あんたなんて好きじゃない 金曜日の夜は、高槻の家で一緒に夕食を作り、お酒も嗜みながら夕食をとり、その後はココアとコーヒーを飲みながらまったりとした時間を過ごす、それがいつしか習慣になっていた。
今日も今日とて、二人はそれぞれ本を読みながら、嗜好の飲み物を口にする。穏やかな時間。尚哉が好きな時間。けれど、今日は少しだけ、違った。
パタン、と本を閉じる音がしたから、高槻は本を読み終わったらしいと思う。もうちょっとこの時間ぎ続けばいいな、あと少しだけ、高槻と一緒にいたい。
彼に恋する尚哉は本を読むふりをしながら、出来るだけこの柔らかな時間を伸ばしたいと思う。
すると突然、高槻が口を開いた。
「ねぇ深町くん、好きな人がいるって素敵なことだよね」
話の内容に驚いて思わず高槻を見るも、そこには相も変わらず静かに微笑む高槻がいるだけだ。
「僕ね、好きな人がいるんだ。その人のことを考えると、心が暖かくなって、いつも、ああ会いたいなぁって思って。会えたら天に昇るほど嬉しくて、さよならするときはすごく悲しくなる」
身に覚えがある感情に、けれど、わかります、俺も同じだから。だなんて尚哉には言えるわけがない。
唐突に公表された高槻が気持ちを寄せる誰かがいるという事実に、今はただ、自分の心が軋んで、苦しくて、痛くて。身体は重石でも乗せられたように重くて、もうその先を聞きたくないと耳を塞ぎたくなる。
けれど、そんな尚哉を見つめながら嬉しそうに高槻は続ける。
「この気持ち、深町くんなら分かるよね」
ふふ、と楽しそうに笑った高槻は尚哉に改めて向き直ると、本を開き固まったままの尚哉から本をすっと取り、ゆっくりと近づいていく。
「だって深町くんは、僕のことが好きだから、ね?」
まさか――。
まさか、誰にも言ったことの無い高槻への想いを、本人から聞くことになるなんて。自分の気持ちが高槻にバレていたことに血の気が引くも、高槻には恋焦がれる誰かがいる。そんな彼に本当のことを言う義理なんて、尚哉には無かった。
「あんたなんて、好きじゃないです」
「そう?それは残念だなぁ」
ちっとも残念そうな顔をせずしれっとのたまう高槻だが、声は歪まない。そんなことさえも、何だか癪に触って。あんなに苦しかった胸が急にムカムカしてくる。俺はこんなにあんたを想ってるのに、あんたはそれはもう楽しそうに想い人の話をしてくる。尚哉は元々胸中を高槻に告げる気は無かったが、余計に気持ちを高槻に話すまいと決意した。
「僕の好きな人は深町くん、なのになぁ」
「は?」
先程の告白よりもさらりと己の気持ちを暴露した本人は、だからね、と尚哉に微笑みながらその手を取った。
「深町くんも、僕のこと、好きでしょう?」
二人の指先がゆっくりと絡んで、交わる。
いつの間にか眼前に来ていた高槻の綺麗な顔に吃驚するも、その瞳から目を話すことは出来ない。二人の鼻先が触れるほど近づいて、高槻が笑みを更に深めたとき、遂に尚哉は観念した。
「ねぇ、深町くん。僕ら、両想いだね」
確信犯だ。そう頭の片隅で思いながらも、尚哉は静かにこくりと頷いた。
Fin