あなたとビターチョコレート「何なんですか、あいつは!」
珍しく語気を荒げながら、尚哉が頬を膨らませて怒っている。しかしぷんぷんと擬音語が付きそうな尚哉が余りにも可愛くて、高槻は笑みが隠せない。
「先生!笑ってる場合ですか!」
「あっごめん。深町くんが怒ってくれるのが嬉しくて……」
「だからって笑わないでください」
「うん、ごめんね」
それは怪異相談の依頼の帰り道のことだった。怪異現象が起こると聞かされ見に行った先で、高槻たちは優男風の一人の男と出会う。僅かな違和感で高槻が真実にたどり着いた途端、手のひらを返したように高槻に暴言を吐き付けるその男に尚哉は怒り心頭したのだ。
「『顔だけで食べてる』とか、『お坊ちゃん』とか、先生の何を知ってんですか!」
その男の対処は片がついたものの、その場所から高槻の家に向かうまでずっと尚哉からは文句が止まらない。尚哉にしては本当に珍しいが、それだけ高槻のことで怒ってくれているのかと思えば高槻からは、やはり笑みしか漏れなかった。
そうこうしているうちに、高槻の家へと到着する。玄関を開けて、いの一番に向かう洗面台でも尚哉は眉を寄せ続けていて。
「深町くん」
「なんですか……っむぐ」
「もう怒らないで。これ、そんなに甘くないでしょう」
口を開いた尚哉に高槻が口に入れたのは、世界的に有名な「キスチョコ」と呼ばれる小さな小粒のチョコレート。
「ダークチョコレートだよ。これなら深町くんも美味しく食べれるでしょ」
柔らかな笑みに、少し頭を冷やしてと言われているようで何だかバツが悪くなって。口の中でほろ苦く溶けるチョコレートが、まるで自分のようだと俯きかけたとき。
「ね、僕にも頂戴」
くいと顎を上げられて、高槻の整った顔が近づいてくる。上唇を舐められて思わず唇を開けば、その隙間を縫うように高槻の舌が入りこんだ。口の中で溶けるチョコレートを奪うようなそれに思わず舌を出せば、それすら絡め取られる。
「せ、んせ……っ」
「深町く、ん……」
思わず逃げる腰を、逃がさないと高槻の腕が伸びる。そのまま壁際まで追い詰められて、口内を侵すように尚哉全てを味わい尽くす高槻に、尚哉は終に立っていられなくなり、床にすとんと腰を落とした。
「っも……、やり、すぎ……です……」
はぁはぁと肩で息をしながら潤んだ目で高槻を睨んでも、当人には全く効くはずもなく。そんな可愛らしい尚哉の視線に合わせるように腰を下ろした高槻は、愛しい恋人の滑らかな頬に触れながらも、口の中の甘さに満足する。
「深町君は、ずっと僕だけを見ていてよ。他の誰の話もしないで」
「……先生」
それは、チョコレートよりも暗く甘い高槻の独占欲。言葉と、高槻からの激しい口づけの通り、焦げ茶色の瞳は今、尚哉しか映していない。その想いの重さに、嬉しさで尚哉はふるりと震える。尚哉だって、そうだ。高槻を自分だけのものにしたい。高槻の瞳に映るのは自分だけでいい。
けれど、そのことを目の前の男は分かっていない。頭は良い癖に、変なところで鈍感。そんなところも気に入っていると言えば、高槻はどんな顔をするだろう。
だから、しょうがないとばかりに、彼のその腕を引き寄せ高鳴る心臓の上に口付ける。愛する人を独占したいのは尚哉も同じ。シャツに茶色の滲みが付いたことに気を良くして、高槻の首に両手を掛け、もっと、と口づけを強請るのだった。
Fin