと理解することが出来た。
「つまり、あの人へのこの気持ちはあの人を推してるってことか……?この気持ちが……推し……、そっか……うん、あの人は、俺の、推し……」
ぶつぶつと口の中だけで呟いて、そこで、友人が言った「推し活」とはどうすることなのか、学生が戯れる中庭を何とも無しに眺めながら尚哉はこてんと首を傾げた。
「『推し活』?!えー!わんこくん、今推しがいるの?」
「はい。……そうみたいです」
ネットで検索するよりも、身近な人に訊いた方がわかりやすい。少し前の尚哉からは想像もつかなかったが、難波以外に世情に詳しいであろう瑠衣子に直接尋ねることにしたのだ。
いつもの高槻ゼミの研究室だが、その場にその部屋の主はいない。
「どんな人?何してる人?あっもしかして人じゃない?大丈夫!2次元でも2.5次元でもそういうのに偏見はないから!」
「てんごってなんですか?……いや、ちゃんと人ですよ?でも、推し活ってどうするか分からなくて」
どこか興奮したような瑠衣子に矢継ぎ早に質問を浴びせられて、後ずさりながらもしっかりと知りたい内容を聞き出そうとする。
推し活が何かはわからないが、何だか楽しそうな気がする。あの人のことを思うだけで心が暖かくなるのに、更に活動をするとなると、尚哉の身体はどうなってしまうのだろう。
「ん〜別に無理して活動しなくていんじゃないかな?その人のことを推すほど好きなら、勝手にその人のこと調べてたり、写真とか探しちゃうし」
「調べる……」
「その人は、SNSやってる人?ほら、Instagとか、Twitとか……ファンはそういうところで、その人の性格とか、何が好きで、何を思っているか〜とか、どんなものを買ってるか〜とか、行きつけのお店とか、今何してるんだとか、知れるんだよね」
「それってちょっとストーカーっぽいですよね……」
鼻息荒く話す瑠衣子に、少し引きながら尚哉はそう返す。推し活って何だか恐いとちょっと思ってきたのは隠しておこう。
「ファン心理はそんなもんじゃない?そういう深町くんだって、知りたいと思うでしょ?」
そう訊かれて、ふと思いを馳せてみる。
あの人の、性格……はもう知っている。好きなものも知っているが全部は知らない。何を思っているかは、時々良くわからないことがあるし、どんなものを買っているかは、よく高そうなものを購入していることは知っているが、意外と庶民的なところもあるらしい。
今何をしているかは、この時間は、講義で――
そこまで考えて、尚哉ははっとした。
そう言われてみれば、あの人のことを知っていることもあるが知らないことも勿論あるし、瑠衣子の言う通り知らないことは、知りたいと思う。
「……ね?楽しそうでしょ?」
にぃと笑った瑠衣子に、尚哉の来たる「推し活」への将来を見た気がした。
*****
次の高槻とのアルバイトの日。
依頼された内容は怪異では無いと結論づけた高槻と尚哉は、夕暮れの中、駅までの道のりを歩いていた。怪異では無いと分かったはずなのに、高槻はどこか嬉しそうで。何か良いことでもあったのかなと想像していると、不意に高槻がこう言った。
「ねぇ深町くん。最近推し活してるんだって?」
「あー……瑠衣子先輩ですね?」
「楽しそうに話してたよ〜。僕も、深町くんが何かに興味を持ってくれたことは嬉しい!」
きっとそれが現世への「執着」になるからだろう。
高槻の言葉に苦笑すると、突然前を向いていた高槻が満面の笑みで振り返った。
「それって僕のことでしょ?嬉しいなぁ!」
――深町くんになら、僕のこと沢山教えてあげるよ。
Fin