僕らのヒーロー談義「好きなんです」
尚哉から真剣な表情で見つめられて、ああまさか、と高槻は思った。尚哉のことが好きだった。けれど教師と生徒という立場上、そんなことは言え無かった。尚哉の気持ちはどうなのだろうと思案していたところ、上記の告白だ。高槻の頬に赤身が差す。
「深町くん、僕も――」
「真剣戦隊ツルギソルジャーが、好きなんです!」
「え……」
*****
「真剣戦隊ツルギソルジャー」この戦隊ヒーローは、丁度尚哉が小学三年生の頃放送されていたスーパー戦隊ものだったらしい。小さい頃から特撮が好きで毎週日曜日に欠かさず観ていた尚哉だったのだが、一緒に遊ぶ子達はどんどんヒーロー番組から、ゲームの方に興味がいってしまい、悲しい日々を送っていたそうだ。
「でもあのお祭りの日、カズ兄が俺の好きなツルギソルジャーのお面をくれて……嬉しかったなぁ……」
「そ……そうなんだねぇ」
尚哉から愛の告白をされたのだと勘違いした高槻が目を泳がせながら、しかしきちんと相槌を打つ。勘違いしたことが恥ずかしいし、尚哉がその事に気づいていないのもまた更に恥ずかしい。
「ツルギの魅力は、やっぱり5人が凄くバランスが取れているところなんです!キャラクター性、武器、戦い方……どれをとっても、誰が出てるとかではなくて、でも個性が無いわけではなくて!」
「へ、へぇ……」
まだショックの渦中にいるため口元を引き攣らせながら、ふとこんなに熱く語っている尚哉を見るの初めてではないか、と高槻は気づく。そういえば、尚哉から趣味の話を聞いたことがない。本を読むのは好きだと話してくれたことはあったが、ここまで前のめりになるほどでは無かったはずだ。特撮が、尚哉の一番の楽しみなのだろうか。そんなこと、考えたことも無かった。
「だから、……でして、そこが……」
そんな風に高槻が考え事に夢中になっていくその間にも尚哉はどんどんヒートアップしていき、比例するように何故か高槻との距離も縮まっていく。
「あれ、……近くない?深町くん?」
高槻の様に興奮して手を握ることはないが、いつの間にか尚哉が抱きしめられるほど近くに寄って来ている。好きな事について話す彼が眩しくて、目を開けていられなくなりそうになる。
「俺が好きなのは、ツルギイエローなんです。イエローって、スーパー戦隊シリーズでは女性の役も多いんですが、ツルギはどっちだと思います?」
「えーと……男性?」
「そうなんです!流石先生ですね!」
「ありがと、う?」
それから、今度は尚哉が好きというイエローの魅力を語り始める彼を、高槻は慈しみを持った眼差しで見つめ続ける。
きっと、今まで尚哉自身が引いた線の外側の世界と自分との折り合いをつけることに必死になって、好きなことにそこまで気持ちをぶつけられることが無かったのかもしれない。
今、高槻に向かって瞳をキラキラさせて話す尚哉は、笑顔に溢れていて、魅力的で、とても――可愛くて。尚哉が安心して好きなことを話すことが出来る世界に、自分がいて。あるいは、もしかしたら……、そんな世界に自分が導いたのかもしれないと考えたら、なんと誇らしいことだろうと思う。
「で……あれ、どうしたんですかそんなニヤニヤして」
「ん〜?深町くんが可愛いなぁと思っただけだよ?」
「ばっ……やめてください!可愛いって言うの!」
今まで楽しそうに語っていた瞳が、高槻を非難するように眉根を寄せ今度は違う色に染まる。伏せた睫毛が陰を作り、真っ直ぐに見られていた視線が逸らされた時、高槻の心臓の鼓動が跳ねた。
(今の……は……?)
自分の身体の変化に心中首を傾げながらも、高槻は尚哉から目を離そうとしなかった。ずっと近くで、今までに見たことが無い顔を、もっと見てみたいと思うから。
「深町くんはそう言うけどさ。可愛いもん、――ね、瑠依子くん」
突然現れた、この場には居ないはずの第三の人物の名前に尚哉は目を剥く。しかし、そんな尚哉に高槻は微笑みかける。
尚哉が戦隊愛を高槻に吐露していた際、ひっそりと入ってきた侵入者に高槻は気がついていた。彼女は勿論研究室の関係者で出入りは自由だが、そんな彼女の存在に尚哉は全く気が付かなかったのだ。
「わんこくん、可愛いですよ!」
高槻の影からひょっこりと現れ、突然口を挟んだ瑠依子に、尚哉は驚きを隠せない。
「えっ……いつの間に瑠依子先輩居たんですか?!」
「イエローが、カレーが好きで、でも甘口しか食べられなくて……ってとこかな?んー?いや、違うな。ツルギの魅力について、アキラ先生も真っ青の近さで喋ってたときからかな?」
「えっ最初じゃないですか?、あと近さ……?うわっ」
そう言って、目の前にある高槻の顔を見上げて勢いよく身体を引く尚哉に、高槻は少し寂しくなる。先程まで抱き合う程の近さで尚哉の体温を感じられたのに、二人の間に広がった距離が何とも切ない。
「わんこくん真っ赤だ〜可愛い〜」
「可愛いよ、深町くん」
「もう、やめてください……」
両腕で赤くなった顔を必死で隠しながら、でも高槻が可愛いと言ったことに反応する尚哉を見て、おやと思う。もし今度は自分から「好きだ」と言ってみたら、彼はどんな顔をしてくれるんだろう。
怪異のことじゃない。
――好きなのは、君のことだと。
Fin