いつも、そこにある「突然ですが、質問です!」
研究室に入った途端全面笑顔の高槻から、そんな言葉を投げかけられた。本当に突然始まった質問コーナーに、尚哉は胡乱げな顔をする。
「いや、本当に突然ですが……」
「深町くんが思いつく人を答えてください!」
「あれ、聞こえてます?」
いつもならそんなことはない、尚哉の言葉をスルーして進められる会話劇に、これはあれだろうか、心理クイズがしたいのかなと研究室の扉を閉めて、尚哉はストンと椅子に座った。
そんな尚哉をよしよしと眺めたあと、クイズ番組の司会のようにそれでは……、としっかりと間を溜めた高槻が徐に口を開いた。
「あなたがカッコいいと思う人は?」
「佐々倉さん」
「えっ、あなたがキレイだなと思う人は?」
「瑠衣子先輩」
「ええ……あなたが、頼りになるなぁ〜と思う人は?」
「えーと二人とも言ったから……難波?」
とりあえず律儀に答えていったのに、答える度に高槻の頬が膨らんでいくのは、なぜだろう。最後にはぷく、とパンパンに空気が詰め込まれた顔を見て、吹き出しそうになる。いつも生徒達に怪異について説明するあの凛とした姿からほど遠く、自分の欲しいおもちゃがもらえなかったから駄々を捏ねる園児のように見える。
「深町くん!」
「……ふっ、なんですか……?」
「僕は?」
「え?」
「僕がどこにも入ってない!」
やっぱり園児だなぁと思いつつも、尚哉はその片隅で苦笑する。高槻が入っていないなんて、そんなことを言われても、困る。
「先生は……カッコよくて、キレイで、……頼りになるから……じゃだめですか?」
「ダメじゃない!ダメじゃないよ〜」
言ったあと、ぱああと笑顔が弾けて、尚哉に抱きつこうとする高槻から距離を取りながら、……あと、「可愛い人」も入れておきたいなと尚哉は思ったのだった。
Fin
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自分の耳がこうなってから、あまり物に執着しなくなった。10歳を超えてから思い出されるのは良かったことより、辛かったこと、苦しかったことの方が多い。
そんな理由で、物からその懐かしい思い出を思い起こすことなんてあまりなくて。
だから、尚哉が今住んでいるワンルームにはほとんどと言っていいほど必要最低限の物しか無かった。
無かった、というのはつい最近から、物が増え出している現状があるからだ。高槻先生と、瑠衣子先輩と、佐々倉さんと、難波と、誰かと何かをしたときにふと増える小さな「思い出」は、小さな「何か」と一緒に増えることが多い。
一緒に初詣に行った時に引いたおみくじだとか、お守りだとか。どこかの地域へ怪異かどうかの調査したときに見つけたその地の名産品だとか(食べ物ばかりではない)。小さいけれど、少しずつ、少しずつ増えるそんな物を見る度に、尚哉はむず痒いような、ソワソワするようなそんな気持ちになる。
高槻の研究室で、尚哉が持っている物と同じ物が、まるでずっとその場にあったかの様に置かれているのを見た時も、尚哉は同じ気持ちになった。
「深町くん、コーヒーどうぞ」
「……ありがとうございます」
あれは確か、四人で遊園地に行ったときの――
「リドルパーク。楽しかったね」
「はい……」
尚哉の視線の先を辿った高槻が、そこにある物に微笑む。言われて、ふっと浮かんだあの日の記憶。ああ。こうやって思い出が増えていくんだな、自分一人じゃない、誰かとの、忘れられないあの時間が。
「また行こうね」
「はい」
きっと、これからも物はどんどん増えていくのだろうけれど。それは、思い出が増えていくことときっと同義なのだと、暖かい何かが溢れるのを感じて、尚哉は少し、笑った。
Fin